第8話 食べ物の恨みは恐いですわよ

今日は久しぶりに母と街にお出かけ。

10歳になった私に、町で可愛い服を買ってくれるというのだ。

普段の服はお抱えの仕立屋が作ってくれるのだが、羽目を外すときの服も持ってても困らないという。

転生してからウインドウショッピングはしたことが無かったので、前日から超楽しみにしていたのだ。


当日は母モリアとメイドのマーサ、同じくメイドのマルブリットに私を入れた4人で街へと向かう。

馬車の準備をしているところに、シスコンのアルベルトお兄様が「僕も連れて行け」とうるさくせがんで来た。

母を見ると、天井に向けて立てた親指をくるっと返し床へと向けたのだ。


OKママ。


私は後ろからアルベルトお兄様の両腕を抱えて持ち上げ、綺麗な弧を描きながらベッドにダイブ。

受け身すら取れなかったアルベルトお兄様、そのまま起き上ることは無かった。


私たちは何事も無かったかのように馬車に乗り込み、楽しくおしゃべりしながら街へと向かったのだ。



・・・・・・・・・・・



アンボワネット領の中央都市モリーヤは、活気に満ち溢れていた。

父が領地経営をするようになってから急成長し、その規模は3年間で2倍になったという。

衛生管理が最も重要だとする父は、下水整備と街の美化に徹底的に取り組んだのだ。

衛生面が改善され、疫病で亡くなる領民が激減。

労働力の増加によりさらに街が発展し、領地全体の税収も増えたのだ。


父の行った施策はモデルケースとして王国全体に広がり、王国の死者数も激減したそうだ。

先日その功績をたたえられた父は、陛下直々に勲章が授与。

アンポワネット家侯爵ヴィクトールの名は広く国民に知れ渡るようになった。


難しい話はさておき、私たち4人娘は中央通りを歩いていた。

私と母が前を歩き、少し離れてメイド2人が付いてくる。

私が驚いたのが母のモリーヤにおける人気ぶりだ。


「あっ、モリア様だ。」

「モリア様いつもこの街のことを気遣っていただきありがとうございます。」

「モリア様、いつもの串焼きはどうだい?」


もともとこの街モリーヤの名前は母モリアから取った名前。

母と婚姻を結んだ年に誕生した街で、父がモリーヤと命名したらしい。

母もこの街に愛着を持っており、度々街に赴いているようだ。

街では貴族らしく振舞わない母を、領民たちは経緯と愛着を持って接している。

この街での母の人気は、領主である父以上なのだ。


中央通りは馬車4台は軽く通れるほど道幅が広く、道も整備されている。

美観を大事にする父の背策もあり、道路にはゴミ一つ落ちてないのだ。

街の北側から南側の道路沿いに様々な店舗が並び、その店舗の前には数えきれないほどの屋台が連なっているのだ。


これって営業妨害じゃないの?


思わずそう思ってしまうほど屋台も盛況で、行列が出来ている屋台もあるほど。

まるで縁日の露店を思わせるほど屋台の種類も多く、飲食店からジュエリーショップ、武器屋まであるのだ。


その中で、一際私が興味を示したのが串焼き屋。

甘く香ばしい匂いが私の鼻孔をくすぐりまくる。


「お母様、あの肉々しい食べ物は何ですの?(お母様、あの美味しそうな食べ物はなあに?)

私の視線を捉えて離そうともしませんわ(ちょっと食べてみたいなぁ)」


「メリー、あの食べ物は『串焼き』と言います。あのお肉にかかっているソースが絶品ですのよ。マーサ、あなた串焼きを10本ほど買ってらっしゃい。」


マーサはびっくりした表情で、母の顔を凝視した。


「お、奥様、いけません。あのような下賤なものでお口を汚すのは。」


「マーサあなたは私に『下賤な食べ物すら食べる資格がない』がないと言いたいの?いいから買ってらっしゃい。10本よ、いいわね10本よ。」


「は、はい。奥様。」


マーサは慌ててガニ股走りでお店に向かった。

普段綺麗な立ち居振る舞いのマーサだが、走るとガニ股走りになる。

そのギャップがあまりにも滑稽で、私をいつも和ましてくれるのだ。

あっ、コケた。


というか串焼き10本?

計算が合わないんですけど。

そもそもあの肉は何の肉を使っているんだろう?

気になった私は、マーサの後を追いかけて行ったのだ。


私がマーサに追い付いた時には、彼女はメタボ丸出しの店主に注文を終えた後だった。


「おっあんた、奥方様のお嬢様だろ?可愛いねぇ、よしっもう一本おまけしてやるよ。」

店主は見た目通りフレンドリーな人だった。

禿げ上がった頭が、大量の汗で神々しく光っている。


「私が可愛い?そんなことは当然ですわ(そんな、ありがとうございます)。

ところで店主、串焼きの肉は何の肉を使ってらっしゃるの?」


私の質問にビクッとした店主。急に目を逸らし言葉もしどろもどろになる。


「そ、それはガ、ゴホン。ひ、秘密でさぁ…。そんなことより、全部で11本出来上がったよ。

あー忙し忙しぃ」


店主はマーサからお金を受け取ると、屋台の奥で仕込みをし始めた。

これ以上聞いても無駄だろう。

店主が言いかけた「ガ」って何のことだ?


