第39話 死んだ人より生きた人、ですわ

 カリアが目を覚ますと、知らない部屋のベッドに寝かされていた。


「お姉様、目が覚めたんですのね?」


「セリア……?」


 彼女の目の前には妹の心配する顔。


 あれ程憎いと憎悪を燃やした相手だったにもかかわらず、その顔を見て安心するカリア。


「大変でしたのよ? お姉様ったら悪魔の呪いで相当弱っておいででしたから。」


「助けてくれたの?」


 まさか妹が助けてくれるとは夢にも思っていなかった彼女は、予想だにしないこの状況を上手く呑み込めずにいる。


「当たり前じゃないですか! 私の大事なお姉様ですもの。いつだってお助けいたしますわ!」


「マサーレオは!?」


「マサーレオさんなら別室にてお休みですわ。全身ズタズタに引き裂かれ、命が危うい状況でしたのよ?」


「生きてるの……?」


「はい。友人の聖女が助けてくれましたから。」


「キャロルでーす。聖女やってます。」


 明るく自己紹介する聖女。


「そう……。ありがとうね。まさかセリアに助けられるとは思わなかったわ。」


 しみじみと礼を口にする彼女は言葉を続ける。


「悪魔ってどういう事なの?」


「ベリオーテ公爵家には悪魔が封印されていたのですわ。その悪魔が封印を破ってしまい、私達が対処しているタイミングでお姉様が……」


「丁度私が来てしまった、というワケね。」


「はい。」


「ベリオーテ家には幸い悪魔への対抗策がいくつか残されていまして、何とか撃退する事が出来ましたわ。お姉様とマサーレオさんも聖女のキャロルが居たお蔭で大事には至りませんでしたの。」


 ここでようやく状況を整理できたカリア。


「そう……ごめんね。私、あなたをやっつけてやろうと思っていたのに、そんな私を助けてくれるなんて。」


 始末しようとした妹に助けられた彼女は都合悪そうに謝っている。


「家族じゃありませんか。それに、お姉様だってそんな事を言いつつきっと本気ではなかったはずですわ。」


「私は……いえ、何でもないわ。ありがとうね。」


「……。」


 あっ……これ本気のやつだ、とキャロルは思った。


「ところで、お姉様はどうやって私を倒そうと思ったんですの? 何も準備しているようには見えませんけど……。」


「実はね……古代遺跡で見つけた魔道具があるのよ。」


 スッとおしゃれなチョーカーを取り出すカリア。


「これを相手に装着すると、付けた人のいう事を何でも聞くようになるの。しかも、付けた人じゃないと外せないらしいわ。」


「それは凄いですわね。少し見せて頂いても?」


「えぇ。」


 セリアは魔道具を受け取ると、物珍しそうに色んな角度から観察している。


「実際に使った人の話だと、感情まで制御する事が出来るらしいのよ。心の底から笑えと言えば、本当にそうなるんだって。」


「成る程。興味深いですわね。」


 そう言ってセリアは、ごく自然な動作で姉の首に魔道具を装着する。


「え?」

「この魔道具が装着された事を不自然に思ってはいけませんわ。」


「わかったわ。」


 カリアは今の状況を全くおかしいとは感じていない様子で、当然のように返事をした。


「え? え?」


 キャロルはあまりの出来事に困惑している。


「凄いですわ。確かにお姉様の説明通りですのね。」


「当たり前よ。これで嘘だったら、何の為に持ってきたか分からないじゃない。」


 当然だが、カリアの首に付ける為でもない。


「セリア?」


「どうかしましたか?」


「お姉さんに付けちゃって良いの?」


「これで、問題は解決したでしょう?」


「いやぁ、確かにそうだけど……。」


「なら良いじゃありませんか。」


「でも、必要なかったよね? 仲直り? 出来てたじゃん。」


「保険ですわ。」


「どうしたの? この魔道具、似合わないかしら?」


 2人のやり取りに疑問を口にするカリア。


 彼女は魔道具を付けられた事に違和感を抱いていないようだ。


「えっと、そういう問題じゃないんだけど……。似合ってると思う。」


「それなら良かったわ。」


 カリアは機嫌良く笑う。


「お姉様。ちょっと心の底から笑ってみて下さい。」


「あーはっはっはっ! あーーはっはっはっはっはっ!」


 心底面白いと思っているのか、大声で唐突に笑いだすカリア。


「やっぱり本物ですわね。どういう原理なのかしら……催眠術? それとも契約魔法の亜種……」

「あーはっはっはっ! ひーーひっひっひっひっひっ!」


「うるさいですわよ。黙っていて下さい。」


「……。」


 あれだけ楽しそうに大笑いしていたカリアが、今は真面目な顔でスンと黙っている。


 キャロルは絶句した。


 笑えって言ったの自分じゃん……。聖女の顔にはそう書いてあった。


「魔法の類なら、鑑定士に依頼してみないと詳細は分かりませんわね。それとも呪いかしら?」


 セリアは悪い事をしているとは思っていないのか、真剣な表情で考えている。


「あのさ。執事さんに会わせてあげたら?」


「そうですわね。あんなに助けようと頑張っていたんですもの。」


 きっと自分達には分からない絆があるのだろう。そう思ってセリアは姉に声を掛けた。


「お姉様? マサーレオさんにお会いしませんか?」


「……。」


「お姉様?」


 カリアは真面目な表情のまま沈黙を貫いている。


「返事くらいして下さいな。」


「うん? 勿論会うわ。もう起きてるの?」


「えぇ。キャロルの回復魔法で見事に元気になっていますわ。」


 キャロルは2人のやり取りを見ながら、お化け屋敷とは違った怖さを感じていた。

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