9.山の手入れについて真面目に考えてみた

 翌日は筋肉痛だった。

 そんなに運動不足だとは思っていなかったんだが、もしかしたら普段使わない筋肉を使ったのかもしれない。

 あの山は……どうしようもないな。村の人たちに金を払ってある程度刈り込みなどを手伝ってもらった方がいいと思う。ただ相場がわからない。

 一人日当一万円ぐらいでやってくれないものだろうか。

 それを昨夜ばあちゃんに言ったら、じじいが難色を示した。


「海人がやればいいだろう」

「何年放置してたんだよ? 俺一人で山の手入れなんかできるわけねーだろ。ある程度人に頼んで刈り込んでもらってからなら管理できるとは思うけど、今の状態じゃとても無理だぞ」

「時間をかけてやりゃあいい」

「んなこと言って、隣に迷惑かけてんじゃねーのか?」

「そんなことお前に言われんでもわかっとるわ!」

「わかってんじゃねーか!」


 どうしても自分たちでできないなら金を使えばいい。ただじじいもばあちゃんも年金暮らしだ。生活費でかつかつである。それはわかる。だけど人様に迷惑をかけちゃいけない。


「俺が金を出すよ」

「もったいねえだろうが」

「出すのは俺だ! 文句は言わせねえぞ!」

「なんだと!」


 結局言い争いになったが、近くにオウムがひょこひょこ近づいてきて、何してんのー? とばかりにコキャッと首を傾げた。どうも怒った顔のままでいられず、ついついじじいと共に苦笑した。ヒナだもんな。大きく見えるけどちっちゃいもんな。ごめんな、怒鳴り声上げたりして。

 オウムのおかげで助かった。

 しかし、ばあちゃんが言うには人に頼むにしても伝手がないらしい。それはそれで困った問題だった。


「回覧板とかは回してんじゃないのか?」

「お隣さんがね一応持ってきてくれるんだけど、その場で見たら次へ持って行ってくれるのよ」

「それはありがたいな」


 こちらが年寄り夫婦だから気を使ってくれているのだろう。お隣にも機会があったら礼を言わなければならないだろう。



 さて、筋肉痛のまま出勤した。

 軽トラの運転が地味にきつかった。


「あいててて……」


 粗大ごみの解体をしながらいちいち痛い。


「どうしたんだー?」

「昨日山に登ったら筋肉痛になって」

「そりゃあ運動不足だろ」


 他のバイトに笑われた。まぁ普通の山登りで筋肉痛になってたら運動不足だろうよと思った。

 昼飯は管理棟の上で食べる。ばあちゃんが持たせてくれた弁当をありがたくいただきながら、ふと本山さんのことを思い出した。


「あのー、K村から通ってきてる人ってここにいます?」


 他のバイトや職員に聞いたら首を傾げられた。ここで働いている面々にはいないらしい。


「K村からだったら、事務の方にいるんじゃないか? 確か、一人か二人いたはずだぞ」

「わかりました。後で聞いてみます」

「どうかしたのか?」

「いやあ、K村のじいちゃんちに間借りしてるんですけど、山持ちだったみたいで手入れをしないといけなくなりまして」

「そうなのか」

「それで、もし村の人に日当払って手伝ってもらえたらなと思ったんです。ただ伝手がないみたいだからどっかにいないかなと」

「日当?」


 オレンジ髪のバイト仲間が反応した。


「日当っていくらだ?」

「一応一万ぐらい考えてるけど……」

「時間は?」

「9時3時ぐらいかな。暗くなったら帰れなくなりそうだし。その代わり飯は持参してきてほしいけど」

「乗った!」

「え?」

「俺も俺もー。土日だろ?」

「ああ、うん……」

「日当一万ならやるやるー」


 ってことですぐに五人は確保できてしまった。みな力こぶ逞しい連中である。むさくるしいことこの上ない。基本みんな軽トラを持っているか借りているから足も問題なさそうだ。頼もしいことだと思った。

 土日の臨時収入ってやつだな。一応今週末に来てもらうことになった。予算としてはもう少し出せそうだったから、事務棟にも声をかけに行くことにした。


「すみません、山越ですけど……」


 事務所の入口で声をかけた。


「あれ? どうしたの?」


 内田さんがすぐ反応してくれた。


「個人的なことなんですけど、ここにK村から来てる人っています?」

「K村? だったら本山さんと……あとは受付のおじさんがそうじゃなかったかな。おーい、本山さん。山越君が用があるってー」

「あ……」

「山越さんが? こんにちは」


 パソコンの向こう側にいたらしい。本山さんがペコリと頭を下げた。俺もそれにつられて下げる。なんか悪いことしたなと思った。

 一応個人的な話なので表へ出てもらった。


「ああ……山の手入れですか。そうですよね。お金で解決できることならそうした方がいいですよね。お隣さんがアクティブなおじさんなのでちょっと聞いてみます。土日、なんですよね?」

「うん。俺が休みの時に一緒に山を登ってもらうから」

「もしよかったら、私も志願していいですか?」


 少しためらいがちだったが、本山さんが意を決したように言った。


「え?」

「だめ、ですかね?」

「いや、いいよ。手が多いのは助かる。でも藪だらけだよ」

「日当いただけるならがんばります」


 本山さんはそう言って力こぶを作る動きをしてみせた。面白い女性だなと思った。

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