10.お隣さんに挨拶をしてみた

 つーわけで帰りに口座の残高を確認しに行った。

 あんまり趣味とかもなかったし、アパートもシャワートイレ共同のやっすいところを借りていたから貯金には全然手をつけていなかった。(今祖父母の家に払っている金額よりも安かった)

 だから役所のバイトなんてのをやってられたってのはある。ま、実は学生の頃中国株で荒稼ぎしたんだけどな。すぐに引き上げたから損はしなかった。あんなウハウハなのはもうないが、それでも貯金はそれなりにある。そうじゃなきゃとてもこんな安い給料じゃ暮らしていけないだろう。

 役所のバイトだのパートなんてのは扶養で働きたいとか、実家暮らしなんてのがほとんどだ。いいところは時間がきっちりなところと、有給やボーナスが出ることだ。時給は安いけどそれはとても助かっている。そうじゃなきゃいくらなんでもK村からなんか通えないだろう。

 本山さんとの雑談で、ごみ処理場の入口で働いているおじさんもK村出身なのだと聞いた。そのおじさんが上がるのは4時なのだが、本山さんが退勤する5時まで待って送ってくれているらしい。


「もう少し暖かくなれば自分で運転してくるんですけど、まだちょっと道の状態が怖くて送迎してもらってるんです」

「あー、そうなんですか」


 確かに道の状態が怖いというのは同意だ。行きも帰りもまだ凍結が怖かったりする。もう4月になるっていうのに朝晩はまだとても冷えるのだった。


「山道の状態が落ち着くのっていつぐらいなんですかね?」

「そうですね。4月の半ばになれば大丈夫だとは思うので、そうしたら自力で来るつもりでいます」


 本山さんはきっぱりと答えた。頼もしいことである。

 さて、週末に日当を払って山の手入れをしてもらうにしても、手入れをしてもらう場所をチェックしておかないといけないだろう。祖父母の家の東側の家は祖父の持っている山の影響は受けていないようである。東側の家は家で山持ちなのだそうだ。となると問題は西側の隣と、そのまた隣である。おそらく西側の隣の家が一番影響を受けていそうなので、できれば今週中に現状を教えてほしいと思った。

 回覧板を回してくれるぐらいなんだし、さすがに全く交流がないってことはないよな?

 ってことで、帰宅してから西側のお隣について聞いてみた。

 もちろん週末に山の手入れを人に頼むということも含めてである。


「うちとしてはとてもありがたいけど……そんな海人にお金を出してもらうなんて、本当にいいの?」


 ばあちゃんが心配そうに聞いた。


「大丈夫。それぐらいは貯めてあるから。それよりお隣さんにも状況を聞いた方がいいんじゃないかって思ってる」

「そうねぇ……確かに一番迷惑をかけてるのはお隣さんだと思うのよねぇ」


 ばあちゃんは頬に手を当ててため息をついた。

 俺が帰宅したのでオウムのミーは籠から出してある。居間で身体を揺らしながら歩く姿がなかなかにユニークだ。昔ながらの家だからか天井が高い平屋建てだ。そういえば夏になるとうちの親が来て家の手入れだけはしてるなんてことを言ってた気がする。今年の夏も来るのだろうか。

 ミーには野菜と豚コマを少しだけアルミの皿に入れて出した。ガツガツと食べる姿はとてもオウムには見えない。昼間は籠の餌箱に餌をばあちゃんが入れてくれる。さすがにまだ俺がいない間外に出していいとは言えなかった。


「こんばんは~」


 ピンポーンと呼び鈴の音がした。誰か来たらしい。俺はミーの首をパッと押さえて捕まえた。表へ出たらえらいことである。


「キーヤァー!」


 ミーに抗議されたが無視だ無視。


「はいはい、今出ますよ~」


 擦りガラスの戸の側にはタロウがいる。何か異常があれば知らせてくれるらしい。番犬にうってつけだ。


「こんばんは~。戸締りしてるなんて珍しいねぇ。はい、回覧板」

「あらあらありがとう。来ていただいてなんなんだけど、うちの孫がいるのよ。ちょっと話をしてもらってもいいかしら?」

「話? ってなんの?」


 俺はミーを籠に戻してから頭を下げた。ちょうどよくお隣さんが顔を出してくれたらしい。渡りに船だった。


「キィーヤァー!」


 ミーが怒っているがもう夕飯は食べ終えたはずだ。籠を土間の近くに置いたら、タロウが宥めるように近づいてくれた。お守りまでしてもらってすまないとは思った。


「海人、こちらが西隣にお住まいの黒瀬さん。黒瀬さん、孫の海人です」

「初めまして、黒瀬さん。祖父母がいつもお世話になっています」

「まあまあどうもご丁寧に」


 そう言いながらも黒瀬さんの頭には疑問符が浮かんでいるようだった。ちょっと腰も引けている。俺の容姿も影響してるかなと苦笑した。これ以上怖がらせないようにと、単刀直入にうちの山からの被害というか、困っていることはないかと聞いてみた。


「ああ……」


 黒瀬さんは考えるような顔をした。


「そうねぇ、ちょっと藪が多いからもう少し払ってもらえると夏は助かるわね」

「そうですよね。土日に人を雇って山の手入れをしようと考えているんです。もしここからここまで刈った方がいいなど、うちの土地に関して何かあれば教えてください」

「わかりました。お孫さん、ちゃんと考えてくれてるのね。えらいわ。今週の土日なのかしら?」

「はい」

「じゃあそれまでにまとめておくから、よろしくお願いします」

「こちらこそ長い間ご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 きっちり頭を下げた。ついでに回覧板は受け取って、俺が東側の隣に持っていくことにした。


「康代(やすよ)さん、いいお孫さんでよかったわねぇ」

「ええ、ええ、そうなのよ」


 ばあちゃんが涙ぐんでいるように見えたが、俺は見なかったフリをした。じじいはって? なんでもばあちゃんを昼間相当怒らせたらしく無言の刑を言い渡されたそうだ。明日の朝には解除される予定だと聞いた。

 うん、この家はばあちゃんが強いな。安泰だと思った。

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