第37話 お前んち、おっ化けやーしきぃ……ですわ

「……やけに暗いわね。」


 カリアの呟き通り、邸内は昼間とは思えない程に薄暗い。


(しかも、なんか寒くない?)


「……お嬢様。少し様子がおかしいように思います。私の後ろへ。」


 マサーレオはいつでも自らの主を庇えるように警戒する。先程まで倒錯的なプレイをしていたとは思えない見事な執事っぷりであった。


「さぁ……ご案内致します。どこまでも……。」


 2人は拭えない違和感を感じつつも使用人の案内に従う。無言で進む廊下は履き物の音が異様に響き渡り、不気味な様子を演出している。


 どこまでも続くかの様な廊下の壁は、まるで鏡のようであった。それがまた気味の悪さに拍車をかけている。


「ね、ねぇ……。この屋敷はどうして廊下が鏡なの?」


 無言の気まずさと不気味さを覆い隠すようにカリアは尋ねた。


「……それはお客様のような美しい方を歓迎する為でございます。しっかり磨き上げていますので、どうぞお近くでご覧になってみて下さい。」


 褒められて悪い気はしない。彼女は少しだけいつもの調子を取り戻したように、鏡へと近づく。


「確かに、綺麗な鏡ね。」


 せっかくだからと、色々なポーズを試してみるカリア。しかし……


「え?」


 一瞬だけ……そう、一瞬だけ鏡の向こう側にいる人物が違う動きをしたように見えたのだ。


(気の……せい? そうよ、気のせいよね。)


 彼女は少しだけ動揺したが、目の前にある鏡に変わった様子はない。鏡の中の人物が自分と同じ動作をしている事を確認し、やはり気のせいであったと安堵する。


(少し……頭が痛いわね。今日は雨じゃないのに。)


 カリアは時々起こる頭痛に悩まされている。痛みを覚えるのは決まって雨の日だ。


(こういう日もあるわよね。)


 一人で勝手に納得した彼女は無意識のうちに頭に手をやり、見てしまった。



 鏡の向こうの自分は頭に手を触れてなどいない。


 今の自分は笑顔など浮かべてはいない。



「ひっっ!」



 まるで、気付いてはいけない事に気付いたような気がした彼女は、咄嗟に悲鳴をあげてしゃがみ込む。


「お嬢様!?」


 マサーレオがすぐに声を掛ける。


「今、鏡が……」


 そう言って鏡を指さすカリアにつられ、マサーレオの視線が鏡へと向かう。


「鏡が、どうされましたか?」


「鏡に何かいる……。」


「鏡には我々しか映っていませんよ。」


「でも……。」


 カリアは恐る恐る鏡を確認するも、確かに普通の鏡と同様こちらと同じ動きをする2人が映るだけであった。


(気のせいだった……? でも確かに見たはずよ。)


「お嬢様、お手をどうぞ。」


 マサーレオの手を取り立ち上がる彼女。少しだけ脚が震えている事に自身ですら気付いていなかった。


「あ、ありがとう……。」


 普段の彼女であれば、もっと早く手を差し伸べろと怒ったであろう。しかし、そんな悪態をつく余裕が今の彼女には無かった。


「ちょっと、体調がすぐれないからあなたの手をしばらく貸しなさい。」


 カリアは素直に怖いと伝える事が出来ず、自らの執事の手を取ったまま使用人の後ろをついて行く。


 どこまでも続くかのような鏡は2人を映すだけで、特に変わった様子はない。


「……こちらで御座います。」


「あんた、先に入りなさいよ。」


「しかし……。」


 カリアは恐怖のせいで、執事を先に行かせようとする。


「良いから。」


「では……」


 そう言ってマサーレオが先に扉を開け、部屋の中へと進んで行く。


 この国では身分が高い者から入室するというマナーがある。今回のカリアはマナー違反である為、マサーレオが先に行くことを躊躇していたのだ。


「ど、どう? 変な奴とか居ない?」


 カリアが部屋の中に入った執事に対し、質問したその時……



 バタンッ!!




 と大きな音を立て、独りでに扉が閉ざされた。


「ひぃっっ!」


 突然の事に驚き、その場から後ずさる彼女は小さな悲鳴をあげる。


 扉の向こうからはマサーレオの声が聞こえてくる。



「何だこれは! お嬢様! 大丈夫ですか!? お嬢様!?」



 ドンドン! と扉を叩く執事。


 しかし……



「な、やめろ! ぎひぃぃぃぃ!!!」


 強烈な悲鳴をBGMに彼女はその場にしゃがみ込んでいると、肉をすり潰すような音まで耳に響いてきた。


「や、やめ……」


 グシャっという音を最後に、マサーレオの声が聞こえなくなる。



「マサーレオ……?」



 辺りは静寂に包まれ、カリアの声だけが廊下に響く。



「……冗談よね? マサーレオ?」


 震えた声で自らの執事に声を掛ける彼女。


 扉の下の隙間からは、赤い液体が流れて来た。



「嘘よ……。」



 彼女は口を手で覆い、いやいやと首を振る。


「……お客様もどうぞお入り下さい。」


 不気味な沈黙を保っていた使用人が声を掛ける。


「いやよ、いや……。」


 ただ無機質な目がカリアを射抜く。


 そして彼女は、気付かなくても良い事にこのタイミングで気付いてしまった。


(使用人が鏡に映ってない……)


「……そうですか、では私はこれで。」


 使用人はそう言い残し、その場からスウッと消える。まるで最初から存在しなかったかのように……。


 静寂が支配する広い廊下で、彼女は一人取り残されてしまった。


 頼みの執事はもういない。


 その場にしゃがみ込んだまま、彼女はすすり泣く。

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