第38話 お姉様死す!? ですわ
大貴族の屋敷であるならこのくらいの広さはあっても不思議ではない。そんな廊下が、今のカリアにはどこまでも続いているかのように感じられる。
恐怖で上手く体が動かない彼女は、それでもこの屋敷には居たくないのだと懸命に立ち上がる。
(帰るのよ……。私は帰らなきゃ……。頭が、痛い……。)
徐々に増していく頭痛を堪え、来た道をそのまま戻るカリア。
『もう帰るの?』
『くすくす。』
『執事さん死んじゃったね。』
『あなたも死んじゃうの?』
背後から声が聞こえた彼女はバッと振り向く。
そこには死者……かつて生者だったものが複数、宙を舞っていた。
「あっ……」
あまりの恐怖に悲鳴すら出ない彼女は全力で走りだす。
『どこへ行くの?』
『どうせ出られない。』
後ろから聞こえてくる声達を頭から追いやり、兎に角エントランスを目指す。
(どうして? 私が何をしたというの……? 痛い……。)
カリアの心臓はバクバクと鼓動を打ち鳴らし、いかに全力で走っているのかを物語る。
今にも背後から誰かが自分を捕まえてしまうのではないかと、先程の出来事を思い返すだけで、より一層の恐怖に晒される。頭痛の酷さも増していく一方だ。
走っている彼女は、遠目で前方から歩いてくる3人の人物を目にした。
(人間……人間だわ!)
人の姿を確認し、安心した彼女は更に近づいて声を掛けようとするが……
(さっきの、私……達?)
前方から歩いてくる人物は、自分、マサーレオ、使用人、の3人だった。
これから何が起こるとも知らず、呑気に鏡の前で色々なポーズを試している自分。
自身に長く仕えてくれた執事マサーレオが、鏡の不自然さに驚いた自分に手を差し伸べている場面。
ただ、それをじっと待っている不気味な使用人。
紛れもなく過去の自分達だと気付いてしまった。
(行かないで……行っちゃダメ……。)
これ以上進むのをやめさせる為に執事を掴もうとするが、体をすり抜けるだけで進んでいく自分達を止められない。
「ダメ……!」
カリアが必死に止めようと足掻くのも虚しく、3人は惨劇の舞台へと向かって行く。
執事と自分には恋愛感情などないが、長年接するうちに芽生えた主従の絆がある。そう思っている彼女は、なんとしても止めようと後を追う。
正に過去の焼き直しを見ているようで、どれだけ掴もうとしても、どれだけ声を掛けても進んでいく自分達は決して止まる事なく……とうとうあの扉の前に辿り着いてしまった。
……こちらで御座います。
あんた、先に入りなさいよ。
しかし……。
執事を先に行かせようとする自分。今思えばなんという事をしてしまったのかと後悔するカリア。
「ダメ! 行かせてはダメよ!」
良いから。
では……
そう言ってマサーレオが先に扉を開け、部屋の中へと進んで行くのを必死に止めようとする。
「待って!」
カリアの伸ばした手は、無情にも執事の体をすり抜けた。
「何で! どうして!?」
どうやっても止める事の出来ない彼女は、悲鳴をあげるような声で必死に執事を掴もうと足掻く。
ど、どう? 変な奴とか居ない?
バタンッ!!
と大きな音を立て、再び扉が閉ざされた。
(いや……いや……。)
ひぃっっ!
驚き悲鳴をあげる自分を見て悟ってしまった。
きっと助けられない。
過去は変えられない。
扉の向こうからはマサーレオの声が聞こえてくる。
(あぁ……やっぱりダメ、なのね……。)
何だこれは! お嬢様! 大丈夫ですか!? お嬢様!?
ドンドン! と扉を叩く執事。
しかし……
な、やめろ! ぎひぃぃぃぃ!!!
や、やめ……
グシャっという音を最後に、マサーレオの声が聞こえなくなった。
マサーレオ……?
……冗談よね? マサーレオ?
嘘よ……。
(また……助けられなかった。)
カリアはその場に呆然と立ち尽くし、泣いている自分を見続ける事しか出来なかった。
そして今……自分1人だけが廊下に立っている。
先程までの自分は走って行ってしまい、もう居ない。
(きっと彼女は私同様、何度も助けようとしては助けられない絶望を味わうんだわ……。)
扉はいつの間にか開いていた。それはまるで、人間を誘い込む魔物のようで……
「もしかしたら、マサーレオが驚かそうと一芝居うった……のかもしれないわ。」
(頭が、痛い……。)
そんな事は無いだろうと分かっていながら、自分を勇気づける為に独り言を口にする。
「そうよ。こんな……こんな事あるワケが……」
カリアは現実逃避に走り、扉の奥を覗いた。部屋の中は暗く何も見えない。
(頭が……割れそう……。)
すると……
ガシッと彼女の手を掴む人間の手。
突然の事に気が動転してしまい、全く反応出来ずにいるカリアは勢いよく部屋の中に引きずり込まれ、何も見えない暗闇の中に投げ出される。
扉はバタンッと強く閉められ、扉の向こうから漏れる僅かな光源さえも失われた。
(怖い……。頭が……痛い……。)
彼女は静寂に包まれた暗闇の中、恐怖でその場に蹲る事しか出来ない。
(あ…た……まが……。このまま……じゃ……)
あまりの激痛に、彼女はその場で気を失ってしまう。
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