(14/47)まあ正論ね。まるで正しき論ね

 ……近い。

 すぐ目の前に女性の顔のアップ。

 婦警さんがいた。

 いや?婦警さん?なのか?

 警察的な帽子をかぶっているから婦警さんかと思ったけど、ちょっと違うかも?

 帽子の下は大きな瞳にふさぁっとしたちょっとケバめの長いまつ毛。長い髪は三つ編みツインデールにし結んだ根本には大きな赤い花をつけている。

 そして……刺繍が綺麗な真っ黒なボディスーツにブーツ。左胸元には金色のバッジ。右手には鞭を持っていた。

 女王様?

 俺はというといつの間にかに机を前に座らされ椅子にくくりつけられていた。身体にはロープがぐるぐると巻かれていて椅子の背もたれと一体化し、両腕はその背もたれの後ろ側で縛られている。

 俺の記憶では裏庭でカレーの仕込みをしていたはずなんだけど……。

「お目覚めかしら?まるで目が覚めたのかしら?」

 婦警の女王様が俺のアゴを持ち上げ妖艶に笑った。

「デズリーではあまり見ない顔だけど何てお名前なのかしら?」

「人の名を尋ねる時は自分から名乗ってくれよ」

「ふふ。まあ正論ね。まるで正しき論ね。良いわ。わたしの名はエアコ。ご覧の通り婦警よ」

 エアコはアゴから離した手で帽子を上げ芝居じみた動作で会釈した。胸元のバッジがキラリと光る。

 ご覧の通り?婦警さんで合ってたってこと?

 っていうか、デズリーの婦警さんの制服ってこんなにセクシーなの?

「で?貴方の名前は?」

「……カイ」

「そう、カイね。よろしく」

「で?ここはどこだ?俺に何の用事だ?」

「貴方のその目、良いわね。その前に言うことあるでしょう?」

 くっ。

 気づかれていたか。

「……素敵なお胸ですね」

 そう、俺の視線は谷間に釘付けだったのだ。

 こんなにあっさりバレてしまうとは。

「でしょ?ありがとう。素直な男は好きよ。ご褒美に」

 バチンッ!

 と、エアコは床にムチを叩きつけた。

「素敵な思いをさせてあげるわ」

「まてまてまてまて。俺は大丈夫。大丈夫です。そういうの無くても大丈夫なんです」

「そうかしら」

「そうです、そうです、そうなのです!そういう体験は大丈夫です。拝見させていただけるだけで十分ですから」

「ふふ。見てるだけじゃもったいないわよ。一度体験したら変わるかもよ?まるで体で実験したかのように」

「あ、えーと、その、そうなんですかね?でも、また、それは後日で、そう後日でお願いできますか?お金も持ってないので」

「そう?素質ありそうなのに。じゃあまた次のお楽しみしておこうかしら」

「はい。ぜひ次回以降で。っていうかずっと延期でお願いできればと」

「じゃあ今日の用事だけど」

 と言うと、エアコは何やら鉢植えを持ってきた。

「今日の用事は取り調べよ。まるで今の日の用がある事はね」

「取り調べって?俺が?何も悪いことしてないですよ?」

「それならそれでも良いの。今からそれを証明すればね。さあキスをするようにこの花に唇を入れなさい」

 エアコは机に置いた鉢を俺に近づけた。

「さあ、このチューリップに入れなさい。まるでチューするリップのように」

 と、舞台女優のように両腕を広げた。

 その植物を見ると、白い花が広めに咲いており二回りくらい大きいが、俺の知っているチューリップと変わりはないように見えた。

 なかなか納得しにくい話だ。なんでいきなり花びらに口をつっこまねばならないんだ?

 ゴンッ!

 エアコが机を俺に押し付けた。

 前かがみになったところへチューリップを近づけ、俺の唇を花の中に押し込んだ。

 きゅぅ。

 チューリップの花が少ししぼみ俺の口を吸う。

「ぅおいおいおい、ん何だこれ!」

 吸い口がきつくないため、もごもごするが何とか話はできた。

「さて、これから質問をさせてもらうわ」

 エアコは舌を出し唇をゆっくり濡らした。

「カイ。貴方は昨日、毛布を持った少女と会話しましたね。まるで会って話をしましたね?」

「毛布を持った女の子?ぁああ、あいつか。会話というよりは罵りを受けたという感じだったけど」

「……羨ましい」

「ぇえ?」

「いや、何でもないわ。そう、罵られたのね。で、あまりにも可愛かったから興味津々で誘拐しようとしたと」

「ぃいやいやいや、そんな事してないって」

「ふふ。嘘をついても無駄よ。現にこのチューリップが……このチューリップが……白いまま??」

「チューリップがどうした?」

「おかしいわね。チューリップが反応してない?ねえカイ、貴方女性の胸が好きね?」

「そんなもの興味はなっ……ってててて!痛い!」

 真っ赤になったチューリップが俺の口に噛みついた。

「ほら、ちゃんと真っ赤な嘘を食べたわ。チューリップはちゃんと元気なようね」

「もう一度訊くわ。ねえカイ、貴方女性の胸が好きね?」

「ぅ……好きでっっってててて!痛い!」

「おかしいわね?」

 エアコは細く長い人差し指をあごにあてて斜め上を見ると、

「チューリップのせいじゃないとしたら……。ねえ、カイ。貴方まだ嘘をついてるわね?う・そ・を」

 と、一言一言区切って強調し、

「カイ、貴方、胸も好きよね」

 と続け、鞭を床に叩きつけた。

「……胸も腰もお尻も好きです」

 花びらが閉じかけ赤味を帯びた。

「いやいやいや!胸も腰もお尻も大好きです!大大大好きです!」

 チューリップの吸引力が弱まり白い色に戻った。

 なんでこんなところで、いたいけな性癖ひみつを白状しなきゃならないのだ。

「それだけかしら?正直に言いなさい。まるで正しく素直のように。まだ言ってないことあるわよね?」

 エアコが俺を見る。

 チューリップが準備するかのようにゆっくりと閉じてくる。

 くっ……、こうなったからには!

 行けるところまで行ってやる!言ってやる!

 持ってくれよ俺!

「そう!俺は……胸も腰もお尻も、そして足首も太ももも!女性のどの部位も平等に愛せる男なのだ!それが俺、カイという男だ!」

 チューリップは微動だにしなかった。

「確かに正直にとは言ったけど……。その上格好いい感じで、それらしい事を言っているようだけど」

 エアコは体を引いて下目で俺を見ている。

「あまりにも節操なさすぎじゃない?」

 え?あれ?

 あの芝居がかったエアコも、こんな素で呆れた顔つきもするんだ……。

 まるで表に感情が出てしまったかのようなその表情。

 まるで心の底から心底呆れているかのようなその目つき。

 哀れむように無言で俺を見続けているエアコ。

 ……うわあ。

 ちょっと持たないかも、俺。

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