第12話 義両親ですわ
引退したケイスの父、先代公爵は……ベリオーテ家とは別名義の自身が持つ別邸で心穏やかに暮らしている。
連れ合いとわずかな使用人さえいれば良いのだ。と身勝手な事を考え、一人息子に公爵家を継がせて莫大な借金から逃れていた。
「あんな借金など返せるわけが無いだろう。まったく……商人どもは何を考えているんだ。」
美しい湖の見えるバルコニーで、ワインを片手に愚痴る先代公爵。
彼は自身の行いを反省しておらず、借金を作る原因になった魔道具事業の失敗も商人達のせいだと思い込んでいた。
無能な先代公爵は誰からのアドバイスも受け入れず、魔道具の開発にはそれ程予算を付けずに店の外観や内装にばかり力を入れるという信じられない経営方針を打ち出す。
そして公爵家の資金を使い込み、莫大な借金をして何百店舗もの魔道具店を各地へオープンさせたのだ。
「そもそも、ちゃんと売らないあいつらが悪いのではないか。あんなにも立派な店を用意してやったというのに……。」
「あら。またそのお話ですか?」
そう言って先代公爵に話しかけるのはケイスの母、先代公爵夫人である。
「ん? おお、すまんな。無能な商人のせいで、我が息子が苦労していると思うとどうしてもな。」
「私達の息子なんですから、きっとなんとかしてくれますよ。」
2人は夫婦揃って自分勝手且つ他人任せな考えの持ち主であった。
そこへ一人の使用人が姿を見せる。
「ご主人様。お手紙が届きました。」
「おお、そうか。どれどれ?」
お義父様、お義母様へ
これまでベリオーテ家を盛り立てて頂きありがとうございました。
公爵家では借金の返済も順調です。ケイス様と二人三脚で頑張っていますので、どうかご心配なさらないで下さい。
現在、新たに我が家とお付き合いして下さっているベリア伯爵から、是非にとの事で美味しいお魚を送って頂けるそうです。
夫婦揃って新鮮な海の幸をご賞味頂ければ幸いです。今年は活きが良いそうなので、お二方の益々お元気になった姿を見せて頂きたく思います。
この手紙が着く頃にはきっと届いている事でしょう。
セリア=ベリオーテ
「気の利いた娘を嫁に貰えて、我が息子は幸せ者だな。」
「本当にそうですね。そろそろ届くのかしら?」
そう言って別邸のバルコニーから街道を眺めていると……
「もしかしてあれかしら?」
夫人が指し示した方からは、ざっと見積もっても百台以上の馬車が整列し走ってきている。
「あれはどこかの商隊だろう。いくらなんでも多すぎるじゃないか。」
「そうよね。」
2人は穏やかに笑い合っていたが、大量の馬車は邸宅へどんどん迫って来ている。
「こちらに向かって来ていませんか?」
「偶々ここを通り過ぎるんだろう。」
既に旗が目視できる距離にまで近づいている。
「伯爵家の旗みたいですよ? ベリア伯爵かもしれませんね。」
この国では、爵位が識別できるよう旗に工夫が凝らさせているのだ。
「もしかしたら、他にも土産があるのかもしれん。ベリア伯爵にとって、ベリオーテ公爵は余程敬われているという事だろうな。」
「アナタったら流石ですね。私は気付きませんでした。」
「そのくらいでなくては公爵は務まらんさ。」
そんな事を2人が話していると……
邸宅前に辿り着いた馬車の荷台からは次々と大きな包みが運び出され、そのあまりの量故に建物の中に入りきらなかった分は兵士達が邸宅を囲むように包みを置いていく。
「凄い量ですね。」
「うむ。少し楽しみになってきたな。」
兵士達がテキパキと包みを配置し終えると、そこへ一人のローブを纏った魔法士と思わしき者が出てきて杖を構え何かをしている。
「何をしているのかしら?」
「うーん……。恐らく魔法士なのだろうが、何をしているかまでは分からんな。」
魔法士が杖を下げると包みが一斉に崩れ……そこからは大量の魚が溢れ出してきた。
「「は?」」
ドザーっと音を立て、鯖が建物の内と外に溢れ返っている。
2人はこの出来事をきっと……生涯忘れる事はないだろう。
あり得ない光景に思考が固まってしまっていたが、バルコニーにその臭いが漂ってくることで、嫌でも現実に引き戻される。
「う……。」
「魚臭い……。」
2人は手で口を押さえる。
「こらーっ! 貴様ら何て事をするんだー!!」
先代公爵はあまりの出来事に怒り、兵士達に怒鳴り散らす。
「すみませーん! ベリア伯爵からのお届け物でーす! 確かにお届けしましたので、我々は引き上げまーす!」
一人の兵士が大声で叫ぶ。
「待たんかー!!」
両手を振り上げ、怒りをあらわにする先代公爵だが……
兵士達は違う解釈をした。
「先代公爵は鯖が好きだって言ってたもんな。」
「ああ、見ろよ。両手を振って喜んでるぞ。」
「これでベリア伯爵領の鯖事件は決着だな。」
「しかし変わってるよな。鯖まみれになりたいだなんて……。」
「おい、先代公爵が何か言ってるぞ?」
「ちょっと距離があって聞こえないが、多分礼を言ってるんだろ。あんなに手を振ってるんだし。」
「だな。俺達も来た甲斐があったぜ。」
そう言って、兵士達と大量の馬車は去って行った……。
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