(15/47)知ってる事は言わないし、知らない事だけを適当に言いまくってやる
「こほん」
こぶしを口にあてて丁寧な儀式のようにエアコが咳払いをした。
元通りの空気に変わる。
「それで、どうなのかしら?質問の本題は。まるで本のタイトルではなく、本当のお題は」
口調も芝居じみたものを取り戻していた。
「本当のお題?」
俺はチューリップに唇を取られたままだ。
「先ほど暴露してしまったので、個人的嗜好はわかっている。嫌というほど見え透けている」
くっ。
「そこから導き出される結論、『毛布の美少女誘拐事件』の真相を話しなさい。貴様の下卑たゲスい興味のためやった愚かしい罪は許されてはならないのだ」
エアコは俺の唇をチューリップに更に押し込んだ。
「むぐっ。って、知らんってば」
「嘘を言っても無駄よ。まるで駄作が無きがごとしよ。現にこのチューリップが、チューリップが……」
「無反応だろ?」
チューリップは白いまま。
何の反応もしていない。
「なるほど。いいわ。では質問を変えましょう」
そう言うとエアコは俺の下あごをなでた。
「ね?カイ、あなたは毛布を持った女の子を誘拐したわね?」
「してない」
「じゃあわかったわ。誘拐しようとはしたわよね」
「しようともしてない」
「なんなら誘拐業者に託したわね」
「託していない」
「誘拐が趣味なお友達に紹介したわね」
「そんな趣味があるやつなんて知らん」
一連の流れの間、チューリップはやはり何の反応もなく。
「くっ……。ならば本当に誘拐犯ではないと?」
「そう言ってるだろ」
「本当に、コトンボほども誘拐しようと思わなかったの?」
「思うかーっ!そろそろロープを解けってーの!」
「むぅ」
まず口からチューリップが外された。
そしてエアコは渋々と俺の背中に周りもぞもぞとロープをほどきだした。
腕が自由になり、背中と背もたれも離れるようになった。
エアコはロープを丸めながら、
「ではなぜお嬢様は帰ってこられないのかしら?」
と、小声で呟いた。
ん?
お嬢様?お嬢様ってどう言う事?
「お嬢様?」
「いや、その、何でもない」
「確かに『お嬢様』と言ってたぞ。あの失礼な毛布のコトンボっ
「コトンボ娘?」
エアコが目を大きくして俺を見た。
これは逆転のチャンスなのでは?
「なるほど、わかった。お前が情報を隠すなら俺にも考えがある」
「考え?」
「知ってる事は言わないし、知らない事だけを適当に言いまくってやる」
「何を訳のわからないことを」
二人の間に沈黙が訪れる。
やがてエアコがゆっくりと首を振った。
「負けたわ……。『コトンボ』はお嬢様の口癖なのだ」
と、諦めたような口調で認めた。
「よし。じゃあ俺もフェアにいこう。確かに口癖が悪い狂犬のような毛布娘ならギルドの近くで会ったぞ。しかし一方的になじられただけだ。それに誘拐するなら、素性を『お嬢様』と知ってるやつが怪しいだろ?」
「いや外では気づかないだろうな。町へ出られた時と、普段のお嬢様は全然違うから」
エアコは宙を見つめた。
「お屋敷にいらっしゃる時は、お淑やかで可愛らしく、それでいて凛とした静なる気品をまとっていて、その笑顔は誰もをとろけさせる上質なデコレーションで……。はぁ」
「へー」
「しかし、お一人で行動される時は、デズリー第二の貴族の血筋と気づかれないよう、それはそれは外見も性格も慎重に異なる人になるのです。そのツンとした振る舞いもお綺麗で……。はぁはぁ」
「へーえー」
「お屋敷のお嬢様も町でお一人のお嬢様も、どちらも素敵すぎるのです。はぁはぁはぁはぁ」
「へぇーえー」
俺は頬に赤味の増してきたエアコに適当に相槌をうつ。
ってか、その息づかいにひくわ……。
長いまつげをばっさーと動かし瞬きしたかと思うと両目を大きく開き、エアコは急に顔を近づけてきた。
「カイ、貴様はチィお嬢様に興味がないのか!」
「ないな」
「興味をもて、興味を!まるで味を興せ!」
「さっきは俺の興味が犯罪を起こす的なことまで言ってたよな?」
「むしろ最大の犯罪はチィお嬢様に興味がないことだ!意気地なしの庶民的変態め!」
エアコは歌うように両腕を広げると、
「むしろ何故誘拐をしないのだ?」
と、恍惚の表情で続けた。
うゎ。最悪だよこの女。
「……って言うか、お前が俺にしてる事こそ誘拐じゃん」
「ん?」
エアコの動きが止まった。
「気づいたら、知らない部屋にぐるぐるロープで巻かれているとか」
「ん?なに?そんな事があったのか?た、大変な目にあうやつもいるものだな」
エアコの目に落ち着きがなくなる。目が泳ぐとはこういうことをいうのだろう。
俺はその目を捕まえに強引に回り込む。
「大変な目にあったやつとは、お前の目の前にいた、ちょっと前までの俺だよ!」
「そんな事があったのか?いかんな。最近物忘れがひどくてな。はは。ははは」
今度はあきらかな作り笑いをして視線を外すように下を見だした。
逃がさん。
俺はしゃがみこんで見上げる格好で視線をとらえた。
「お前、警察だろ?無実の罪の人間をこんな事していいのか?」
エアコは何やら三つ編みを揺らしながら頭を振った。そして頷くと、
「かーまーわーん!」
と、強い視線で俺を見下した。
「へ?」
「かーまーわーん!構わんのだ!なぜなら、私は警察である前にお嬢様の使用人だからな」
と、明らかな開き直り宣言とともに顔を紅潮させ胸をはった。
「お嬢様のためなら多少の強引な行為でもせねばならぬのだ!それが何か問題でも?」
エアコがしゃがんでいる俺に更に顔を近づける。
鼻と鼻が当たりそうな息と息が交わるような距離だ。
圧が酷い。
俺は後ずさりをして立ち上がった。
エアコも上体を起こす。そして頭を抱えため息をついた。
「はぁ。しかし誘拐でないということは、お嬢様はまだ一人でどこかにいるということか……」
「うん、まあ、心配なのはわかるよ」
俺のその同意の言葉が終わりきらないうちに、
「にやり」
とエアコが言った。
「何『にやり』とか口で言ってるんだよ」
「そこでだ。心配がわかってくれるカイにお願いがあるのだ」
「ひたすら嫌な予感しかない。まるで嫌な感じが予めする」
俺は更に後ずさる。
「まあ不安がるな。良い話をしよう、授けよう」
エアコは片足を軸にターンをし俺との距離を詰めると、右手を差し出し声を張ってこう言った。
「さあ、さあ!カイよ!君にお小遣いをあげよう!まるで小間使いのように」
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