意味ツリー

影山洋士

第1話

 綿引テツヤが夜道を歩いていると、少し前の歩道にポトリと一冊の本が落ちるのが見えた。誰かが落としたように見えたがそこに立っている人間は誰もいなかった。


 綿引はそこまで歩き、その本を拾ってみた。その本は薄く黒い本で、表紙には何も文字はない。綿引は深く考えもせず本を開く。

 すると中にはページが一枚。そこに三つの単語が書いてあった。



『味方』『敵』『道具』



 何だ?これは。

 ページ裏には何もない。裏表紙にも何も書いていない。それだけだ。

 文字は濃く強く印刷され、少し浮き出て立体になっている。何気なく綿引はその中の一つ『味方』の文字を触る。

 すると『味方』の文字が光りそこからツリー状に三分岐し、新たに三つの文字が現れた。



『同性』『異性』『マスコット』



 その三文字だった。

 これは何なんだ?よく分からないが取り敢えず綿引は、一番左の『同性』を触った。するとまた文字が軽く光った。


 いつからいたのか後ろに一人の男がいた「こんにちは」

 綿引は反射的に「こんにちは」と返す。

「私はあなたの味方です」男は答える。

 綿引はポカンとする。

「あなたが困っているときは助けますよ」

 綿引はまだポカンとしつつも「ありがとうございます」と返した。

 男はそれだけ言うと振り返り、去っていった。



 綿引はマンションの二階にある自分の家に帰り着いた。そしてベッドに寝転がり、さっき拾った黒い本をまた取り出す。あれは何だったのか。

 『味方』だから困っている時は助けてくれるのか?

 綿引は次に『道具』の文字を触ってみる。しかしざらついた文字の感触が味わえるだけで本にはなんの変化も起こらなかった。

「さっきは確かに文字が光ったよなあ。あの男はいつからいたのか……謎だなあ」


「お困りですか?」キッチンの影からさっきの男が現れた。

 綿引は驚いて跳ね起きる「何だ!どっから入って来た!」

 男は飄々と答える「私はあなたが困っている時、呼んだ時、直ぐに現れますよ。そういう存在です」

「そういう存在?あなたは、この本は、一体何なんだ?」綿引は黒い本を掲げる。

「一日一回、触った文字の対象物が現れるただそれだけですよ」

「それだけって……何なんだ、魔法か何かなのか?」

「私やこの本が何なのか。その解釈もあなた次第です。私からは断定はしません。まあ不思議な存在とだけ思ってもらえれば」

「不思議な存在……、確かにそれはそうだけど……」

「納得したようなので私は去ります」男は玄関へと向かい、何故か玄関口にあった靴を履き、そしてドア開け出ていった。



 綿引はその様を眺めていることしかできなかった。

「何なんだあいつは……。まあ味方だから敵ではないのか。さっきなんて言ってったっけ?一日一回だけ触ったものが出てくる、だっけか」

 綿引はまた黒い本の中を見る。まず一番上に『味方』『敵』『道具』がの文字がある。その下に『味方』は三分岐して『同性』『異性』『マスコット』に別れている。ここから更に派生していくのか?



 まあ明日になったらまた触ってみるか。仕事も休みだし。



 次の日、綿引は昼頃に目を覚ました。思っていたより疲れていたようだ。起きてすぐさまベッドの枕元を見る。黒い本はまだそこにあった「夢じゃなかったのか。あれは」


 綿引は黒い本を開く。「一日一回が正しければ……」

 綿引は『道具』の文字を触る。すると『道具』の文字が光り、そこからまたツリー状に分岐していった。

 次には『武器』『防具』『補佐』と書いてあった。

「武器、防具、補佐……。まあ触ってみるか。」

 綿引は『武器』の文字を触った。すると目の前のフローリングの床に、黒くゴツい銃器が床にコロリと現れた。「銃……」綿引はそれを触る。それは確かに存在していた。しかし見た目よりもずっと軽く、そのせいでオモチャのように思えた。「これはホントの銃なのか?やけに軽いが」



