(39/47)全部が全部美味しい
チィの空気が伝染したのか、微妙な空気を漂わせて俺たちは宿に戻った。
シャーロットが厨房でショートケーキを取り出した。
白い沼でのように動くことはせず、ただの普通のショートケーキのように見える。
「じゃあ、まず洗いますね」
洗う?
取り出したショートケーキをチャポンと水桶に入れた。
スポンジの上に白い生クリームと赤いイチゴが乗っている。いわゆるショートケーキそのままの見た目なので違和感があるが、まあ白い沼の中にいたことを考えれば衛生的にも当たり前のことだろう。
イチゴに見えるものは、結構しっかりと刺さっっているというか根付いて生えているようで、シャーロットがぐりぐりとイチゴの部分を回しぶちぶちと抜いていく。
そして水桶の中でジャブジャブと白い生クリームのような部分を落としていく。
水が白く濁る。
何度か綺麗な水を入れ替え、ごしごしと丁寧に拭い去るとカステラのようなスポンジ部分が見えてきた。
「これでデコレーションができます」
シャーロットはそう言うと生クリームをスポンジ部分に乗せていく。
「上手いもんだな」
俺はシャーロットの手際を見ながら話しかける。
「味付けの意味ももちろんですが、白くデコレーションすると獲れたてで新鮮なイメージにもなりますし」
「上手いけど、美味いかどうかは食べてみないとなんだよ?」
「まあ、人それぞれだし」
チィは相変わらずの沈んだ声。やっぱり気が進まないらしい。
「え?リタ、チィ、何言ってるんだよ。シャーロットのはいつも美味いじゃん」
「ありがとうございます、カイさん。でも全部が全部美味しいってわけには」
「いやいやいや、シャーロット!シャーロットの料理はいつも美味いに決まっているよ」
そう言う俺を見て、リタとチィが微妙な顔をした。
「さ、イチゴも置きました。完成です」
シャーロットが人数分のショートケーキを手際良く皿の上に乗せた。
チィは神妙な視線をショートケーキに送っている。
「じゃあ、カイさん、召し上がってください」
「いっただっきまーす!」
俺はテンション高めに勢いよくショートケーキを手掴みにすると、すぐさま口の中いっぱいに頬張った。
リタとチィはショートケーキの皿を前に微動だにせず俺を見ている。
舌の上にイチゴの酸味が伝わると追いかけるように生クリームの濃厚な甘味が広がる。
うん。これだよ、これこれ。
「やっぱり美味いじゃん!」
俺の頬は緩みっぱなしで頬っぺたが落ちそうになる。
ん?更に遅れて何かやってきた。
酸味や甘味を追い越して強烈に広がる味覚があった。
美味い!→美味い?→なんだこれ!(←イマココ)。
「うげぇぇぇぇぇっ!」
……口の中のものを全部出してしまう俺がいた。
しかも、全部出したにもかかわらず、口の中には強烈な味が主張してまだ残っている。
苦くて生臭くて……。これ、魚のはらわたとドブのような土がミックスしたような味だ。
「これ、腐ってない?腐ってるの?腐ってるよ!」
「味覚だけは、コトンボじゃなくて人間だったみたいね」
チィが俺を見ながらため息をついた。
「腐ってなくてこういう味なんだよ。捕れたての新鮮なものだし。カイもやっぱり美味しく思えないんだよ?」
リタが俺の質問に答える。
「え?ケーキだろう?ケーキなんだろう?」
俺は大急ぎで水を飲む。
「ケーキっていっても、ショートケーキは沼に棲んでいるんだよ?」
リタが冷たい視線で答えた。
え?そういうこと??
「だって、誕生日に食べる特別なものって」
「親や生命のありがたさを知るため誕生日に食べるんだよ?じゃなきゃ、わざわざ親が守っている状態を引き剥がしてすなんてしないんだよ。しかも美味しくない方のショートケーキなんて特別な日じゃなきゃ食べないんだよ」
「あの攻撃してくる親だったら美味かったのか?」
「ホールケーキ?そっちの方が美味しいなんてあたりまえなんだよ。大きくなっている分いろんな機能がしっかりしてるし」
「ホールケーキの方が美味しいなら言ってくれよ!」
「だってカイがショートケーキ食べたいって!」
「じゃあ、ショートケーキが不味いって言ってくれ!」
「言ったんだよ?」
「いくらシャーロットの料理でも食べてみないとってやつか?そんな言い方じゃ……」
「じゃなくて、沼で」
「え?」
「ちゃんと言ったんだよ。『後味が悪い』って」
ん?んん?
………………確かに。
「シャーロットには悪いけど、やっぱりチィは勘弁だわ」
チィはそう言いながら皿を遠ざけた。
なるほど。
だからチィは沼からあんな空気感だったのか……。
シャーロットが口直しに何か作ってくれると言ってくれたのだが、宿には俺たち以外にいなかったし、いつも作ってくれるのも申し訳なかったので、外食することにした。
といっても、いつものギルドなんだけど。
入ってみるといつも以上に結構な賑わいだった。
俺たちはどうにか空いているテーブルを見つけ座った。
「シャーロットに日頃の感謝もこめて今日はおごらせてもらうよ」
と、俺はシャーロットの分もオーダーをする。
「やったー。ボクたちにも日頃の感謝なんだよ」
「そうね、ショートケーキを捕獲するのまでつきあってあげたわけだし」
リタもチィも何の遠慮もなくがっついている。
シャーロットはというとやってきた料理を嬉しそうにながめ食事をしていた。
周囲では誰もが明日に期日が迫ったデトックスの話をしている。
男性は喜び女性は冷ややかにというのは変わってないが、今日はまるで夏休み最終日のようだった。手付かずたまった宿題のように『ハーフ』について話し合っている。
「だから『ハーフ』を差し出せば良いんだろう?」
「そうね。『ハーフ』ってのが何か見つけないと」
「誰か心あたりある?」
「『ハーフ』ってのは半分って事だろう?何が半分なんだろう?」
「いや。というより『ハーブ』の聞き間違いなのでは?」
「それなら『ハープ』の可能性だって」
「『パーク』って線もあるのでは?」
「良い飲み屋、つまり『バール』を探しているんじゃない?」
「あ、俺わかった。うん、わかった、わかった!……『
その一言でどっと笑いが起きていた。
……なんて呑気な連中なんだろう。
俺はその光景を見て安心感を得る。
が。
ざわつくギルドに、例の短く大きな鐘の音が繰り返し響き渡った。
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