第2話 残念な女神様とご対面ですわ

あいたたた。

あれ?ここはどこ?


気が付いた私は辺りを見渡した。

どうやら私はソファーで寝ていたらしい。

どうやらどこかの部屋らしいが、全く見覚えがない。

てか汚い。


漫画や脱ぎ散らかした服が部屋中に散乱し、封を開けたお菓子の袋が机にいくつも置いてある。

かと思えば、立派な調度品がいくつも飾られてあり、フルーツがぎっしり詰まった豪華なバスケットが机の上に置かれてるのだ。


なんて残念な部屋。

私はこの部屋の住人のセンスを疑った。

でも、一体ここはどこなの?私は車にはねられたはずだけど・・・


「あっ、気が付いた?」

私の後ろから若い女性の声が聞こえる。

振り返ると、そこには見たこともないほどの美人の女性が立っていた。


ブロンドのストレートヘアーで、鼻があり得ないほど高い。

ぱっちりとした目は青みがかっていて、吸い込まれそうなくらい澄んでいる。

モデルのようなスレンダーな体型で、足もスラっと嫌味なくらい長い。


ただ、彼女のファッションセンスは壊滅的だ。

きれいなスタイルを隠すようなゆったり目のワンピースの胸の部分に、迫力のあるトラの顔がプリントされている。

すらりと伸びた脚から、ヒョウ柄のレギンスがこれでもかと主張している。


大阪のおばちゃんか!と思わず突っ込みたくなったが、これも個性なんだと無理やり飲み込んだ。


「あなたしばらく寝ていたのよ。私心配して片時も離れず看病していたのよ。」

その言葉は嘘よねぇ…だって彼女の口元、青のりだらけだもん。

「いったいここはどこなの?私は事故にあったはずだけど?」


「ここは、女神の部屋。あなたは死んで転生するのよ。」


おかしな女がおかしなことを言う。厨二病?

この子本当に大丈夫?


「あなたはトラックにはねられ、反対車線でも車にはねられ、とどめにイケメンに頭突きされて死んでしまったのよ。」


確かにその記憶はある。

私は車にはねられたのちに、助けにきた人に頭突きされたのだ。

でも、何でこの子が知ってるの?


「私はあなたを助けようと思ったの。このままじゃやりきれないでしょ?

ね、そうよね?」


頭が追い付かない。一体何を言ってるの?

私が死んだってどういうことよ?

まだ生きてるじゃない?


「私、生きてるんだけど?てか、そろそろ帰らないと…!

アレクセイ様が待っているのよ!」


「恵ちゃん、お家には帰れないのよ」


あれ?この子何で私の名前知っているの?

それにこの声、私聞いたことがある!?


「もー疑い深いなぁ。じゃあこれを見てよ。」

おかしな彼女は、床に転がっていたテレビのリモコンをむしり取り、50インチほどのテレビの電源をつけた。


テレビには見慣れた交差点が写っている。

交差点の真ん中で女性と若い男性が横たわっているのだ。


この女性って私!?

確かにテレビに写っていたのは私だ。

この日は近所の靴屋でセールをしていた2980円の赤いヒールと、妹から無理やり借りたスカートを履いていたのだ。

見間違う訳がない。


倒れている私に、野次馬が集まっている。


「車に二度はねられてもピンピンしてたのに」

「男の人も可哀想に。助けに来て頭突きしてしまうなんて…」

「あの子の頭の方が強かったんじゃね?」


えーい、やかましいわ。

それより救急車はまだなの?


ピーポーピーポーピーポー

屈強な男の人たちがバイタル確認後、急いで私をストレッチャーに乗せ、病院に向けて救急車を走らせた。



・・・・・・・・・・・



場面が変わって私は病院のベッドで、顔に白い布をかけられていた。

テレビごしで見ているその姿を見ている私は、思わず瞳から溢れた涙が頬へと伝わった。

すぐに病室に血相を変えた母と妹が飛び込んできた。


単身赴任をしている夫が居ぬ間に、自由を満喫している母。

最近はレジ打ちのパートをしているらしい。

妹の環は某有名商社に通う受付嬢、その天真爛漫な性格で男性社員からの人気も高い。

1人暮らしの私とは違い、母と同居しながらお金をため込んでいるようだ。


どうやら私は本当に死んでしまったらしい。

彼女らはベッドに寝ている私に、泣きながら抱きついた。


「うう、恵、早く嫁に行かなくて困ってたけど、先にあの世に行ってしまったのね」

うまいこと言わんでええわ!


