(18/47)初めて見られるなんてラッキーなんだよ?
「ふぅ。終わった」
俺は仕留めた最後のパンを水桶に入れた。
額から汗が流れ落ちた。確かになかなかの重労働だ。言ってた通り朝食の準備としてはかなりきつそうだ。
「カイさん、これでコツはつかめたと思いますよ?」
シャーロットはそう言うと近づいてタオルで顔を拭いてくれた。
ふわっと良い匂いが拡がり鼻の奥をくすぐる。
「シャーロット。なんでそんなにくっつくのさ?きっとカイだって暑いんだよ?」
リタが本当に余計なことを言いやがる。ちょうど良い具合に豊穣なあれがみっちりくっついていたのに。
「あ、ごめんなさい。カイさん」
「いや、俺は別に大丈夫だけど」
俺には冷たい視線を送ってきていたリタが笑顔でシャーロットの腕を引っ張った。
「ほら『カレーパン』も良い頃合いなんだよ?洗って食べようよ」
「きっとそろそろ食べごろですね。綺麗な水で仕上げをしましょう」
シャーロットが新たな水桶を三つ持ってきてくれた。
「素早く、そして丁寧に表面を流した方が美味しいですよ」
「素早く丁寧になあ……」
俺は汲みたての水に『カレーパン』を入れ上下にじゃぶじゃぶと動かした。
「そうじゃなくてですね。水の中でこう指の腹でパンを軽くこすると良いですよ」
俺の作業を見たシャーロットがアドバイスをくれた。
「なるほど」
俺は言われた通り『カレーパン』を水の中でこすってみた。
あれ?
でもこすると周りの揚げてあるような衣みたいな部分が剥がれ落ちてくるんだけど……。そして白い表面が見えてきた。
「そうそう、そんな感じなんだよ」
俺の桶を覗き込んだリタも珍しく褒めてくれる。
「外皮は無いほうが美味しいからね」
「『カレーパン』なのに?」
「『カレーパン』だからじゃない。片面だけでなく全体的に流した方が良いよ」
腑に落ちないまま『カレーパン』を水の中でひっくり返して同じように表面を流す。
「今度は茶色い表面が出てきたぞ」
「ああそっちは表ね。さっきのは裏だから白かったんだよ」
……いまいちよくわからない。
「『カレーパン』は白いほうを下にして動くんだよ。太陽にあたってる表側が茶色いのは日焼けなのかもだよ?」
リタは本当かどうか怪しい説を言い出した。
そんな作業を続けていると、水中に剥がれた衣の量も多くなってくる。
「そろそろかな」
リタが『カレーパン』を水桶からとりだしタオルをあてた。
「カイさんも軽く叩いて水気を取ってください」
と、シャーロットはタオルをよこしてくれた。
俺も見様見真似で自分の『カレーパン』をぬぐう。
「カイは雑すぎ。『カレーパン』の表面に外皮がところどころに残っているんだよ?」
リタが俺にいちゃもんをつけてくる。
「そうか?でも、もうこれで良いよ。腹減ってきたし。別にこれも食えるんだろ?毒とかあるの?」
俺はまじまじと自分の『カレーパン』を見た。
茶色の表側に白っぽい裏側。
確かに外皮がところどころに残っているには残っているけど。
「毒はもちろん無いですし、確かに食べられはしますけど。良いんですか?カイさん?」
「大丈夫、大丈夫。さ、食おうぜ」
「良いんだよ?本人が気にしないっていうなら。さあ食べよう、シャーロット」
「カイさんが良いなら良いですけど……。じゃあ食べましょうか。いただきます」
「「いただきます」」
ぱくっ。
大きな一口でかぶりつく。しっとりとした表面はパンの豊かな旨味。追いかけてくるのはたっぷりとした甘み。って、え?甘み?
「!甘っ!」
びっくりした、びっくりした、びっくりした。
えっ?
なにこれ!
「甘いよ?これ、甘いよ!」
「え?当り前じゃない『カレーパン』なんだよ?」
リタが『カレーパン』を片手にきょとんとした表情を浮かべた。
「まてまてまて!これってパンの甘みじゃなくて、なんていうか、お菓子的な甘味だよな?」
俺は自分のかじった『カレーパン』を持ちあげまじまじと見てみた。
……ん?
