(20/47)ごっちゃんですぅ

「はい。ではその男の人にキエール一つですねぇ」

「うん、よろしく」

 エアコからもらった小遣いで懐に余裕もあるので安心して頼めた。

「メガネのお兄さん、カイさんですよねぇ?」

「お、初めましてなのによく知ってるね」

「はい、昨晩姉から聞きましたぁ」

「え?そうなの?嬉しいね」

「はい。胸やお尻に興味津々なメガネとやらをしている『カイ』という男の人がいるとぉ」

 ……バレてる。

「は、は、は、は」

 まあ、乾いた笑いしか出てこない。

 一通りの挨拶じみたものが終わったので立ち去るかと思ったのだが、ごっちゃんはまだそこにいた。

「でぇ?」

「で?というと何かな?ごっちゃん」

「私に何かおごってくれないのですかぁ?」

「へ?」

「姉のあんな部分やこんな部分をじろじろ見ていたくせに、私に何もおごってくれないのですかぁ?」

「どういうこと?」

「まあ、慰謝料というか拝観料というかぁ」

「でも、昨日見てたのはお姉さんのだよ?」

「三つ子なので、誰がもらっても一緒なのですぅ。三つ子なのでぇ」

 そういうこと?

 あり?

「まあ、それで済むなら良いけど」

「はい、大丈夫ですぅ!」

「じゃあ、好きなモノ頼んで」

 何せ今の俺はエアコからもらった小遣いという力強い味方がいるからな。

「ありがとうございますぅ。これからもごっちゃん、宜しくですぅー」

 ごっちゃんはそういうとスカートを泳がせてカウンターへ去っていった。

 俺はチィに向き直った。

「で?チィはどうして帰らないんだ?」

「あんたカイっていうのよね。カイってやっぱりコトンボ未満ね」

「なんだよ」

「家がつまらないからよ。もちろん家のことは大事だからちゃんとするわ。でもそういうのが無いときは何したっていいじゃない」

 そういうと、チィは毛布に顔をうずめた。

「そうか」

「自由になる時間が欲しいの。チィがチィでいられる時間が欲しいの。家のことをしてない時だけで良いから。すべきことがある時には帰るから。それだけ。わかる?」

「まあ……、そうかもな。もう十六だし。自己責任だしな」

「ひっく。ちょっと、カイって、意外と話がわかるじゃない」

「でもさ。お嬢さんが町中でこんなことやってて大丈夫なのか」

「大丈夫、大丈夫。見た目も使う言葉も違うし。いつものわたしとは同一人物なんて誰も思わないから」

 と、チィは一気にジョッキをあおった。

 ごっちゃんが戻ってきた。お盆には頼んだキエールのジョッキと山盛りの食事がある。

 つまみも持ってきてくれたのか。気が利いてる。

 ん?でも、キエールは三つも頼んだ覚えはないんだけどな。

「お待たせしましたぁ」

 ごっちゃんはお盆からキエールのジョッキをテーブルに置いた。

「ありがとうございますぅ、ごっちゃんですぅ」

 毎回自分の売り込みが激しい娘だな。と思ったらキエール一つを置いただけでそのまま立ち去ろうとした。

「あれ?他のキエールとかお盆の上にまだあるおつまみとかは?」

「はい。ごっちゃんですぅ」

「名前はもう覚えたよ、大丈夫」

「そうではなくてぇ。カイさんからお許しがでたので好きなモノを頼ませてもらいましたぁ」

 と、顔いっぱいの笑み。

「え?それ全部ごっちゃんの?」

「はいー。わたしの給料だとお腹いっぱいにするのに苦労するので助かりましたぁ。本当にごっちゃんですぅ」

 え?そういうこと?

「ありがとうございましたぁ。カイさんってば太っ腹ですねぇ。ごっちゃんですぅ」

 君は関取なのかい?

 ごっちゃんは片手でお盆を掲げたまま器用にスキップして別テーブルに行き食事を始めた。

 目で追っていたチィが視線を俺に移す。

「ねえ、カイ。あんた冒険者なの?ひっく」

「まだよくわからないな」

「もう十八なのに?そんな年齢なら先の事はもちろん来年のこと言ってもコトンボだって笑わないわよ」

 鬼ではなく?

