第11話 ドッキリですわ

 ケイスはもう本当にどうしていいか分からなかった。


 彼は現在セリアを愛している。ではマリアージュの事なんてどうでも良いのか?


 それは否である。マリアージュの事だって、未練に思う気持ちがないわけではない。


 それならキャロルはどうか?


 勿論大切な友人であり、決して雑に扱って良いとは思っていない。


 シアは?


 シアだって、自ら望んでベリオーテ家に仕えに来てくれた、ケイスにとっては妹みたいな存在だ。


 ケイスは今、彼の人生において最も重大な危機を迎えていた。




「旦那様? いつの間にそんな……」


 セリアが涙を零し、まるで裏切られたと言わんばかりの表情でケイスを見る。


「待ってくれ! 違うんだ……。」


 必死で弁解しようとする彼は、どう言えば良いのか分からない。何故こうなってしまったのかも良く分からないのだ。


「違わないではありませんか。そんなに女性を侍らせておいて……。」


 セリアの流す涙がダメージとなってケイスの胸を抉る。


「自分でも何故こうなっているのかは分からない……しかし俺は、セリアを愛しているんだ!」


 ケイスがこの場にいる全員の前で愛の告白をした途端……


「なーんちゃって! ですわ。」


 明るい笑顔で楽しそうに言って見せるセリア。


「え?」


「ケイス様ったら引っ掛かりましたね。」

「ご主人様。申し訳ございません。」

「ケイスってば見事に騙されたね。」


 次々とネタばらしをする女性陣。


 ケイスは先程とは違った意味で、何がなにやら分からない。


「えっと……?」


「旦那様。みーんな演技ですわ。全員で悪戯しましたの。」


 相変わらず楽しそうに笑顔を受かべるセリアを見て、ケイスはようやく状況を理解した。


「だ……」


「だ?」


「だまされた……」


 そう言って、ガックリと膝をつくケイス。


「旦那様? 旦那様が私に後ろめたい気持ちを持っているのは分かっていましてよ?」


「……知ってたのか?」


「勿論ですわ。ですから、今回の悪戯で帳消しにしましょう。」


「ありがとう。しかし、改めて謝らせて欲しい。君を迎えた初めての日、愛する事はないなどと暴言を吐いてしまい、本当に申し訳なかった。」


「旦那様は嘘吐きですわね。」


 ケイスは自分の謝罪を信じてもらえなかったのかと動揺するが……


「君を愛する事はないと言って、こんなに愛して下さっていますわ。」


 そう笑顔で言うセリアに対し心を打たれる。


 俺の嫁は何て心が広いんだ、と感動しているケイス。


 そんな2人のやり取りを間近で見ていたマリアージュは、チクリと胸が痛むのを感じた。


(私はケイス様を切り捨てたというのに、彼はそれでも私を愛そうとしていたんですね。)


 ふと涙が出そうになるマリアージュであったが、自分にはもう彼を愛する資格はないのだと、ぐっと泣きそうになるのを堪える。


(ケイス様のかつての行動を聞いて今更心変わりするなんて……自分が嫌になります。)


 そんな彼女は自身が失恋した事を自覚してしまった。


「旦那様にはもう後ろめたく思って欲しくありません。それに、マリアージュ様との事だって気まずく思う必要はございませんのよ?」


 悲しみを胸に自己嫌悪に陥る彼女の名前が突然話題にあがる。


 実のところケイスは、自分が突然結婚してしまった結果嫌われてしまい、マリアージュが離れていったと思っているのだ。


「そうですね。結局私は、借金の事が頭から離れず…最後までケイス様を愛しきることが出来ませんでしたから……。」


 マリアージュは申し訳なさそうに俯き、自身の心情を打ち明ける。


「そういう事ですので、マリアージュ様との事は旦那様が悪いワケではありません。」


 そして、と言葉を続けるセリア。


「だからと言って、マリアージュ様が悪いワケでもありませんよ?」


 え? と顔を上げるマリアージュ。


「公爵家と伯爵家、二つの貴族家が傾いてしまう程の借金に何も思わないワケがありません。マリアージュ様がそれでも愛を貫く方であったならば、愛の為に実家を潰す女性という事で、これまた貴族家には相応しくないのですわ。」


「悲しいが、その通りだ。それでも愛を……と思ってしまう俺は女々しいのかもしれないな。」


「人は誰しも、自分に対しては愛を優先して欲しいと思ってしまうものですわ。」


「出来た嫁だよ……全く。」


 ケイスはこの時、自身の嫁を最大限に尊重しようと心から誓った。


「この場合一番悪いのは、莫大な借金を作った先代ベリオーテ公爵ですわ。」


「……確かにそうだな。元をただせば俺の父が元凶だ。」


 セリアとの結婚も、先代が勝手に決めてしまったものだった。


「したがって、旦那様もマリアージュ様も、互いが悪いワケでは無かったんですわ。」


「そうかもしれないな……。」


「そうですね。」


 ケイスとマリアージュは互いに納得がいったのか、ケイスは晴れやかな顔を、マリアージュは恋の終わりを悟り吹っ切れた顔を、それぞれしていた。


 場の雰囲気が明るくなり、キャロルは気になっていた質問を投げかける。


「こんなに良い事が言えるのに、どうしてブッ飛び公爵令嬢なんて呼ばれてたのさ?」


「それは勿論、悪戯が我慢出来なかったからですわ。」


「その一言で台無しだよ。」


 キャロルがそう言うに合わせ、全員で笑った。










「そう……。一番悪いのは先代のベリオーテ公爵。つまりお義父様ですわ。」


 誰もが寝静まった頃……


 セリアはフフッと笑いながら、机の引き出しから取り出した二枚の便箋に何かを書いていた……。

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