中に何か黒いものが。
その部分だけをかじってみる。
これって。
「やっぱり取れたては餡も甘くて美味しいですね」
シャーロットはほっぺたに手をあてて至福の表情をしてる。
「ちょうど産卵前だったのかもね。餡子がたっぷりで美味しい」
リタも素直に嬉しそうだ。
でも……。
これ……、これは。
アンパンじゃん。
「な、なあ。これ美味しいんだけどひょっとして『アンパン』なのでは?」
俺は喜んで頬張っているリタに質問をした。
「何を言ってるんだよ?これは『カレーパン』なんだよ?」
「え?だってこれ『餡』が入っているじゃん!」
「もぐもぐ。ばかだねえ。『餡』なんて肉まんにだって入っているんだよ?」
「まあ、そう言われればそうかもなんだけど」
「カレーが好物でそれでおびき寄せて捕まえるから『カレーパン』。ね?『餡パン』なんて幅広く曖昧なものよりわかりやすいでしょ?」
俺は腑に落ちないまま甘い『カレーパン』をもう一度かじった。
「……『粒あん』なのか」
「あ、いいなあ。カイはメスだったんだ。こっちはオスだったから『こしあん』。ボクはどっちも好きだけど『粒あん』の方が食べたって気になるんだよね」
リタが頬に餡子をつけながら俺の『カレーパン』を覗き込む。
「『粒あん』もいいですけど『こしあん』も滑らかで美味しくて、わたしはどっちも好きです」
シャーロットは両手で『カレーパン』を持ちながら幸せそうな顔をした。
いや……どっちにしても『カレーパン』ではないような気がするけど。
まあ美味いから良いか。
そんな事を思いながらもうひかじり。
ジャリ。
なんか貝の中の砂を噛んだような、ピスタチオの殻を噛んだような歯ごたえが。
「やっぱりばかだねえ、カイは。ボクにもはっきり聞こえたよ。外皮もろに噛んだでしょ。ちゃんと流さないからだよー」
と、リタが俺を指さして笑った。
俺は口の中はじゃりじゃりとした不快な違和感でいっぱいになった。思わず顔を歪めてしまう。
「カイさん大丈夫ですか?でも一回乾くと外皮だけ流すのは難しいですから……」
シャーロットが心配そうに声をかけてくれた。
「くっくっく。まあ毒ではないし。だけど、取るなら厚めにちぎらないとなんだよ?」
リタはまだ笑っている。
「だ、大丈夫、大丈夫だぜ。何言ってるんだ。歯ごたえが変わっていて美味いよ」
俺はもちろんやせ我慢で外皮のついたところを頬張った。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリ。
口を動かすのと同じ回数分きれいにジャリジャリ音がした。
ううっ。
鱗を噛んでしまったときのような嫌な感じが口の中いっぱいに拡がる。
「はっはっはっ」
とうとうリタは腹を抱えて笑い出した。
「カイさん、無理しなくていいですから。今日も午後はアルバイトもあるんでしょう?」
やっぱりシャーロットは常に優しい。
「いや、あのバイトはお試しで入れてもらっただけだから今日はないんだ」
笑いすぎて涙目になっているリタがちゃちゃを入れる。
「お試し?お情けではなく?」
「うるせー!」
「まあでもアルバイトではなく依頼の仕事でも探したら良いんだよ?」
「確かになあ。じゃあ、後でまたギルドにいくかあ」
「それに本当にできないなら依頼のギブアップ届けもしないとなんだよ?」
「え?そんなケースもあるのか」
「もちろん再チャレンジしているなら依頼書をそのまま持っていても良いし。同時に何組かの冒険者が並行してする場合とかあるけど、本当に無理だったら諦めたと報告して返却しないと。じゃないと誰かが依頼をこなしてくれているって思われちゃうんだよ?」
「ああ、なるほど。無理目なものはきちんと諦めないと迷惑かける事になるか」
「そうそう。だから諦めも大事なんだよ?」
リタが俺を見ながら指についた餡子をなめ、
「でもボクは聞いたことがないんだよ?コトンボ退治ごときができないとか。そんな人を初めて見られるなんてラッキーなんだよ?」
と、意地悪く笑った。
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