(37/47)欲しいなら力づくで
「え?」
シャーロットは大きな目を更に大きく丸くした。
「いや、ないです。ないんです。宿屋以外になりたいものなんてないんです。せっかく両親が残してくれた宿屋と
「なんで?あるように見えるけどなあ……。女神がダメって言っているの?」
「いえ、言ってません。女神様はそんな心の狭い方じゃないです」
「じゃあシャーロットがなりたいものって、本当にないの?」
「……ないです」
俺はシャーロットの目の前に小指を出した。
「これっぽっちも?」
「…………」
シャーロットは下を向いてしまう。
「本当はあるんじゃないか?それを言ったっていいじゃん」
「でも、わたしが言っても」
「シャーロットが言っても何?」
「何も変わらないですし」
「うん、そうだね」
「だったら!だったら……言っても仕方ないですし」
「言っても変わらない。
「そうかもしれませんが」
「シャーロット」
「な、なんでしょうか?」
「そんなこと言ったら普段している、キエール呑みながらの馬鹿話の方がよっぽど無駄じゃないか?」
と言って俺は笑った。
「そうですね」
つられてシャーロットからも笑みがこぼれる。
次に真剣な表情となりたどたどしくこう言った。
「実は……わたし……冒険者に憧れているんです」
か細い声を絞り出し続ける。
「冒険者になって……いろいろ経験してみたい……ですし……いろんな場所にも……行ってみたいんです」
「良いじゃん、シャーロット。冒険者になって一緒にいろんなことしようぜ」
「ありがとうございます……。でも魔物も倒せないでしょうし。わたしのギフトでは冒険者なんて無理だってわかっています……から」
「そんな事ないって。まだわからないよ」
「……ありがとうございます」
シャーロットは深く息を吐いた。
と、急に大人びた笑みをする。
「でも……誰にも言った事がない秘密を言わせるなんて……やっぱりカイさんはズルいです」
そして俺は白濁した液体に身体を委ねていた。
気怠さが全身をつつむ。
すぐ近くからは荒い息づかいが聞こえてくる。
「はぁ、はぁっ!……わたし、もう少し、もう少しです」
「ボ、ボクは……もうダメなんだよ」
「コトンボ未満……あなたが欲しいっていたんでしょ……もっと頑張りなさい」
俺とシャーロットとリタとチィは白い沼に倒れていた。
「こんなになるなんて思ってなかったんだよ!」
俺は両手を膝に置き立ち上がった。
他の三人もよろよろと立ち上がる。
立ち上がってしまえば膝より下までしかない浅い沼なのだが、いかんせん生クリームのようなものに足をとられてしまい、なかなか踏ん張りがきかない。
何度も全員すっ転んでいて、白くぬるぬるしたものにまみれている。
「これだからコトンボは。そんなことも知らないで食べたいっていったの?」
「お誕生日とかにしか食べない、特別なものなんだよ?」
「依頼初完了なんて一生に一度の特別だろ?食べたいって言ってもいいじゃんか」
「まあ、コトンボ未満がコトンボを倒したんだから特別って言ったら特別だわね」
「コトンボ下剋上なんだよ?」
シャーロットは俺とリタとチィのやりとりを少し遠くから見ている。
今朝起きた時もなんとなくシャーロットがまだ寂しそうだったので、勢いで依頼完了記念日ということでショートケーキでも食べたいとテンション高く言ってしまったのだ。
「全く。コトンボ未満は依頼初完了の喜びをいつまでひきずっているのよ?」
「浮かれすぎなんだよ?」
「いいじゃんか!チィだってリタだってまだ依頼完了したことないんだろ?『ペーパー冒険者』なんだろ?」
「だって、ボクは『冒険者』じゃなくて『案内者』なんだよ」
「『案内者』?」
「そう、冒険者を目的地まで連れて行く案内がメインなの。だから戦えなくても自分の身は自分で守れるようにしてれば良いの」
へえ、『案内者』ね。そんなのもあるんだ。
俺はチィを見た。
「チィは良いの!……別の仕事もしてるし」
最初は大声、次は小声で答えた。
まあそうだよな。
「さぁ!お話も楽しいですがショートケーキが先ですよ」
シャーロットが明るい声を出した。
そう、俺たちはショートケーキを取りに来ているのだった。
食べたいと言った直後シャーロットが『じゃあみんなでカイさんがお望みのケーキを取りにいきましょう』と言ったので、お店とかに取りに行くものだと思っていたんだけど。
思っていたんだけどね。
だって、なあ?
まさかケーキまでも作るものじゃなくて、こんなところまで取りに来るものだとは思わないじゃん?
そんなわけでケーキが目的でこの白い沼にきたわけで。
「じゃあ、チィちゃんはわたしと一緒に。カイさんはリタと組んでください」
チィは頼りない足取りで手招きをしているシャーロットに近づいていった。
「ボクたちも頑張るんだよ?」
「おお。でもリタのギフトでもこの足場はきついのか」
「うん、普通の黒や茶の土とは違うからね。今あるギフトだと難しい」
俺たちは転ばないように支え合いながら足を進めた。
「そういえばリタの親御さんも『案内者』だったということ?」
「え?違うよ。うちは代々『配達人』だったんだよ」
「『配達人』?」
「そう。手紙やちょっとした荷物なんかを届ける仕事」
「へえ」
「身軽な格好で走って届けるんだ。近所はもちろん遠くの町までとか。『配達人』はポストの鍵が貸与されるから、そこを自由に開けて宛先を見てね。信用とスピードの仕事なんだよ」
「ああ。走る仕事だからGGも足元にちなんだ、しっかりとしたサンダルなのか」
「まあそうなんだけどね。『配達人』なら普通はもう少し良い靴だったりするんだけど。まあいろいろあってね。……そう、いろいろあって『案内人』にしかなれなかったってことだよ」
「なれなかった?なんで?」
「……いろいろは、いろいろなんだよ?」
そう言うとリタは寂しそうに笑った。
「そりゃそうか!」
俺は必要以上に明るい声で続ける。
「で、ケーキはどう取れば良いんだ?この沼にケーキがなる木とかあるのか?」
リタの目が急に冷める。
「ケーキがなる木なんてあるわけないんだよ?」
「そっか、じゃあパンのように何か仕掛けをして捕るのか?」
「採るのでも捕るのでもないよ。獲るというか、盗るんだよ」
「え?」
「まあ、欲しいなら力づくでって話なんだよ」
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