(21/47)別になんでもないです

 話の中心は俺だった。

 なかなかの存在感を発揮していた。

 リタもチィも赤い顔をして上機嫌だ。

「それ、それ。そうなんだよ、チィ。まさに『コトンボに真珠』ってことなんだよ」

「リタも上手いこと言うじゃない。『コトンボに小判』ってことね」

 などと言って俺を指さしてはケタケタと笑っていた。

 なんだかんだでリタとチィは気が合うらしい。

 リタがテーブル越しに俺の頭をわしゃわしゃと撫で、チィは俺のほっぺたをむにっと伸ばす。

 中心というか存在感というかは、要は俺のことを肴に盛り上がっていただけなんだけど、まあ、二人が仲良くなるなら良いことだ。

 そう思い目の前の料理を一口。

 うげ。

 口の中に強烈に嫌な感じが拡がる。

 違和感の正体をつまみ出して見てみる。

 ……この髪、俺のだ。わしゃわしゃされた時落ちて皿に乗ってしまったのかな。

 しかしどうして口の中の違和感ってのは耐えがたいものなのかね。ジャリジャリも嫌だったけど髪の毛も相当に嫌なものだ。

 でも、まあ、今はせっかくできたこの楽しい雰囲気を壊さないようにしておかないと。

 俺は取り出した自分の髪をそっと捨てた。

 そしてさんざん俺の金(というかエアコからもらった小遣い)で飲み食い上げた後、三人で肩を組み道を右に左にふらふらしながら宿屋に戻った。

「お帰りなさい」

 扉の音でわかったのかカウンターの中にいるシャーロットが温かな声をけかてくれる。

「ただいまー」

 多くの客で楽しげな夜が続いている食堂を抜け、俺たちはシャーロットのところへ進んだ。

「あれ?このは?」

 シャーロットがすぐ毛布ロリ娘に視線を移した。

「ああ、こいつ?チィっていうんだ。明日一緒に依頼をこなしにいこうかと」

 チィは優雅に頭を下げた。

 酔っているのかあまりにも自然な優雅さなので、素性がバレるのではと俺がハラハラしてしまう。

「チィ綺麗なお辞儀じゃない」

 並んで見ていたリタが目を丸くする。

「っていうか、え?カイまたコトンボの依頼に行くの?凝りないんだよ?」

「ほっとけ、リタ」

「仕方ない、ボクも付き合ってあげるか」

「いや、頼んでない」

「ごはん、おごってもらったし。それくらいの恩義は返すんだよ?」

 上機嫌のリタがウインクをする。

 整っている顔してるからこういうのは似合うんだよなあ。

 チィもそれを見て嬉しそうな表情を浮かべる。

「よし、じゃあ明日のコトンボ退治は三人でいくか!」

「「「おー」」」

 と三人で拳をつきあげた。

 あれ?シャーロットがなんだかもじもじしている。

 どうしたんだろ?

「シャーロット?」

 なんとなく気になって問いかける。

「べ、別になんでもないです」

「そう?そうかな?」

「いや、その、夜だからもう少し静かにしていただけると」

 と、がやがやにぎやかな食堂でそんなことを言った。

「そう?そっか、ごめん。そうだ。今日は確か一部屋空いてると言っていただろ?きちんと宿代払うぜ」

 俺はカウンターに大銀貨ニ枚を置いた。

「え?多くないですか?」

「三人分だから」

「あ、そう……、そうなのですね」

 シャーロットは小銀貨を五枚返してくれながら、

「……楽しそうですね」

 と小さな声を出した。

「ああ、せっかくの人生なんだから楽しくやらないとな!」

 俺は深く考えず返す。

「……そうですよね」

 シャーロットはそう言うとカウンター奥の厨房へと入っていった。

 食堂のざわめきが一層にぎやかに感じられる。

 と思ったら、耳馴染みのある二人の声が一層大きくなっていた。

「カイー、もっと飲もう!」

 リタがジョッキを片手に手招きをする。

「ったく、明日二日酔いで依頼に行けなくなっても知らねえぞ」

「あんたコトンボーォ?小さなこと気にしてつまらないわよ」

 チィが悪態をつく。

「大丈夫、大丈夫。二日酔いにならなきゃ良いだけの話なんだよ」

 リタがジョッキの底を完璧に上に向ける。

 うん、そうだよな。やっぱり楽しまないとだよな。

「だな!明日のことを今考えても仕方ないよな。明日のことは明日の俺の担当だ。きっと明日の俺が考えてなんとかしてくれるはずだ!」

 俺は急いで二人のテーブルへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 うーん、頭が重いかも。

 なんだかお腹のあたりも重いかも。

 やってしまった?これは二日酔いかもなあ?

