(23/47)珍しいのをたくさん持っているんだよ

 気がつくとだいぶ日が落ちていた。

 口の中の嫌な感じはなくなっている。

 すっかり静かになった周囲を見回すと、リタは大の字に倒れていて、チィはうずくまった姿勢でいた。

 俺は慌てて大きな声を出した。

「リタ!チィ!」

 まずリタが反応し上半身を起こした。

「あ、ああ、カイ」

 土埃で涙の後が線になっている。

「リタ、大丈夫か」

「大丈夫じゃないけど、まあ返事ができるほどには大丈夫なんだよ。チィは?」

 うずくまっているチィを俺はあごで指した。

「チィ、大丈夫?」

 リタがよろよろと立ち上がり、チィのそばへ歩み寄ると優しく肩に手をかけた。

 チィはびくっと身体を震わしおずおずと上を見た。

「……リタ。……花は散り切ったのね」

「とりあえずは乗り切れたってことなんだよ」

「ひどい目にあったわ」

 チィもよろよろと立ち上がった。

「で、サクランって何だったんだ?リタ」

「サクランは……人間の嫌な感情を養分に急成長して実を作るんだよ」

「嫌な感情?」

「人の思いに入り込んで嫌な出来事を思い出させるの」

 リタは自分の両肩に腕を回し身震いをした。

「花びらを散らせて幻覚を与えてね、その嫌な感情で実らせるんだよ。だから花が散って実が大きくなったらおしまいなんだけど」

 見上げると枝には黄色の丸いものがたわわに実っている。

 俺はリタの語尾を繰り返した。

「けど?」

「ひどいとそのまま錯乱した状態が続くこともあるから。ボクたち三人とも元に戻れて良かったんだよ」

 そのまま戻ってこられないことあるの?

 恐ろしすぎないか、サクラン。

「怖っ!」

 俺たちはをお互いを見た。三人ともげっそりとしていた。

 が、視線をかわすと自然と大笑いがおきた。

 その一瞬に芽生えた仲間の安全に安堵する感情だった。

「とりあえず……帰ろう」

 身体中が重い。

 その動きはゆっくりだったけど、俺たちはシャーロットの宿屋へ足へ進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 帰路は無口の三人だった。

 のだが。

 宿でキエールがすすむうち体も気持ちも温まり、今はもう饒舌になっていた。

「コトンボ以下ってなんだよ!お前らだって戦力に数えられないって話だよ!」

「ちょっと!ボクたちに失礼じゃない?カイ!」

「コトンボ以下、いや未満の男がなんか言っている」 

「だってお前ら一匹も退治できなかったじゃん」

「でもボクたちは無傷だったんだよ?ねー!チィ」

「チィの毛布は鉄壁」

「避けると守るだけじゃ依頼はクリアできないだろ!」

 ガヤガヤとしているいつもの食堂。

 シャーロットの飯もいつも通り美味い。

 俺は皿の上の残り二つの骨付き肉を奪った。

「あー!そのお肉はボクのなんだよ!」

「全部とられないうちにチィももらっちゃおう!」

 チィも素早く動き皿が空になる。

「あーっ、チィまで」

「良いじゃない?いくらでもまたオーダーすれば」

「そういう問題じゃないんだよ」

 リタが頬を膨らませた。

「そう、今はそれは問題じゃない。どうしたらコトンボ退治の依頼を達成できるのかっていうのが問題だろ」

 俺は肉にかじりつきながら反論した。

 しかし。美味いけど、何の肉なんだろう?

