(17/47)開けたら素早くとどめを

 ぐるぐるとロープに巻かれた鍋を持って宿屋へ戻ってきた。

 抱えられた鍋からはドドスタと何かしらの中身が暴れている感触が伝わってくる。

 結局逃したのは最初のだけで、残りの三つの鍋では無事捕獲できたらしい。

 って?

 捕獲?

 何を?

 結局、俺は訊くタイミングを逃してしまっていたのだか、全員で一つずつ鍋を持ち宿屋へ戻ってきたのだ。

 シャーロットは片手で持ったドドスタさわがしい鍋をテーブルに降ろした。

 リタもその隣に自分の鍋を置いた。

 そして、二人が俺の両隣に回り込むようにやってきた。

「じゃあ、カイさんのからやっていきましょうか」

 左側のシャーロットが俺に微笑んだ。

「やる?何を?そもそも鍋の中に何がいるんだよ」

 俺は鍋もまだ持っているけど疑問もまだ持っているわけで。

「鍋の中?カレーパンの準備してたんだし、カレーパンが入ってるに決まっているんだよ?」

 リタが小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「カレーパンが入っているって?こんな動めいているものに?」

「何、カイ?ああ野生のパン見たことないの?」

 リタが覗き込みながら腹立つ表情を浮かべる。

「え?野生のパンって何?朝食べたのもパンだよな?」

「朝のは『パンパン』でしょ?野生の見た事ないなんて、都会っ子?」

「『まるでカイだけに都カイっ子』……って、野生のパンなんて知らねーよ」

「それならそれで良いから早く仕度するんだよ?本物見たほうが話早いしさ。ってカイのそれ誰かの口癖みたいな……?」

「そうね。じゃあリタはお鍋の横をおさえてくれる?」

 シャーロットがそういうとリタは俺をおしのけがっちりと鍋をつかんだ。

「ロープほどくわね」

 シャーロットが鍋のフタをおさえながらロープをほどいていく。

 中で『カレーパン』がドドスタ暴れているが、フタはぴっちりとシャーロットにおさえられていて、ぴくりとも動かない。

「カイさん、開けたら素早くとどめをさして下さいね」

 と、シャーロットが蓋を開けようとした。

 いやいやいや。

「待って、待って、待てって」

「どうしたんですか?」

 シャーロットが不思議そうな顔で俺を見る。

「怖気づいたんじゃないの?」

 リタがくししと笑う。

「とどめ?とどめって何?」

「だって仕留めないと食べられないんだよ?」

「え?仕留めるって何?生きてるの」

「あたりまえなんだよ?」

「『カレーパン』って生き物なの?」

「そこからかあ」

 リタが困った顔でシャーロットを見た。

「そうね」

 受け取ったシャーロットが説明を始める。

「まずですね、毎朝食べているのは『パンパン』です。これは野生の『パン』を粉末状にして再度練り上げて焼いたものなんです。で、元になる『パン』っていうのは、主に群れを作って生きていると言われているんです。種類によって棲むところが違ったり好物が違ったりするんですが」

「確かに朝食べるのは『パンパン』と言っていたような」

「季節とかにもよるけれど捕獲も手間がかかるし、捕まえてからも更に食べられるようにする作業も大変なのです。都会の大きな宿屋なんかはきちんと『パン』を出すところもあるのですが、うちの朝は『パンパン』にせざるを得ないのです。ごめんなさい」

「いや、シャーロットの飯は美味いし謝られるようなことは無いよ。それよりとどめってどうすれば良いんだ?」

「じゃあ、一緒にしましょうか」

 そういうとシャーロットは鍋のフタを開け素早くカレーの中に手を突っ込んだ。

「これがカレーパン」

 その右手にはビチビチと筐体を揺るがしている『カレーパン』が握られていた。

「で、さっと水につけ洗うのです」

 その手を鍋横に置かれた桶の中に入れた。

「そうすると『パン』の周りについたカレーがほぼ無くなるから見やすくなりますよね?」

 まだびちびち動いている『カレーパン』をテーブルで押さえつけた。

「そして、この凹んでいるところがオヘソなのでここに串を立てれば大丈夫です」

 完全な中央ではないが確かに凹んでいる部分があった。

 シャーロットがそこに串を刺す。すぐに『カレーパン』の動きがとまった。

「あとは、五分くらい水につけてから周りをよく洗い落とせは食べられます」

 と、また水桶にカレーパンを入れた。

「なるほどー。で、味は確かなんだよな?」

「当たり前でしょ?シャーロットはとどめをさすのも上手だし。鮮度はもちろん活きが良いままだから中の餡なんてとろけるほどなんだよ」

 リタが会話を横取り偉そうに解説をする。

「じゃあカイさんもやってみます?」

 シャーロットが問いかける。

「お、おう」

 いや、別にやらなくても良いんだけどさ。

 まあこの流れなら……やらざるをえないよな?

「じゃあ、また鍋の横を押さえるね」

 リタが新たな鍋を持ってきた。

「蓋を開けたら素早くお願いします」

 シャーロットがロープをほどき、

「はいっ!」

 と、そのままの流れで蓋を開けた。

 出遅れる俺。

 中から『カレーパン』が飛び出してきた。

 ビチビチとテーブルの上を暴れる。

「カイ、早く!」

 リタが大きな声をだした。

 俺は慌てて『カレーパン』をテーブルに押さえつけた。

「いててててて」

 『カレーパン』は表面がとげとげしていてチクチクと痛かった。

「大丈夫です。食べられにくいよう外皮をまとってはいますがケガするようなことは無いです。なのでそのまま水につけて下さい」

 シャーロットの落ち着いた声を聞くと確かにそんなに痛くないことに気づく。

 俺は両手で水桶に『カレーパン』をつけ周りのカレーを落とすとテーブルの上に置いた。

 ……ビチビチと動いているが確かに茶色い表面の『カレーパン』である。

 この揚げてあるような表面がチクチクするのか。

「カイさん、この辺かと思います」

 シャーロットは俺に串を渡しながらオヘソなる部分を指さした。

 確かになんとなく凹んでいる。

 俺はその中心に串を入れた。

 固く仰け反るような仕草を見せたかと思うと『カレーパン』は動かなくなり、逆立ってトゲトゲしていた外皮もしなだれた。

「上手、上手です」

 シャーロットが両手を叩いて喜んでくれた。

「まあまあかな。さ、もう一度水桶にいれるんだよ」

 リタに言われて仕留めた『カレーパン』を水桶に入れた。

 ……活きがいいだけに、なんかちょっと後味が悪い。けれど、どんなものもこうやって大事な命を食べさせてもらうんだよな。

「さて、あと一つか。ちゃっちゃっと仕上げて食おうぜ」

 俺は二人にできるだけ明るい声をかけ最後の鍋に取り掛かった。

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