 そんなことを思いつつ、目を開ける。

 ん?まだ暗い?

 目の辺りに手をやる。

 頭に何か乗っていたので下にずらす。

 とたんに白い朝日に見舞われる。

 まぶしくて横を見るとチィの顔。

 近いっ。

 こいつ、俺の頭を抱えて寝てやがった。

 どかした腕は俺の胸に、そしてお腹の辺りには脚が乗っている。

 寝息が顔にかかりくすぐったい。

 視線を戻す。

 ……確かに上品で綺麗な顔をしてるよな。

 急にエアコのことを思い出す。

 あれ?これ毎朝のパターンじゃね?

 やばくない?

 とか思っていると、チィが目を開けたので声をかける。

「……お、おはよう?」

「おはよう」

 チィが目をこすりながら応える。

 そして焦点がだんだんあってきたのか俺の顔をまじまじと見た。

「お、おはよう?って?おはようってなに?なに!」

「朝の挨拶だろ?」

「カイ?あんたなんでチィに抱きついているのよ!」

「まてまてまて。ちょっと待て、抱きついているのはチィの方だろ」

「っていうか、何で同じベッドに寝ているの!」

 チィがエビのごとく素早く後ろへ進む。

「うーん、うるさいなあ」

 リタも目を覚ました。

「カイ!また同じベッドなんだよ!」

「リタもうるさい!お前はもういいだろ!何度目だよ」

「信じられない、信じられない、信じられない」

 チィは小動物のように脚を抱え身を守るように繰り返す。

「お前らを泊めてやったんだろうが!ああ、もう面倒くさい!」

 二人を交互に見ながら大きな声を上げてしまう。

「酔っていたとはいえ合意の上だろ?なにより俺は金払ってるんだ!」

 おや?あれ?このフレーズなんかやばくない?

「「……なんかゲスい」」

 二人の視線がいっそう冷たくなる。

「いや、その、もちろん何もやましいことは無いですから……」

 などと、そんな朝のお決まりのひと騒ぎを終えてひと段落したところだ。

 そんなん気にするなら自分で金を出して別のベッドで寝てほしい。

 朝の大騒ぎだけはなんだかずるい気がする。

 ……まあ、俺は良い匂いもするし全くもって大歓迎なんだけど。

「カイさん、気をつけて行ってきてくださいね」

 シャーロットが見送りにきてくれたので、あわあわと空想の世界から抜け出す。

「ありがとう。でも大丈夫。だって今一番簡単な依頼だろ?」

「それを失敗してすごすご帰ってきているのは誰って話なんだよ?」

 リタは本当に余計なことを言う。

「うるさいなーリタは。チィは大丈夫か?」

「チィは大丈夫。もちろんばっちり!」

 おお!チィ!

 なんか頼もしいぞ。

「本当か?期待してるぜ!」

「はぁ?」

 チィが思いきり顔をゆがめる。

「ばっちりなんだろ?チィに任せれば成功間違いないな!」

「というか、あなたにはプライドってものがないのかしら?」

 プライド?

 念のためぐるぐる自分の中を探してみる。

 うーん、ないな。

 記憶と一緒に置いてきたのかも。

「でも、まあ、プライドなんて邪魔なだけだよ。いいじゃん、いいじゃん。チィ、大丈夫なんだろ?」

「まあそう言ったけど」

 チィは腑に落ちない顔をしてる。

「じゃあいいじゃん。そんな感じでそろそろ行くか!」

 リタとチィがうなずいた。

「じゃ行ってくるよ、シャーロット!」

「はい、カイさん。気をつけて無事に帰ってきてください」

 とシャーロットは下を向いた。

 たしかに笑顔?なんだけど、なんだろう?

 少しだけだけど、その微かな違和感が気になったんだ。

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