 チィも口の中一杯に肉を放り込んでいた。

「もぐもぐ。もぐっ。ぅんぐっ!」

 と飲み込み言葉をつづけた。

「チィたちにコトンボ討伐というのは今のままでは難しいんじゃない?」

「うーん、それは確かにそうなんだよ?ボクたちには攻撃するようなギフトが全くないから」

 リタは空になった皿を恨めしそうに見続けながら言った。

「お待ちどうさま」

 シャーロットが追加の肉を持ってきてくれた。

「さすがシャーロット!頼んでもいないのに、ボクの気持ちをよくわかってくれているんだよ!」

「はいはい。リタは見ていればすぐわかりますから」

「ボクのことをそんなに見てくれているなんて!」

 リタはシャーロットに抱きついた。

「あまりふざけないの。他のお客さんにもお料理持っていくんだから」

 シャーロットは優しくリタをはがした。

「でも、カイさん?」

「ん?」

「すっかりこの三人って『パーティ』ですね」

「「「パーティ!?」」」

 三人の声が重なった。

「息もぴったりですね」

 シャーロットはちょっと影のある微笑をした。

「俺たちがパーティだってさ」

「コトンボ未満のメンバーもいるけど?」

「ボクたちがパーティねえ」

 悪くはないかも。それにみんな満更でもないようだ。

 けど。

 シャーロットの表情がなんか気になる。

 体調が悪いのだろうか?それとも何か心配事とかあるのだろうか?

 そんな事を思っているとシャーロットと目が合う。

「そうです、そうです!」

 シャーロットは胸の前でぱちんと手を打った。

「あの、ですね。攻撃力がないという話ですよね?魚屋のメッキーにアドバイスもらうのはどうでしょうか?」

 と両手を胸の前で合わせた。

 リタが素早く反応する。

「メッキーね!いいアイデアなんだよ!さすがシャーロット!」

「メッキー?誰それ?チィは知らないわ」

 チィも俺と同様知らないようだ。

「最強の賢者、魚屋のメッキーなんだよ。デズリーでいちばんGGやギフトに詳しくて。自分のギフトも珍しいのをたくさん持っているんだよ」

「明日にでも行って来たらいかがですか?」

「おう、ありがとう。行ってみるよ」

 俺は何だか明るい未来が見えたような気がした。

 何かいいことあると良いな。

「あ、サクランボじゃん」

 テーブルの上に山盛りのサクランボに目がいった。

「シャーロット、そういえば今日さ」

 俺は話しつつ、さっとサクランボを取り、

「サクランとかいう植物に」

 と口の中に入れようと……。

「「だめぇ!」」

 リタとチィが大きな声を上げた。

「何だよ、まだお前らの分あるだろ。なくなったら頼めば良いじゃん。なあシャーロット」

「そうですね。今日は大量だったらしいですよ」

「「そうじゃなくて!」」

「リタもチィもうるさい!早い者勝ちだからな!いただきまーす!」

 俺はサクランボを口に放り込んだ。

「「あ~あ……」」

 リタもチィも口をあんぐりと開けて見ている。

 ふっふっふ。何がそんなに残念なのかねえ?

 そんな顔しなくてもまだあるのに。

「ああ!もしかしたらですけど、ひょっとして?!」

「そうなんだよ、シャーロット」

 リタとシャーロットが何やら話している。

 口の中にたっぷりといれたサクランボをかみ砕こうとしたのだが。

 うぐっ。

 何やら嫌な感じが……?

 うげぇ。

 口の中いっぱいに髪の毛が?

 空き皿に思わずまるまると吐き出してしまう。

「うげぇ。なんだ、これ」

 腕で口をぬぐう。

 皿には綺麗なサクランボがゴロゴロ転がっただけだ。

 口内は違和感だらけだ。

「カイさん。サクランにやられた時は二十四時間はサクランボ食べちゃダメなんです」

 俺は口をあぐあぐするが嫌な感じがぬぐえない。

「食べるとフラッシュバックをしてしまうのです」

 シャーロットが困った顔で教えてくれた。

「ま、まじか。うげぇ、先に、先に言ってくれよ!」

「だから止めようとしたのに。……本当、コトンボ未満」

 チィは頬をあげて皮肉を口にした。

「全く……。ばっかなんだよ?カイは」

 リタが笑う。

 ううっ。

 口の中が不快感でもやもやが爆発しそうだ。

 やっぱり涙目になってしまう。

 シャーロットが視界に入る。俺ら三人に対し何やら羨ましそうな表情をしているように見えた。

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