 その時ベランダのガラスをコツコツと叩く音がした。綿引はドキッとしたが、窓ガラスの方に向かいカーテンを開けた。

するとそこにはまたあの『男』がいた。

「いやここは二階なんだが」綿引は窓ガラスの鍵を開ける。

「いやいや、外から来るのがマナーかと思いましてね」男は当たり前かのように部屋の中に入ってきた。靴は履いていない。

「あなたは神出鬼没なのか?というか名前は何なんだ?」

「私のことは『味方』か『男』とでも呼んで下さい。もちろんあなたが名前を付けるのも自由ですが」

「あなたがそう言うなら『味方』と呼ばせて貰おう」綿引はそう返す。

「それはそうと武器を解放なされたんですね」味方は銃を見る。

「ああ、銃が出てきたよ。これは本物なのか?」

「もちろんその銃は本物です。弾を込めなくても撃てるし、色々破壊できます。その姿形も他の人からは見えません」

「他の人からは見えない?ほんとかなあ」

「試射に関しては人のいないところをオススメしますよ」



 綿引と味方は郊外の廃墟にやって来ていた。

 相当前から放置されている廃工場だ。フェンスを乗り越え無断で入った。

「ここなら大丈夫か?」寒々しい工場の広い空間に綿引の声が響く。

「まあここなら大丈夫でしょう。周りに人気もないし」


 綿引は黒い本を開き『武器』の文字を触る。一回でも解放すると何度でも現れるらしい。

 またポトリと銃が目の前に落ちる。

 綿引はまたその銃を手にした。大きさのわりにやたら軽い。本当にこれから弾が出るのか。まあやってみたら分かるか。

綿引は工場の中にある錆びて動かなくなったベルトコンベアを見つめた。そしてそこにめがけて銃を向け、引き金を引いてみた。

 重々しい音はせずゲームのような効果音がして光る弾が出た。反動はない。すると弾が当たったベルトコンベアは派手な音を立て砕け散り、その爆風がはなれた綿引の顔に当たった。

 綿引は驚き、しかめた顔をゆっくり戻す。「おいおい何だこれ。凄い威力じゃないか……」

「まあ武器なんで。破壊力はないと」味方は当たり前のように言う。

「この武器は何の為にあるんだ。かなり危険なものだぞ」綿引は改めてその銃を見る。

「何の為か。それはあなた次第です」

「何の為かは自由ということか。じゃあ俺がこれで人を殺したらどうなるんだ?それも自由か?」

「それも自由です」味方は何の躊躇いもなくそう答えた。



 綿引はそれから数日の間考えていた。文字の解放もしていない。試しにあの銃を持って外を歩いてみた。しかし、その銃を気にする人は一人もいなかった。他者から見えないというのは本当のことのようだった。

 綿引には銃を撃って物を破壊した時の感覚が、まだ手に残っていた。あれは紛れもない恍惚だった。

 また銃を撃ちたい。それが素直な感想だった。人からは見えないのならいくらでも破壊はできる。しかし他者を撃ったり、犯罪としての破壊活動はする気はない。そのくらいのモラルは持っているつもりだった。しかしまた撃ちたい。



 だとすると。

 綿引は三つ目の文字の解放を行った。それは『敵』だった。

『敵』の文字を触ると字が光りそこからまた三つに文字が派生していった。『敵』からは『異形』『人間』『状況』の文字が現れた。

『人間』は分かる。そのままだろう。『異形』とは何なのか。多分モンスターのようなものか。『状況』は一番分かりにくい。災害や事故のような状況が困難である状態のことなのか。