「チィは家のこともするけど冒険者だってしたいのよ。ひっく」

「家を飛び出すくらいやりたいのなら冒険者一本でやればいいじゃないか」

「あんたやっぱりコトンボよりバカぁ?できるわけないじゃない」

「でも夢なんだろ?」

「夢?夢ってのは寝ているときに見るものでしょ?ひっく」

 そういうとチィは毛布にくるまりテーブルに伏せた。

「まあ、そうか。そうだな。来年とか先のことはわからないけど、明日はどうだ?」

「明日?」

「そう、明日、俺とコトンボ退治にいくか?」

「コトンボ退治?」

「昨日、全然上手くできなかったからさ。くやしいし、何よりこれより簡単な依頼もないらしいしさ。一緒にどうだ?」

「チィと?」

「そう、チィも一緒に」

「行くっ!」

 チィは毛布を跳ね除け上半身を起こした。そこには今まで見たことのない笑顔が広がっている。

「じゃあ、今日は飲むか!」

「あ、カイ、良いじゃないのさー」

 リタがやってきた。

「なになになに?こんな可愛いいロリぃのが好みなの?」

「チィを子供扱いするんじゃないわよ。あんたこそコトンボ並みの体つきのくせに」

「チィ?おこちゃまはお家に帰りなさいー」

「そっちこそ女装系の人よね?羨ましいくらいによくお似合いよ」

「なにさ!」

「なによ!」

 まあ、この二人の性格だとぶつかる事も起こるよなあ。

「まあまあまあ、仲良く飲もうぜ。な。俺おごるし」

「本当?カイさすがなんだよ!」

「カイ、あなたコトンボよりいいわ」

 二人の機嫌がV字回復する。

 お、ごっちゃんが通りかかった。

「ごっちゃん!キエール三つ。あとつまみも適当に!」

 がつんっ!

 いや、マジ?

 目から★って出るんだな。

 殴られたようだ。

「「カイ、違うよ」」

 二人が声を合わせて言う。

 あれ?

「ひょっとして、みっちゃんの方?」

「違う。三姉妹の真ん中」

 なるほど。

 みっちゃんとごっちゃんの間ね。

 俺だって学習するさ。

「ちょっと頼みたいんだけど良いかな?……よっちゃん!」

 がつんっ!

 いや、マジ?

 目から★って出るんだな。

 殴られたようだ。

 って、何このリピート。

「「違う、違う」」

 リタとチィは小声で否定する。

 目の前にはメイド的ウエイトレスが仁王立ちしている。

「お前。カイとかいうやつだろ」

「は、はい」

「俺はよっちゃんじゃねえ……。よっさんだ!覚えておけ!」

 そういうと『よっさん』は去っていった。

 よっさん?

 なにその中途半端な法則性。

「大丈夫ですかぁ?」

 小走りでやってきたごっちゃんに覗き込まれた。

「「大丈夫、大丈夫!!」」

 リタとチィの声が重なる。

 ……お前らが答えるなよ。

「カイならコトンボの先ほど心配しなくても良いのに」

「カイごときを気にかけてくれるなんて、こちらこそ申し訳ないんだよ?」

「いえいえ、お客様はご飯のもとですからぁ。うちの姉というかおっさんが失礼しましたぁ」

「おっさん?」

 俺はかすれかすれの声で反応する。

「はい、私たち一卵性の三つ子なんですけど、あのの中身はおっさんなんですぅ。女の子とか子ども扱いされると怒るんですよぉ」

 なるほど。外見は一緒だけどあいつにだけは『トーシ・トーシ』の練習しちゃダメだな。俺は握りこぶしを作り小さくうなずき固く誓った。

「痛いのはカイだから気にしないで。ごっちゃん。ボクのキエール追加して」

 と、リタ。

「そうそう。おつまみもお願いね」

 と、チィ。

 こいつら、気づくとさっきから気が合ってるじゃないか。

 ま、とりあえず良いか。今日は飲むかあ。

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