第2章 幼少期

第7話 さらに5年経ちましたわ

私とヘンリー王太子殿下が出会ってから5年の月日が過ぎた。

私も5歳児のままではない。

身長も伸び、より女性らしく成長した。

もちろん翡翠石のようなブルーがかった瞳は変わらない。

5歳の頃よりもよりぱっちりとした印象だ。

家人の勧めでふわふわストレートヘア―から縦ロールにイメチェンし、より悪役令嬢っぽくなった。


相変わらず私は、立派な淑女になるために様々な家庭教師をつけさせられていた。

特にマナーや言葉遣いについては、ヘンリー様との一件以来母モリアに厳しくしつけられていた。

しかし、いくら優秀な家庭教師を雇っても私の悪役令嬢語は治らない。


だって、女神様に強制されているスキル(?)なんだから治るわけないじゃない。


最近は母も諦めた様子。

むしろ私の悪役令嬢語はパワーアップしたようだ。


ふん、もう何だっていいわよ。


マナーや作法の他に、歴史・算術・外国語・乗馬・格闘技などありとあらゆる教養が詰め込まれた。

特に私には格闘技の才能があったらしい。

前世でも丈夫だった体は、こちらの世界でも活かされているのだ。

格闘技の師範でさえも、もう私には敵わない。

リンゴを片手でジュースに変え、得意の頭突きは大きな庭石までも砕いてしまうのだ。


私の生き方は確実に間違っているよね?


魔法の勉強も続けている。

ただ、こちらはあまり得手ではない。

この5年間で私が覚えられた魔法は1つだけ。

「ウインドスクリーン」

地を這うつむじ風のような魔法で、魔法名を呼ぶだけで発動する。

メイドのスカートをまくり上げる際に役立つ魔法だ。


えっ、何の役に立つのかって?

いやいや、結構使えるんですよ。


私の周りも少しずつ変わっていた。

父は隣国ヴェネパール王国の外交官の任期を終え、現在は領地経営を中心に行っている。

父の領地経営の手腕は見事だ。

外交官の時は母モリアが中心に行ってきたが、父にバトンタッチしてから領地の収入がぐんと上がったのだ。

様々なアイディアを駆使して改革を行う父に、領民からの信頼も厚い。

父が本格的に領地経営を始めてから、集落ばかりだった領地に新たに町がいくつも新設された。


そんな立派な父も家に帰れば、娘を溺愛しすぎるダメパパっぷり。

幼児言葉で私に話しかけ、拒絶するとおいおい泣き出す始末。

そのダメダメっぷりは、シスコンの兄アルベルト以上。


もういい加減止めて欲しい…。はぁー。


夫が隣国から領地に戻ってきてくれたからか、母モリアの機嫌はすこぶる良い。

今まで主で行ってきた領地経営は夫に譲り、母は余った時間を有意義に過ごしているようだ。

週に1度は町に出向き、ダイエットの為に領民主体の体操教室に通っている。

お腹が空くのか、体操教室が終わると屋台の串焼きをたらふく食べて帰るらしい。

そのため痩せるどころかむしろ、より丸々してきている。


兄ヨゼフィスは、以前我が家を訪れたヘンリー王太子殿下の兄、ウイリアム王太子殿下に気に入られたようだ。

王子の側近兼友達としてスカウトされ、昨年より王城に住むことになったのだ。

成長してますます美形に育ったヨゼフィスお兄様。

同じく美形のウイリアム王子と並ぶと、某アイドルグループのコンサート並みにメイドたちの黄色い悲鳴が飛び交うのだという。


まったく私のお兄様に色目を使わないで欲しいわ。


次男のアルベルトは相変わらずのシスコンぶりだ。

私の行こうとするところに、いつも付いてきたがるのだ。

あまりにもうざかったので、す巻きにしてピクルスを大量に口に突っ込んでやったが全く効果はなかった。


実はアルベルトは風魔法の使い手。

その腕前はすでに父をも超えているのだという。

先日も父と魔法での摸擬戦を行っていたが、父を圧倒して勝利していた。

さらに闇魔法もマスターしているようで、どこで覚えたかは不明だという。

アルベルトの超人的な回復力は、闇魔法の影響もあるらしい。


ヘンリー王太子殿下は、5年前から月に1度はお忍びで来られるようになった。

どうやら私は殿下に気に入られてしまったようだ。


私に憎まれ口を言うのは変わらないが、拗ねていたあの頃とは違い満面の笑顔を見せるようになった。

幼児から少年の顔へと成長し、兄ヨゼフィスに負けず劣らずの美形。

ただ私にとっては子供の頃の印象が抜けず、いくつになっても殿下は「金のチワワ」なのだ。

そのため、恋愛に発展することなく友人の1人として接している。


おそらく彼が駄女神の言っていた「振る」対象なのだろう。

深入りしない方がお互いのためなのだ。

それにしても可愛いな♡


今日も歓談と言う名のバトルが始まる。

今日の殿下はいつもよりも気合が入っているようだ。

審判はいつもの従者ノムさんである。


「メリー、今度の新月の日に王都に遊びに来い。面白いものを見せてやるぞ。」


「ほーっほっほっ、嫌ですわ。私には王都の雰囲気は合いませんわ。(お誘いは嬉しいのですが、私は父の許可が無ければここから離れられないのです。)」


「いつも私が、アンポワネット領に来てやってるのだ。それくらい融通してくれても良いではないか。」


「まぁーそうでしたの。それは存じ上げず申し訳ございません。ただ、わたくし頼んでいませんわ(お誘い大変感謝しております。その日はどうしても外せない用がありまして)」


「・・・ッ!」


「わ。私は王太子殿下だぞ!」


「はい、存じ上げておりますわ。それが何か?」


「くっ、覚えてろよ!行くぞノム!」


どうして王子様が「一度は言ってみたい悪役セリフNo.1」を言ってしまうのでしょう。

残念ながら王太子殿下、私はあなたにふさわしく無いのです。

私は女神の暇つぶしに転生させられた、悪役令嬢なんです。


ノムさんは私に一礼して、王子の後を追いかけていった。

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