「うわーん、お姉ちゃん!私が代りにアレクセイ様の攻略をやってあげるね」

どうでもええわ!


本当に彼女たちは悲しんでいるのか、この緊張感のない発言を聞くだけで怪しくなる。


しばらく泣いた後、彼女たちは病室に備え付けられた壁掛け時計に目をやった。

「あら、もうこんな時間。そろそろお夕飯の支度をしないと。環は何を食べたい?」

「えーとね、ハンバーグ」

「じゃあ早く帰って用意しなきゃね。」

「うん」

彼女たちは腕を組み、笑顔で私がいる病室を去った。

昔から私の家族は切り替えの早いって思ってたけど、まさかここまで早いとは…。

私って一体…。


どうやら私は本当に死んでしまったらしい。

なんかどっと疲れてきた。


「じゃあ本題話していい?」


怪しい彼女はそう言ったが、なんかもうどうでも良くなっていた。


「私は、あなたの世界で言う女神さまなの。」


あーさいですか、女神様ね。そりゃどーも。


「恵ちゃん、喜んでいいのよ!あなた転生できるのよ!」


は?転生?

ラノベとかで別の世界に生まれ変わるってやつ?


「あなたは今からある世界に行ってもらいます。

そこである任務を達成して欲しいの。」


転生させてやるから、なんか役に立つことをしろっていうやつですかい?


「恵ちゃんは、侯爵令嬢の娘に転生するの。貴族の娘よ。お金持ちなのよ!」


は、そりゃ結構なこって!それで何をしたら良いのでしょうかね?


「恵ちゃんには、『異世界初の悪役令嬢』になって欲しいのよ」


は?悪役令嬢って乙女ゲームとかである「ホーッホホ」って高笑いする女の子?


「そうよ!ツンデレの極みのような女よ!

あなたが転生する世界は、たいく…ゲフンゲフン。真面目な人が多すぎてスパイスに飢えてるわ。

そこで、あなたが悪役令嬢として登場して、世界をかき回していくのよ。」


ねぇ退屈って言いかけた?

かき回して最終的にはどうするの?


「よくぞ聞いてくれました。」

彼女のテンションが急加速し始める。


「あなたには常に悪役令嬢として振舞ってもらいます。

生まれた時から悪役令嬢のあなたは、歳を重ねるごとにパワーアップするわ。

あなたの悪名はギロチンされるまで続くのよ。」


さりげなく、「ギロチン」って言った?


「あなたの魅力に王太子殿下もベロベロよ!とことんまで惚れさせてやりなさい!

そしてバッサリと切り捨てるのよ。」


それって一番あかんやつやん…。


「大人になったら領民に向かって言うのよ!あの名ゼリフ!」

『パンがないならブリオッシュを食べればいいじゃない!』


それってパクリじゃん!それに本人が言ってないらしいし。


「そんな些細なことはどうでもいいのよ!」


何なのこのスポ根展開?何でこの女勝手に熱くなっているのよ!


「転生先のあなたの名前は、メリー・アンポワネットよ!」


えっ微妙なパクリ?

ちょいと女神さん…。名前がだだかぶりなんですけど…。

何よそのドヤ顔。全然すごいこと言ってないわ!


「でも、私、そんな簡単に悪役令嬢になれるとは思えないわ。第一そんな役やったこともないし」


「恵ちゃん。それは大丈夫よ。

あなたが話す言葉全てを悪徳令嬢語に変換しておくから。

あなたが何を話しても悪役令嬢として振舞えるわ。」


えっ、何その悪役令嬢語って?


「それに重要な場面に来たら選択肢が現れるわ。あなたにはどちらか一方をその場で選んでもらいます。」


乙女ゲームの選んだ選択肢によってルートが変わるみたいなやつ?


「そうよ。悪役令嬢らしいルートを用意してあるわ。

あっ、そろそろ時間ね。

転生の準備に入るわよ。」


最後に質問だけど、何で私だったの?

もっと悪役令嬢になれそうな人もいたんじゃないの?


「あなた以上の素材はいないのよ。

だから私は車を操って…あっ、ゲフンゲフン」


えっ、あなた何を言いかけたの?車を操ったって。

そういや彼女の前に置いてあるフルーツって…バナナ!?

私に止めをさした男が転んだのもバナナの皮…!えぇ!


「じゃあよろしくね。」


いやぁぁぁぁぁ


こうして私は悪役令嬢として転生させられたのだ。

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