(22/47)そんなの気にしなくていいから!

「お前らー!」

 俺たちは女神エビアンヌの泉に来ているわけで。

「だってカイの依頼なんだよーっ?」

 リタがギフトでリズムよくコトンボをかわす。

 何しに来ているのかというと、コトンボ退治の依頼に来ているわけで。

「チィ、お前がいれば大丈夫じゃなかったのかーっ!うぐぅっ」

 叫ぶと同時に腹にコトンボの一撃を食らう。

「チィは言った通り!この通り大丈夫でしょ!」

 チィはGGの毛布をすっぽりと被り、その『ぬくぬくシールド』とやらのギフトを使ってコトンボの攻撃から自らを防いでいる。

 しかし。

 しかし、二人は自らの身をかわす&守るだけだ。

 こんなんじゃコトンボの全退治はおろか一匹だって駆除できないわけで。

「お前ら、何の役にもたってねぇな!ぐぉっ」

 背中からもコトンボの一撃を食らう。

 しかし、攻撃力が皆無だな……、このメンバー。

「カイ、ギフトもらったんでしょ!それで何とかならないわけ?あたしだって避けてばかりじゃ疲れる!」

 リタが叫ぶ。

 ふむ。それもそうだな。

 試してみるか?

「おお!なるほど!わかったぜ、まかせておけ!」

 俺はリタの言葉を真正面から受け取った。

 そして声を張り上げる。

「『トーシ・トーシ』!」

 目の辺りに熱を感じる。

 ぐんとコトンボへ視点が近づく。

 よし!

 このまま!

 一匹目を突き抜けた。

 二匹目へ向かう。

 じゃあそいつで。

 でも二匹目も突き抜けた。

 三匹目へ向かう。

 どれでもいい!

 このまま!

 え?このまま?

 このまま上手くいったとしてどうなるんだ?

 ?

 !?

 !!?

 うげぇっっっ。

 ……視覚いっぱいにコトンボの内臓が映った。

 コトンボを透かしてどうすんだ、俺!

 

 

 

 

 

 

 

「カイなんて、泉までの道も知らなかったし、ぬかるみでコケるし、コトンボにやられっぱなしだし、しゃがみ込んで自分だけ守ってたし、逃げる時も遅れて着いてくるし、おごってくれないし、金目のものを盗らせてくれなかったし、そもそも銅貨も何も持ってないし、貧乏だし、メガネとかいう変なの顔に付けてるし」

「……リタ、またそのコピペで文句言うのやめて?っていうか今回と内容合ってないし!」

 俺たちはすごすごと来た道を引き返している。

 一匹も退治できないまま。

 ただ疲れただけで、それはそれは足が重いったらない。

 しかも今回は俺だけが体中あざだらけでボロボロだ。

「ほんっとに……ほんとうにカイってばコトンボ未満なのね」

 チィが温かないつくしむような眼差しを俺に向ける。

「やめろー!その目はやめてくれ!むしろキツく罵ってくれ!」

「せっかくもらったギフトだし、大事にして生きていきなさい」

 と、チィは柔らかな声色で俺の肩をたたいた。

「ボクそう思うんだよ。無理してコトンボ退治とかしなくて良いと思うよ、カイ。君はよく頑張ったんだよ?うん」

「リタも態度を変えるな!温かみで励ますとかはかえって傷つくから止めてくれー!この能無し野郎だとか役立たずだとかもっと馬鹿にしてくれ!いや、ください!頼みます!」

 俺は頭を抱えながら崩れ落ちた。

 と、足元にピンクの花びらが舞って落ちてきた。

 桜?

 見上げると行きには全く咲いてなかった木々に、ピンクの花が一面咲き誇っていた。

「まずい!」

 リタがその満開っぷりをみて大きな声をあげた。

「うっかりしてた。サクランの日だったのか!急がないとなんだよ!」

「何を慌てているんだ?サクランってなんだ?」

「サクランってのはこの木々の名前!そんなの気にしなくていいから!急ぐしかないんだよ!」

「急ぐ?何を急ぐんだ?」

「とりあえずこの並木を抜けないとだよ!」

「え?」

「急がないと、サクランにやられるんだよ!カイ!チィ!走って!」

 そういうと、俺とチィの手を握り走り出す。

 いや、走り出そうとした。

 その瞬間とき

 花吹雪で視界が遮られる。

 足が止まってしまった。

 四方八方から何やらすすり泣くような声が聞こえてきた。

「やばっ……いっ……。嫌な、嫌な思い出が触られ表に出されっるっんだっよっ……」

 声とともにリタの手が離れた。

 と思ったら、跪き絶叫し始めた。

「ああ!止めて!止めて!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 チィも座り込んで頭を抱え叫んでいる。

「いやー!いやー!チィにそれは思い出させないでー!」

 花びらが一層強く舞う。

 すすり泣くような声はやがて号泣へと変わっていた。

 桜、いや、サクランが泣いているのか。

 リタは地面に大の字になって涙を流し続けながら両手両足をばたつかせている。

 チィはうずくまってひたすら小さく小さく縮こまって髪を振り乱している。

 嫌な思い出を無理矢理まさぐら表に引きずりださているのだろうか。

 しかし俺にはやってこないぞ?

 嫌な思い出?

 ん?

 嫌なもなにも、そもそも記憶すら曖昧だし。そりゃやってこないよなー。

 俺対サクランなら楽勝?

 とか思ったいると、口の中が何やら嫌な感じになる。

 花びらでも入ったかな。

 口に指を入れてみるが何も触れる異物はない。

 急いで吐き出してみるものの何も出てこず、嫌な感じはなくならない。

 それどころかどんどん強まってくる。

 なんだなんだ?

 慌てて更に指で口内をかきまわす。

 ……何も入っていない。

 しかし、口の中には何か髪の毛が入っているような不愉快な感覚がとめどもなく湧き上がり溢れ出してくる。

 !

 これ、ひょっとして?

 あれの時の感覚?

 ギルドで飲んでいた時、わしゃわしゃされて自分の髪が口に入った時の思い出?

 原因らしき思い出を突き止めたものの、口をどう動かそうが指で探ろうが不愉快な状態は全く改善されない。

 うわぁぁぁぁぁぁぁ。

 止めて!止めて!止めてくれぇぇぇ。

 いてもたってもいられなく、足をじたばたさせる俺。

 何をやっても効果がない。

 止めて!止めて!止めてくれぇぇぇ。 

 大きな口を開けながら涙目で上を見ると一層のサクラン吹雪。

 花が散り切ったところは早くもムォコっとすごい勢いで実が大きく育っている。

 横ではリタとチィの叫び声が続いている。

 同調するかのようにますます派手になっていくサクラン吹雪。

 俺の口の中の不愉快な違和感はますます強くなる。

 サクラン怖い、サクラン怖いー!

 どうやったら終わるんだこれー!?

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