(32/47)一度はその攻撃を味わってみたい

 俺たちは城壁の外で魔人デトさん?をかなり遠くからみている。

「あれが魔人か。初めて見たけど」

「いや、なかなかな。うん、なかなかだな」

「だな、いいな」

 男どもの声には喜びが混じる。

「魔人のくせに。なに、あの格好」

「きっと行き遅れで人間でもいいからこびているのよ」

「なんか気に入らない」

 女性陣のうけは芳しくないっぽいが。

 と、魔人が高らかに第一声をあげた。

「あるのだろう?いるのだろう?デズリーこの町に!」

 距離は保ったままであるが、その声はきちんと響き渡った。

 冒険者たちは静まりかえる。

 続いて、

「引き渡しさえすれば何の危害も加えないことを約束しよう!」

 と、ファーの巻きついていない左手を振りかざした。

 ん?……何を渡せば良いんだろう?

 俺たちは近くのやつらと視線を交わす。

「おい!お前らあたしの声が聞こえなかったのか!?」

 またしても騒つきだす冒険者たち。

「だってなあ」

「なんだろうな?」

「何を渡せばいいのかしら?」

 そりゃそうだよな。

 渡してもいいものがあるなら、さっさと渡してこの場を治めたいよな。

 そんな俺たちに痺れを切らしてか、

「妾を誰だと思っている!」

 と、苛立った声が届く。

 再度静まり返るデズリーの面々。

 魔人は満足したように数度頷いた。

 そして大きく息を吸いこんだ。

「妾の名は『デトックス』!……こんな田舎でも聞いたことのある名前だろう?」

 華々しい宣言。妖艶な笑顔。

「「「おおおー!」」」

 歓喜の声で湧き上がる男たち。

「「「いやぁぁぁーっ!」」」

 嫌悪の叫びを上げる女性たち。

「なに、なに?デトックスって魔人、有名なの」

 俺は隣の男に訊いた。

「そりゃ有名さ。一度はその攻撃を味わってみたい魔人だよ」

「はぁ?何を言ってるんだ?」

「だって噂のデトックスだぜ。みんな大好きなデトックスだぜ」

「何言っているのよ。チィは絶対に嫌だわ」

 と、チィが割り込んできた。

「ボクも絶対ぜぇぇぇったいに嫌なんだよ」

 リタはなんだか顔を赤らめている。

 ざわつきのおさまらない中、ジーナが一歩前に出た。

「こ、ここはギルドを代表してわたしが話します」

 顔には決意がにじみ出ている。 

「デ、デトックスさん!」

「なんだい、小娘」

 デトックスは目を光らせながら反応した。

「あの、その」

「どうした?お前がまず初めにやられたいのかい?」

「いえいえいえ。そうではなく」

 ジーナは腰を引いてすぐさま後ろに下がった。

「清純ぶってまた下がっていくなんて、いったい何がしたいんだい?」

「あのっ!そのっ!教えてください」

「ほうら、やっぱり知りたいんだろう?」

「そうではなくてですね。……そのぅ、あのぅ」

 ジーナが決意したように前を向いた。

「何を渡せばいいんでしょうか?それを教えてもらわないと……」

 その言葉にデトックスは不思議そうな表情を一瞬浮かべると、ようやく気づいたのか顔を赤くした。

「あ、揚げ足を取るな!大人しく言うことを聞けば良いんだよ!『ゴートゥヘブン』!」

 デトックスは右手を振り下ろす。

 巻きついていた紅いファーがジーナへと向かっていった。

「危ないっ!」

 屈強な髭面の冒険者が飛び出して来て、期待に満ちた嬉しそうな表情を浮かべ両手を広げジーナを庇う。

 ん?

 嬉しそうな表情?

 するすると伸びたファーかスピードを増し伸びていき、髭の生えているあごを優しく撫でた。

「は、はふぅ〜っん」

 冒険者は声にならない声を出し膝から崩れ落ちた。

 倒れたその髭面には何やらとても幸せそうな表情を浮かべている。

「あ……ありがとうございます」

 息絶え絶えに、男から薄い声が漏れた。

 なんだ?何が起こった?

 よくわからないけど、デトックスのギフトが原因だよな?

「「「いやぁぁぁーっ!」」」

 一瞬間があり、女性たちが先ほどと同様の嫌悪の声をあげた。

「ふんっ。うるさい小娘どもね」

 とデトックスは髪をかきあげた。

 一方。

「うわ〜っ」

「本当なんだ」

「いいなあ」

 男たちからは羨ましそうな声が上がっている。

「どういうことなんだ?」

 俺はリタに訊く。

「あのね、その、デトックスはね。その、あの……」

 リタはもじもじと答えにくそうにしている。

「チィがこたえてあげる」

 チィがリタの言葉を遮った。

「デトックスはね、人間のを満たし尽くして、立っていることさえの気力をも失わせるの」

 欲望を満たし尽くす?

「え?」

 俺は横たわってそのままになっている男を見た。

「どういうこと?」

「コトンボ未満にもわかるよう教えてあげるわ。欲望を満たして、いわゆる『賢者モード』にするのよ」

 賢者モード!

 そういうこと? 

「いいかい、人間どもよ!もう一度言う!『ハーフ』を引き渡せ」

 デトックスが大きな声をあげた。

「なにが『もう一度』よ。初めて何が欲しいのか聞いたわ」

「そもそも『ハーフ』って何よ。知ってる?」

「知らないもの出せって言われててもね。魔人ってあんまり頭の方は良くないんじゃない?」

 くすくすとと、女性冒険者のパーティからさざ波程度の忍び笑いが起きた。

「うるさいんだよっ!『ゴートゥヘブン』!」

 デトックスのファーがその三人へと伸びた。

 それぞれの耳、首、腰を撫でる。

「いやぁぁっはぁっ〜んんっ」

 狙い打ちされた面々は大きな甘い声を出しへなへなと腰から地面へ落ち、顔を赤らめ絶え絶えの息づかいになる。

「「「……………………」」」

 静まり返りじりじり後退する女性たち。

「「「うぉぉぉぉぉ〜〜っ」」」

 逆に湧き上がる男たち。

 そして最前線はむさくるしい男たちばかりになっていく。

「ほら、早く『ハーフ』を出せ!じゃないともっと地獄天国をみせてやる!」

 デトックスは言うが早いかまた紅いファーを操る。

「よし!女冒険者を守るぜ!」

 格好良い言葉とともに、威勢よく争い、ニヤけ顔の男性冒険者が我先にとファーへ向かっていった。

「ふわ〜」「ほわわ」「くぅ〜」

 男達がほくほくの笑顔で倒れていく。

 ……なんだこれ。

 確かに。

 確かに、ある意味、地獄を見ているな、これ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る