 綿引は考えた末、『異形』を触った。一番銃を使いやすい敵のような気がしたからだ。『異形』の文字がボウッと光る。

 綿引は一応銃を手に持っていた。

 しかし『敵』は何処にも現れない。というかなんで俺は家の中で『敵』をさわってしまったんだ。急にぞわっとくる焦りがやって来た。



 その時、窓ガラスからコツコツとノックの音がした。綿引は咄嗟に銃を向ける。しかしそこにいたのはあの味方だった。窓の向こうから軽く手を振っている。

「なんだあんたか……」綿引は銃を下ろし、ホッと息を吐く。そして窓ガラスの鍵を開ける。

 味方は部屋に入ってくる「そんな焦らなくても直ぐに敵は現れないですよ。こっちが都合がいい時にやってくるのは敵ではなく生け贄ですからね」

「そうなのか……」

「しかし解放してしまったんですね。敵を」

「いけなかったのか?そんなこと聞いてないぞ」

「いけないことはないですよ。あなたが望んだんですから。ただ敵なのであなたも私も逆に殺される可能性も出てきました」

「殺される……」綿引は言葉を失う。

「そりゃあ敵ですからね。しかしそれほど慌てる必要もないです。所詮レベル1の敵ですから。危険性は低いです。武器もあることですし」

「レベル1……。ということはどんどん強い敵を解放することもできるのか。一体何の為に?」

「それは昨日も言った通り、どう思うかはあなた次第です」



 街中の暗い裏通りにそれは現れた。大型の犬程の大きさで目や鼻はなく顔の全体が大きな口で占められている。体の色は鈍く光る金属のような黒々しさ。四足歩行で手足の爪はあり得ないほど大きい。正に『異形』と言うに相応しい『敵』だった。

 綿引はすぐさま銃を取り出し、異形に引き金を向ける。異形は威嚇するようにグオオオと吠える。

 綿引は異形が動く前に引き金を引いた。銃から光る弾が飛び出し異形に当たり、バシュウウという音を立て砕け散った。異形の破片がパラパラと中空を舞う。そのあとには何も残らない。

 綿引の腕にはベルトコンベアの破壊以上の恍惚が残った。



 それから綿引は、より強い武器、近接武器やスナイパーライフルなどを解放し、体を守る防具も解放していった。そしてその武器や防具が意味を持つ為の、より強い敵を解放し、夜中に異形の敵と戦う日々だった。カマキリのような異形。トリケラトプスのような異形。球体が繋がって人形になったような異形。あれは厄介な敵だった。球体が銃の弾をはじくので。



 味方は現れない。そこまでピンチになったことがないからだろうか。



 夜の24時になる。綿引は戦いの帰りの途中で、夜道を歩いているところだった。解放の時間だ。黒い本を出す。しかし上位武器の項目を触るも次の文字は出てこなかった。

 その代わり最初の選択肢の隣に『意味』という文字が現れた。『味方』『敵』『道具』『意味』と並んでいる。

「何だこれは……」初めて見る変化だ。

 久しぶりにあいつを呼ぶか。「味方さんよ」夜空に向かって軽く呼ぶ。



「何ですか?」味方は目の前に突然現れた。

 綿引は久々の唐突さに一瞬怯む。

「久しぶりですね。私の助けも必要ないくらい戦いを楽しみのようで」

 それは皮肉だろうか。「ああ、楽しんでるよ。目的は自由のはずだ」

「その通りです」味方は何も感情を現さずに言う。

「聞きたいのはこれだ。武器の項目に新しいものが出てこなくなり、代わりに『意味』という文字が出てきた」綿引は黒い本を味方に見せる。

「……ああ出てきましたか。それは一つの項目を限界まで解放すると出てくる文字です」

「『意味』とはどういう意味なんだ?何が解放されるんだ?」

「その解釈もあなた次第ですよ。というか既に出ているように思えますね」

「既に出ている……。ということは一周グレードアップした武器の解放か」

「解釈はあなた次第です」



 綿引は『意味』について考えた。この黒い本に出てくる文字は大体において、自分が考える意味と変わらなかった。この文字の意味の視点は自分であるということは疑えないと思う。




 綿引は躊躇いつつも『意味』の文字を触った。すると文字は光り広がりそして綿引の体全体を包んだ。



 そして消えた。この世界から。綿引は新しい世界に行った。武器と敵の世界に。



 夜道に一冊の黒い本がポトリと落ちる。その本を誰かが見ていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

意味ツリー 影山洋士 @youjikageyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