第2話「式峰熊子のラストミッション」


「熊子さん、俺たち、本当にすんだよな……?」

「――あン?」


 ひんやり空気が肌を刺す深夜、うっそうと木々が生い茂る山の中。

 式峯熊子シキミネ クマコは一瞬、自分の耳を疑った。




 だが、空耳などではないらしい。


 隣にしゃがむ鎧姿の男の2mはあろう巨体は、無理やり連れて来られたチワワみたいにプルプル震え……いつもなら自信に満ち溢れているはずの顔面は、この世のものとは思えないほど恐怖一色に染まりきっていたのだから。




「……今更だね。敵様の本拠地を目前にして、何を馬鹿なこと言ってんだい」

「そりゃそうなんだけどさ……」

「クソでかい図体は飾りじゃないだろ? 直に作戦開始時刻だ。無駄口なんぞ叩いてないで、きっちり備えておくんだね」


 熊子が悪態をつくや否や。

 泣きそうな小声で鎧男が訴えかける。


「だけどよ、んだって! なぁ熊子さん、あんたほどの達人なら分かるよな? 何たってあんたは『300年に1人の逸材』と言われる陰陽術の天才で、俺たち皆が憧れる伝説の悪魔ハンターなんだぞ!」

「ふン、昔の話さ。あたしゃもうとっくに定年退職しててもいい歳だからねぇ……」


 由緒正しき陰陽道『式峯流』前当主、式峯熊子しきみね くまこ。格式高い白と赤の和装に身を包み、ピシッと背筋を伸ばした姿は迫力さえ感じさせる。


 はたから見ると涼し気な顔だが、実は熊子も内心では少し焦っていた。





 いつしか地球に【悪魔】という異形の存在が現れ、暴れ狂うようになった。

 彼らは誰も強大な能力を有しており、普通の人間では太刀打ちなど不可能だった。


 その暴挙を食い止めるべく、立ち上がった人間たちがいた。

 彼らは【悪魔ハンター】と呼ばれ、その活動は各国の支援を受ける【悪魔ハンター協会】が取り仕切ることとなった。


 当作戦ミッションの目標も、ざっくり言えば「悪魔を殲滅させる」こと。

 しかし協会から聞かされた事前情報では、であるらしい。


 だからこそ日本ハンター協会の威信をかけて慎重に協議を重ねた結果、当作戦のためだけに少数精鋭の特別班が結成された。

 選ばれた突入メンバーは、熊子はじめのみ。

 現在は熊子の隣で泣きそうになっているこの鎧男も、実は日本国内で五本の指に入る実力者なのである。



 とはいえ、彼が不安がるのはもっともだ。


 本日の襲撃対象ターゲットは、

 人里離れた山奥に佇んでおり、その存在はありえないほど厳重な何重もの保護プロテクトにより秘匿されている。

 世界広しといえど、ここまで頑丈なセキュリティが他に存在するだろうか。


 さらに実際に目の当たりにした研究施設の建物からは、尋常じゃない濃さのがまき散らされている。

 少し気を抜けば押し潰されそうな威圧感に、熊子自身も脂汗を垂らす寸前だった。


 だが突入班で最年長の熊子は、責任あるリーダーという立場を任されている。

 内心どんなに焦っていても、仲間の前で情けない姿を晒せるわけがない。




 静かに気合いを入れ直した熊子は、腰に付けた古い懐中時計をチラッと眺めた。


「まもなく22:00ふたふたまるまるか……?」


 おもむろにうなずく歴戦の猛者たち。


 鎧男も腹をくくったのだろう。

 不安こそ残る表情ではあるものの、ノロノロと重い腰を上げたのだった。

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