第40話 舞台裏ですわ 

 時は少し遡る。


セリア視点 モニタールームにて


「お姉様がいらしたわね。それにしても、昔からの執事マサーレオさんと2人だけ? 私を倒すと息巻いていたにしては……何かしらの隠し玉があるという事でしょうか。」


 ベリオーテ公爵邸の門をくぐり、正面から堂々と入って来る2人。


 仕掛け人の使用人が案内を買って出る。


「凄いじゃないか。まるで本当にそこに居るみたいだ。」


「えぇ。そうでなければ案内人は務まりませんもの。」


 そしてとうとう、セリアの姉と執事は邸内に入る。


「見てるだけで怖くなってきた。」


 キャロルは何が起こるか分かっているが、それでも体を震えさせる。




 ……やけに暗いわね。

 ……お嬢様。少し様子がおかしいように思います。私の後ろへ。


「流石マサーレオさん。完璧な執事っぷりですわ。」


「いつでも庇えるように警戒してるね。」


 案内人に誘導される2人は無言で廊下を進んで行く。


 ね、ねぇ……。この屋敷はどうして廊下が鏡なの?

 ……それはお客様のような美しい方を歓迎する為でございます。しっかり磨き上げていますので、どうぞお近くでご覧になってみて下さい。


「お姉様ったら褒められて嬉しそうですわ。」


「少しだけ元気になったみたいだね。」


 調子を取り戻したカリアは鏡へと近づき色々なポーズを試している。


 確かに、綺麗な鏡ね。


「今ですわ。」


 セリアが魔道具を遠隔操作すると……


 え?


 鏡とカリアが違う動きをしている事に気付きかけたようだ。


「気のせいだと思ったのかな?」


「今のは小手調べみたいなものですわ。気のせいと思うならそれで構いません。それに……そろそろ“ストレス与えちゃうぞ”が効果を発揮してくるはずですわ。」


 画面越しに見える彼女は、頭痛のせいか無意識のうちに頭に手をやっている。


「ここでもう一回ですわ。」


 セリアの魔道具操作により、彼女の目の前には頭を手で抑えていない状態の笑顔のカリアが映し出される。


 ひっっ! っと咄嗟に悲鳴をあげてしゃがみ込む彼女。


「気付きましたわ。」


「これは怖いだろうな。」


 お嬢様!?

 今、鏡が……


「ここで元に戻しますわ。」


 鏡が、どうされましたか?

 鏡に何かいる……。

 鏡には我々しか映っていませんよ。

 でも……。


 カリアは恐る恐る鏡を確認しているが、変わった様子はない。


 お嬢様、お手をどうぞ。

 あ、ありがとう……。


「お姉さんと執事さん、何か怪しくない?」


「一応健全な関係ですわ。変なプレイはしているみたいですが、特に肉体関係は無いようですし……。」


 ちょっと、体調がすぐれないからあなたの手をしばらく貸しなさい。


「余程怖いのでしょうね。普段なら絶対あんな事は言いませんわ。」


「怖いに決まってるでしょ。私だったらとっくに泣きわめいてるよ。」


 彼女は素直に怖いと伝える事が出来ず、自らの執事の手を取ったまま使用人の後ろをついて行く。


 ……こちらで御座います。

 あんた、先に入りなさいよ。

 しかし……。


「マナー違反ですわ。これは計画変更ですわね。」


 姉と執事が押し問答しているうちに、その部屋に潜伏する使用人達に魔道具で指示を出すセリア。


「先に執事さんが入って行くようなので、捕らえてネタバラシして下さい。演出の為に捕獲後は扉を閉めて、執事さんに協力してもらいなさい。演出方法はお任せしますわ。」


 良いから。

 では……


 そう言ってマサーレオが先に扉を開け、部屋の中へと進んで行く。


 ど、どう? 変な奴とか居ない?


 隠れていた使用人達が部屋に入って来た執事を捕らえる。


「これはセリア様の悪戯だ。悪いようにはしないから協力してくれ。」


 執事はすぐに状況を察し、とても良い笑顔で頷いた。


 使用人が強く扉を閉め、施錠する。


 扉の向こうからは ひぃっっ! と悲鳴が聞こえ、それがまた協力に同意した彼のやる気を盛り上げる。


 執事は楽しそうに……


 何だこれは! お嬢様! 大丈夫ですか!? お嬢様!?


 ドンドン! 


 と迫真の演技で扉を叩いている。


「この執事……やけに楽しそうなんだが?」


「彼はお姉様のワガママで、いつでもストレスを抱えているのですわ。」



 な、やめろ! ぎひぃぃぃぃ!!!


 執事のマサーレオは今が人生で一番輝いている瞬間と言わんばかりの顔で悲鳴をあげ、ぐしゅぐしゅと肉をすり潰すような音を口から出している。


「あんな音、どうやって出してるんだろ……?」


「マサーレオさんは多芸なのですわ。」


 や、やめ……


 使用人達があらかじめ用意しておいたスイカをグシャっと叩き潰す。


 カリアは恐らく、執事が潰された音と勘違いした事だろう。



 マサーレオ……?


 ……冗談よね? マサーレオ?



 ここで1人の使用人が、水に溶かした赤い絵の具を扉の前でぶちまける。


 扉の下の隙間からは、赤い液体が向こう側に流れていく。



 嘘よ……。


 カリアは口を手で覆い、いやいやと首を振る。


 ……お客様もどうぞお入り下さい。

 いやよ、いや……。


 ……そうですか、では私はこれで。



「これで、案内人の出番は終わりですわ。」


 セリアが魔道具を操作すると案内人はその場からスウッと消える。


 静寂が支配する広い廊下で、カリアは一人取り残されてしまった。


 その場にしゃがみ込んだまま、彼女はすすり泣いている。


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