人欲-14

 アイはわたしを気遣って毎日会いに来てくれるし、夕飯をつくってくれる。


アイのつくる料理は見栄えが悪いが、味は悪くない。食事というよりエサ。それでもよかった。


ひとりのときは食事に気を遣わないから「食事をする」というモードに切り替えて食事をすることが大事なんだと思う。



 先日改修した「イダテンフード」プログラムにミスがあり、再度リリースすることになり、きょうは謝罪行脚の1日だった。


行脚と言っても直接謝罪に行ったのは近郊の2件だけで、ほとんどは電話とウェブミーティングでの謝罪だ。


使い勝手の悪さを散々責められ、顧客から改善案を出される始末だ。この機能企画したのわたしじゃないんだけどなと思いながらもこんなこと思っても仕方ないし、内臓に活を入れながら謝罪をする。



「寿命が3年縮まりましたね」という本高のことばにうまく返せず無視した。


 このことよりも「きょうはごめんね行けない」とアイからメッセージが入っていたことのほうが辛かった。



 きょう会いたかった。きのうよりも、おとといよりもきょう。



 こういうとき、アイと付き合っていなければ確実にレズビアン風俗のサイトを見に行った。



 わたしはあんまりひとりでするのが好きじゃない。わたしが欲しいのは快楽ではなく、他人の肉体だからだ。



 はじめて、交際の障壁というものを感じてしまった。わたしはアイを独占したいから、誠実であるために浮気はしなかった。



 性欲を誤魔化すにはトレーニングがいいと言う都市伝説を信じているから仕事の帰りに大崎駅から徒歩で行けるジムに寄り、筋トレをし、バイクを漕いだ。性欲は誤魔化されるどころか、股が擦れてよりいやらしい気持ちになる。



 木曜の夜は土日よりも利用者は少なく、見渡す限り男性は2名、女性は20代くらいの三名居た。



 シャワーを浴びてジムを出た。



 なぜきょう、アイは行けないと言ったんだろう。



 反則かなと思いながら、家に帰らず駅に向かった。それから山手線新宿・渋谷方面行きに乗り、隣駅の五反田で下車した。



 もし鉢合わせたら、とこころの準備をした。「仕事でたまたま五反田で飲み会があって」とでも言うか。ジムでほとんど化粧が落ちている。嘘くさいかな。



 改札を出てアイの住んでいる東五反田のほうに向かった。


わたしの家と同じ品川区の、たった数キロの距離なのに大崎の百倍ひとが多い。音と光の量も多い。五感が刺激される街だ。



 浮かない顔のアイが、短髪で体格の良い、おそらく女性に肩を抱かれながら駅に向かって歩くのが見えた。



 思わず物陰に隠れてしまった。彼女らの同行を追うと、アイは改札の外で立ち止まり、相手は改札の中に入っていった。


ここでわたしが出て行って何か言う勇気はなかった。そのまま雑踏に紛れて、アイが視界に入らないようにして、時間が経過するのを待った。



 会いたいと思えば会えるという言霊はあながち嘘ではないのだろう。でも、こんなものを見たくなかった。


アイの表情から察するに、あれは例の借金元カノなのではないか。



 人波を交わしながら改札に入り、山手線品川・東京方面行きに乗り、大崎で降りた。



 ひとが全然いなくて空気が澄んでいる。それでも電気の光が眩しい。半寝状態のビルから漏れる光と、木々に巻かれた照明がうっすらと放つ光の中、ポケットから取り出したスマホのブルーライトを目を焼き付くすほど強く感じた。



「会いたい」と打てば会えるだろうか。でも、会ったところで何を話せばいいのかわからない。



 あんなに、レズビアン風俗嬢の体を貪りながら過去を想像してきたくせに、いざ、恋人の過去を目の当たりにすると想像力がショートする。



 家に帰りきちんと化粧を落とし、もう一度シャワーを浴びて肌のケアをしてベッドに入った。

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