「奥様、串焼きを購入してきました。」

マーサと私はモリアの元に串焼きの皿を持って行く。


「あっ、奥様申し訳ございません、私、フォークとナイフをお借りするのを忘れていました。店主にお借りしてきます。」


屋台に戻ろうとするマーサを、母は片手でマーサの肩をむんずとつかんだ。


「マーサ、そんなものは必要ありません。見てなさい。

これは、こう食べるのよ。」


唖然とするマーサと、もう一人のメイドのマルブリット。

母は片手で串焼きを持ったまま、豪快に口に放り込んだのだ。


「これが、串焼きの作法なの。あなたたちもやってごらんなさい。」


「えっ、私もですか?」

驚くメイド2人に串焼きを持たせ、私にも串焼きを一本手渡した。


本当に何の肉だろう?

スパイスの効いたいい匂いがするのよね。

あっ、マーサは目を閉じてかじりついてるわ。

マルブリットの大口を開けてかぶりつく様も絵になるわね。

それにしてもいい匂いね。

じゃ私も・・・・


私は串焼きにかぶりつくと、口の中にたっぷりの肉汁がほとばしる。

肉汁と同時に鼻孔をくすぐる香り爆弾。

ターメリックのような大地を思わせる香りと、オレガノのようなほろ苦さのある爽やかな香りが、食欲を倍化するのだ。


濃厚だが繊細。

私の第一印象がそうだった。

私の歯でもぷっつりと噛み切れる程柔らかく、噛めば噛むほどその味わいが変化するのだ。

最初に舌に飛び込むのはタレの甘味、次いで肉そのものの旨味と辛み、ほのかな酸味。

まるで照り焼きソースのような濃厚なタレが、肉の味わいを最大限に引き立てる。

一串食べ終わるまでの至福の瞬間。

なんてこの串焼きはうんまいの!?


おっといかんいかん、トリップしてしまった。

マーサとマルブリットも惚けながらも口は動いている。

彼女たちもよっぽど美味しかったのだろう。


母を見ると、なんと3本まとめてかぶりついている。

あなたの淑女感はどこに行ってしまったの?

口元にソースたっぷりつけてまるで子供じゃない!


母は最後の串焼きにも手を伸ばそうとしている。

あっ、待って!それは私がおじさんにもらったモノなのよ!


「お待ちになってお母様!その最後の1串は私が店主に頂いたものですわ。

お譲りすることは出来かねます。」

私が母に噛みつくと、


「これは私のお金で買ったものよ。あなたにとやかく言われる筋合いはないわ。」

母も負けじと噛みついてくる。


私たちの声を聞き、ギャラリーが次々と集まってくる。


「お母様はそもそも食べ過ぎなのよ。そのお腹、醜いったらないですわ!(お母さま、健康のためにも食べ過ぎは控えてください)。」


「はっ、これは豊満と言うのです。あなたにはまだ分からないでしょうけどね。」


「豊満ですって?勘違いも甚だしいですわ。コルセットが無ければ、社交界にも出られませんのに!(お母様、お父様もあなたのお体を心配していたわ)」


一歩も引かない舌戦に、ギャラリーたちも声援を送る。


「モリア様、あなたはまぎれもなく豊満だ!」

「お嬢様、お負けにならないで!」


いつの魔にか私たちは、大勢の観衆に囲まれていた。

その真ん中で楽隊が軽快な音楽を奏でている。

音楽に合わせて吟遊詩人が状況を歌いながら説明し、子供たちも物語を聞くように熱心にその歌に耳を傾けていたのだ。


ふと観衆たちに目をやると、彼らたちは皆何かを持っている。

観衆たちが握っているのは、私たちの名前が書かれたチケット。

なんと彼らは私たちをダシに賭けをしているのだ。


マーサ、マルブリットはどこに行ったの?

なんとマーサは観衆に倍率を説明し、マルブリットはお金を集めているのだ。

倍率を見てみると「2:5」。

私が5倍ってどういうことよ。


「何をやっているんだ!」


騒ぎを聞きつけた衛兵たちが現れ、私達を取り囲んでいた観衆たちはあっという間に散り散りになって走り去った。


「奥様、こんなところで騒ぎを起こされると困ります。」


「悪かったわ、つい食べ物のことになると気が立ってしまって。

はい、メリー、この串焼きはあなたのものよ。」


口元にべったりとついたタレに気付かず、淑女の余裕を気取る母。

衛兵たちが苦笑しているのに気付いてよ、ママン。


結局串焼きを私が食べることになったが、なんだか釈然としない。

私はまだ一度も母に勝てたためしはないのだ。

それでも串焼きは美味しく頂く。

だって、串焼きには何の罪も無いんだもん。


その時私は気付いていなかった。

私をつけ狙う不審者が観衆に潜んでいたことを。

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