人欲-13
アイがわたしを引き摺ったまま、ラブホテルに連れて行ってくれて、ベッドに寝ころび、キスをした。
呼吸が浅いのにキスをすると生き返る。アイから気力を奪っているようだ。
服を脱がし合い、ベッドで裸になって、乱暴に抱き合い、何度もキスをした。
アイはわたしのヴァギナの中に指を入れて刺激した。全然イキたくないのに、強制的に昇天すると、ようやく気持ちがおさまった。
気持ちが上がらないまま一緒にお風呂に入り、お互いの体を綺麗にした。それからベッドに横になった。
「さっきの、景雪っていって、わたしの幼馴染みたいなもんなんだけど」
天井の照明、知恵の輪みたいに形が歪んでいた。
「というか、わたしの地元って新興住宅街で、だいたいみんな幼稚園くらいから住み始めた子ばかりでさ。
町の端から端を歩いても10分かからないくらいだから町全体が幼馴染みたいなもんなんだよね。景雪が別に、特別とかでは、なかったんだよね」
わたしはみんなに好かれたかった。だから、どんなひとにも優しくしようと努めた。それは親の教育の影響ではない。わたし自身がそうしたくてしていた。
誰にも嫌われたくなくて、親切にするのがわたしの正義だった。
「景雪って暗くて、暗いっていうか自己主張ができないやつで。
でもめちゃくちゃいい子。優しくって。私立中学に行かなければ全員同じ中学校に進級って感じだったから中学も一緒で、高校もたまたま一緒で、一年のとき同じクラスだったんだよね」
アイの視線を右頬のあたりに感じながら、わたしはそれに返さなかった。
「わたし、いわゆるクラスの中心人物みたいな感じで。ずっとそういう感じで来たんだけど、実は小説家になりたかったんだよね。
でも、誰にも言えなかった。なんか、小説書いてるのなんて暗くてキモいって思われないかなって。
高1のとき、クラスの陰に居た景雪に、声かけた。ずっと本読んでたから。
それで家に呼んで、わたしの書いてる小説読んでもらった。そしたら、すごいねすごいねって。
ぼくは小説書けないからって感激してくれて。それでちょっと調子に乗ったっていうのはあるのかもしれない」
これが人生最大の後悔だ。本心で生きていなかったから、わたしも寂しかったのかもしれない。誰かにこころのうちを少し知ってもらいたかったのかもしれない。
「景雪も、そんなに小説が好きなら書いてみたらいいじゃんって言ったんだ」
わたしには友だちがたくさん居たけれど、小説の話は景雪としかしなかった。
「高2のとき、同じ小説賞に応募したの。そしたら、わたしは1次も通らなかったのに、景雪は受賞して、そのままプロになった」
小説家としてのわたしはきちんと生まれる前に死んだ。生き続けることを許されなかった。反骨精神などわたしにはなかった。
わたしには才能がないという叩きつけられた事実をひっくり返すほど強くはなれなかった。
「景雪のデビュー作、たしか30万部とか売れたんだよ。景雪はすぐ学校のスターみたいな感じになった。
何よりも辛かったのが、まったく喜べなかったこと。唯一小説のこと話せるやつだったのに。
わたしアイツのデビュー作、読んでない。ていうか、アイツの出した本1冊も読んでない。1行も、1文字も。自分がそんなに醜い人間だとそのときまで気づけなかった。
日に日に景雪が嫌いになって、景雪を恨んで、憎んで。そしたらなんか男という生き物もキモく思えて。
景雪が居なかったら小説家になれたかもしれない、景雪が居なかったら男をこんなに嫌いになることなかったかもしれない。
景雪が居なかったら、景雪のせいで、景雪が居たからって自分に降りかかるすべての出来事を景雪のせいにしてきた」
わたしの努力の起源は、景雪に殺されたわたしを救いたい。そんな反骨精神だった。
声帯が震え、うまく声にならない。隣を見ると、アイが涙を零していた。お金を払いたくなった。こんな話を聞かせて申し訳ない。
でも、彼女はわたしの恋人で、恋人、好き、ならこういう話をきかせていいのか? お金を払わずに?
どうしてだろう。好きってそんなに強い?
恋人ってそんな、自分にとって都合のいい存在?
景雪が居たからアイに出会えたのに、どうして「そうじゃなかったほう」の世界ばかり見てしまうのだろう。
アイが手を伸ばし、わたしの手首を掴んだ。
「わたしは、ほのちゃんが好きだよ」
アイのことばがどんなに有効でも、いまはそのことばの効果も薄いのだった。
体を起き上がらせ、もう一度身を寄せた。そして今度は丁寧にキスをした。
自分の正体が何か、知らない。
アイと何度体を重ねてもずっと埋まらない。見つからない。それはもうわたしの中で死んでしまって、生き返ることはないもの? この人生ではもう二度と手に入らないもの?
もう何も考えたくなくて、一生懸命セックスをした。記憶を溶かしたい。アイで全部染め変えたい。
そのまま宿泊して、日曜日も一日中、わたしの部屋のベッドで体を重ねた。
何度愛し合おうとひとつにはなれないが、目に見えない愛を生産し続ける、それは、わたしたちにとってとても意味のある行為だった。
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