7.オウムを引き取った翌日

 うちに着いてからはそれなりに騒いでいたオウムだったが、俺の部屋に入れて電気を消したらすぐに大人しくなった。

 やっぱり暗くなったら寝るものらしい。それか疲れたのかもしれないな。


「ミー、これからよろしくな」


 そう言って俺も寝た。


「キァーアー!」


 翌朝はオウムの鳴き声で起こされた。時計を見ればまだ六時である。


「ミー、早えよ……」


 部屋の雨戸は閉まっているが、廊下が明るくなっている。この部屋の扉はガラスの引き戸なのだ。そっちから光が入ってきたのだろう。

 餌箱を確認し、水なども寝起きでぼけぼけしている頭で替えた。自分のことではなく他の誰かの世話を先にしたのなんてこれが初めてじゃないだろうか。あ、親兄弟が病気になった時はさすがに寝起きで世話したっけ。


「ちょっと待ってろよー」


 籠の下を掃除する。なかなか立派なフンをしていた。

 それから自分の支度をし、オウムが入った籠を持って居間へ移動した。居間はけっこう広い。土間から居間へ上れるので、土間にいるタロウが気づいて頭を上げた。


「タロウ、おはよう」


 タロウはのっそりと起き上がると、籠の側まで来た。


「ミヤーアー!」


 オウムが声を上げてトトトッと籠の中でタロウの側まで動いた。お互いに興味津々のようである。


「タロウ、食うなよ」


 タロウは失礼だ、というようにワフッと鳴いた。じじいは居間の座卓で新聞を読んでいた。


「おはよう」

「なんだ、今やっと挨拶か」

「気づいてたんならじいちゃんから先に挨拶すりゃあいいだろ」

「年長者は敬うもんだ」

「敬われるような行動をしてから言ってくれ」

「なんだと!」

「おじいさん、海人、朝から止めなさい。本当に賑やかねぇ」


 ばあちゃんが漬物とお茶を持ってきてくれた。


「ばあちゃん、なんか手伝うことがあったら……」

「台所に男は入らないものよ~。あたしが動けなくなったら頼むわ」

「その考えは古くねえか?」

「いいのよ、うちはこれで。あたしの仕事を奪わないでちょうだい」


 ばあちゃんはツンとしてそう言うと、台所へ戻って行った。ばあちゃんがそれでいいなら俺に言うことはない。だけど、将来を考えるとそれは古いんじゃないかなと思うのだ。


「あれはあれでいいんだ」

「……わかった」

「海人、嫁はまだか」

「いねえよ!」


 朝からなんの話なんだいったい。

 ちら、とオウムとタロウの様子を窺えば、タロウはじっとオウムを見ているが、オウムはタロウを見ながら身体を揺らしていた。それがなんか踊っているように見えてかわいいなと思った。ずんぐりむっくりした深緑色の羽の塊が横に揺れている。


「海人、あの鳥は飛ぶのか?」

「いや? まだヒナだから飛ばないようなこと言ってたな」

「誰が飛ばないって言ってたの?」


 ばあちゃんが朝食を運んできた。


「獣医の先生だよ。木本先生」

「ああ、あの先生なら安心ね」


 ばあちゃんがにっこりした。


「タロウも看てもらったのか?」

「そうなのよ。あの先生この村の動物は一通り看てるみたいでねぇ。いつもなんかへんなこと言ってるけど」

「へんなこと?」

「タロウはオオカミじゃないかとか」

「ああ……」


 確かに毛並みとか見るとオオカミっぽいよな。


「そんなわけないだろう」


 じじいが否定した。誰がどう考えたってオオカミとは思わないよな。

 でも、とも思う。

 うちのオウムみたいに密輸されてきた生き物だったら可能性は0ではない。言わないけどな。


「はい、タロウはこれね」


 アルミの皿に濃い色の肉の塊がどんと乗った。


「え? これどうしたんだ?」

「イノシシの肉よ。タロウが狩ってきたの」

「はい!?」


 タロウはイノシシを狩るらしい。いったいこの村はどうなっているのだろう。


「タロウだけじゃないんだがな」


 じじいが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「?」

「今の時期までは狩猟をする人がいるのよね」


 ばあちゃんが何気なく言ったが、なんだか誤魔化しているようにも聞こえた。なんでだろう。

 朝からお浸し、納豆、ハムエッグ、焼き魚に漬物、ごはんとみそ汁という日本の朝ごはんという風景である。俺一人だとウ〇ダーインとかで済ませたりもしていたからこれは素直にありがたい。ごはんも俺の分はてんこ盛りである。

 オウムの視線を感じたがさすがに無視をした。確かこのオウムは雑食なんだっけか。小さく切った肉とかばあちゃんに頼んだ方がいいかもしれないとは思った。

 食べ終えてから玄関の扉が閉まっているかどうか確認したりして、オウムを籠から出してみた。ばあちゃんが歩かせてみようと言ったのだ。

 まだ動きはそんなに早くないからすぐ捕まえられるだろうと俺も了承した。

 広い環境で育てた方がいいって医者も言ってたしな。


「どんな動きをするのかしらねぇ? タロウ、食べちゃだめよ」


 ばあちゃんはわくわくしている。タロウは顎を土間と居間の間に乗せてぼーっとしているように見えた。マヌケな顔はしていないが、これがオオカミ? と疑問に思った。

 もしあの医者が村に来るなら、ばあちゃんにオウムを頼んでってもいいかもしれないとちょっとだけ思った。

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