第36話 お姉様ですわ
ベリオーテ公爵邸は三階建ての大きな屋敷だ。
一度は没落しかけたとは言え、イリジウム王国内でも屈指の財力を誇る家柄である。
当然、それに見合った屋敷に住んでいるであろう事は誰にでも想像がつく。
公爵邸へと帰り着いた2人を待つのは、大勢のいかつい男達。
「どちらさま?」
キャロルは男達を見て疑問を口にする。
「私が依頼を出した人達ですわ。」
セリアは魔道具工房へ向かう前に工務店への依頼を出しており、そこから派遣されてきた職人達なのだと説明する。
「お化け屋敷のお話を致しましたが、その準備を行うのですわ。」
へぇーと軽い返事をしているキャロルだが、お化け屋敷というものが怖い物……くらいの認識でしかない為いまいち実感が湧いておらず、自分の住む所がお化け屋敷になるという事実がどれ程恐ろしい事なのか分かっていないのだ。
実態を知れば、間違いなく泣きわめく事だろう。
セリアは次々と指示をだしながら模様替えを敢行。大勢の人手を雇っていた為、翌日には二階までをお化け屋敷に模様替えしてしまった。
そしてここからが本番と言わんばかりに、魔道具工房から持ち出したセリア自慢の作品を設置していく事で、邸内は世にも恐ろしいお化け屋敷へと変貌を遂げる。
「歓迎の準備が整いましたわ。ギリギリで間に合いましたわね。」
先程セリアの姉、カリアがベリオーテ家へ向かっていると先触れが来ていたのだ。
「お姉様が予想以上に早いタイミングで行動を起こした為、試験なしのぶっつけ本番になってしまいましたが……。」
現在ケイス、セリア、キャロルと一部の使用人達は三階のモニタールームに待機していた。
映像記録の魔道具を遠隔から再生する魔道具“モニター”というものをセリアは既に開発しており、この部屋には各セクション毎に対応した映像を常時複数のモニターで監視できる態勢が構築されている。
「ねぇ、怖くて二階に降りられないんだけど。」
キャロルはぷるぷると震えている。
「もしかして外に用事がありましたの?」
「無いけどさ……。」
「ちゃんとスタッフ用の通路は用意してありますわ。安心して下さいな。」
キャロルが震えているのには当然ワケがある。セリアの魔道具を設置してある為、二階までは辺りを漂う霊が普通に見えるのだ。
なんなら話しかけてさえくる。
「そろそろいらっしゃる頃合いですわ。」
セリアの楽しそうな声が室内に響き渡った……。
「今日こそは忌々しいクソ妹を始末してやるわ!」
あーはっはっはっ……と大笑いしながら馬車に乗る美女は、セリアの姉であるカリア。
彼女は今までの恨みを晴らさんと、ベリオーテ家へ向かっているのだ。
「お嬢様、言葉遣いが悪いです。お父上もお嘆きになってしまいますよ?」
「うるさいわね! マサーレオ、あんた執事の癖に生意気よ。私程の美女に仕えているんだから、黙ってイエスマンになりなさいよ!」
「執事ですので、お諫めする事も仕事でございます。」
ワガママ娘のカリアに仕えるのは大変な事である。また始まった……と執事のマサーレオがカリアの話を聞き流すのも致し方ない事だ。
「大体ね。あんたって私好みの美形なのに、なんでそう口うるさいのよ? やっぱり男は顔と従順さが大事よね。あんたは失格よ! クソ妹を始末したらクビにしてやるんだから!」
クビを予告される執事はいつものように対応する。
「おい。俺をクビにしたらただじゃおかねえぞ。良いから俺をお前に仕えさせろよ。」
ドンと背もたれに左手をつき、カリアの顎をクイっと右手で持ち上げる執事。
いわゆる壁ドン顎クイであった。
「あっ……マサーレオ様……。」
カリアは顔をポッと赤らめ、うっとりと執事を見上げる。
「ご、ごめんなさい。あなたにはもっと仕えてもらわないといけないわね……。」
「ったくよ。お前は俺がいなきゃダメだろ?」
「はい……。」
カリアは俺様系イケメンが大好きであった。仕える執事はマサーレオ一人しかおらず、カリアのワガママをこうして諫める事が出来るのも彼一人しかいない。
ある時、マサーレオはカリアの傍若無人っぷりにブチギレてしまい、うっかり壁ドンしてしまった事がある。その際にカリアが顔を赤らめ大人しくなった事で、こうすれば良いのだと学習したのだ。
それからというもの……周囲に人が居ない場合に限り、ワガママなカリアを壁ドンで黙らせている。
ここで断っておくと、2人の間に肉体関係や恋愛感情はない。カリアには長年婚約者として付き合ってきた現在の夫がいる。
カリアはプレイとして、マサーレオは黙らせる為の手段として、それぞれの思惑が合致した結果の壁ドン顎クイなのだ。決して不健全な関係ではない。
壁ドンプレイが不健全だと言われてしまえばそこまでだが……。
2人が健全?な遊びをしているうちにベリオーテ公爵邸に着いたようで、マサーレオが門番に挨拶をして正面から堂々と入っていく。
「……ここからは、私が案内を務めさせて頂きます……。」
やけに青白く、顔色の悪いベリオーテ家の使用人と思われる人物が2人へ声を掛ける。
「お願いね。」
「宜しくお願い致します。」
「……はい。」
使用人が案内を務め後ろから着いて行く2人は、正門からエントランスまでは徒歩という貴族邸宅にしては珍しい作りであるベリオーテ家の庭を終始無言で進んで行く。
(妙に静かな使用人ね……。心なしか雰囲気も暗いし。顔色も大分悪くない?)
「……中へご案内致します。」
使用人がエントランスの扉に手を掛けると、ギィィ゛ッと古い扉を開けたかのような不気味な音を立てた…………。
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