第10話 元カノですわ
その後すっかり仲良くなったセリア、キャロル、マリアージュ。
3人に加えてシアも合わせ、4人でテーブルを囲い仲良く鯖を食べていた。
今回、シアはマリアージュの妹という事で特別一緒に食事の席に座らせている。
本来使用人が主人と一緒に食事をするなどあり得ないのだが、そこはブッ飛び公爵夫人が融通をきかせてやった。
「活きの良い鯖は美味しいですわ。」
鮮度からくる身の締まり、歯ごたえ、そして素材の味を生かした調理法。
見事な塩焼きであった。
「はい。領地が崩壊しなかったのは、その美味しさがあったお蔭でした。」
「マリアージュもやっぱり鯖に威張られたの?」
キャロルは興味が抑えられないようで、つい聞いてしまう。
「そうですね。信じてもらえるか分かりませんが……」
そう前置きして彼女は語る。
「朝起きる時と寝る時、枕元には必ずドヤ顔の鯖が居ました。」
(((うわぁ……)))
「食事は毎回鯖だったのですが……食べる際には活きの良い鯖があちこちから、美味いだろ? と言わんばかりの顔でこっちを見てくるんです。」
トラウマになってもおかしくない体験である。
「そんな事が……でも、お姉さま。今は解決したんですよね?」
シアが一番気になる事を聞くと……
「勿論です。大量の鯖をフェルミト王国へ輸送しあちらからは感謝され、食糧支援したこちら側もフェルミト王国へ感謝する、という良く分からない事にはなりましたが。」
「Win Winってやつだね?」
「まさしくその通りです。後は魚臭さが消えるのを待つばかり。」
「ただいまー。」
ケイスが仕事から帰ってきたようで、帰宅の挨拶をし食堂へ入ってきた。
「お帰りなさいませ。」
「お帰りー。」
「お帰りなさい。旦那様。」
「お邪魔してます。」
「おや? 今日は賑やかだ……」
ケイスの視線がマリアージュに固定されている。
「マリアージュ?」
(何だか面白くなってきましたわ。)
「はい。お久しぶりです。」
「あ、あぁ……。」
ケイスは歯切れの悪い返事をする。
彼の元恋人マリアージュ。ケイスは最初、彼女と結婚出来ない不満からセリアに暴言を吐いたのだ。
その後マリアージュはケイスに対し素っ気ない対応をするようになり、会わなくなってしまった事も相まって、二重の意味で気まずい。
ケイスにとっては、元カノと今嫁が同時にこの場に存在しているという非常に勘弁して欲しい状態になっていた。
「元気……だったのか?」
「はい。その節は申し訳ありませんでした。」
「あ、あぁ……。もう気にしてないさ。」
「旦那様。マリアージュ様はまだ好きなんだそうですよ?」
セリアは咄嗟に嘘を吐き、マリアージュに視線を向けて目で語る。
(あ・わ・せ・て)
突然ではあったがマリアージュも察しは良く……
(わ・か・っ・た)
2人の間には見事なアイコンタクトが成立していた。
「ケイス様。私、一時はベリア伯爵家でも支えきれない額の借金に眩暈がし、距離を置いてしまったんです。」
「そ、そうか。それは仕方無いんじゃないかな? うん。」
言われた当人は冷や汗を流している。
「でも、領地が鯖まみれになって気付きました。ケイス様も同じ気持ちだったんだって。」
「そ、そうかい? 借金にまみれるのと鯖にまみれるのとじゃ、全然違う気がするけどな……ははっ。」
尤もである。
「ずっと後悔していたんです。ケイス様。今からでもやり直せませんか?」
そう言ってケイスの胸に飛び込むマリアージュ。彼女は上目遣いでケイスへと迫っている。
「えっと……あぁー。」
(あれ? ちょっと魚臭い?)
ケイスはどうして良いのか分からなくなっていた。
すぐそこには、かつて傷けてしまった嫁(ケイスはそう思っている)がいる。肯定の返事をする事は出来ない。
だが、否定の返事をするのも難しい。元々マリアージュが好きだったのに加え、マリアージュの妹シアがこちらをじーっと見ている。
「旦那様。浮気ですか?」
セリアに問いただされ、慌てるケイス。
「あ、いや……そうじゃなくてだな。」
「ケイス様はもう、私みたいな女は嫌ですよね……。」
しなをつくり上目遣いで問うマリアージュ。
「いや、そんな事は……。」
しどろもどろになり、返事とも言えないような曖昧な返事をするケイス。
しかし、そこへ待ったをかける者が居た。
「ちょっとちょっと、ケイスが可哀想じゃない。」
それはキャロルだった。
「こんな風に迫られたら、なかなか良いとも悪いとも言えないよ。」
ケイスは万軍の味方を得たような気持ちになり、キャロルに感謝の念を憶える。
彼女はセリア経由で仲良くなった友人だ。
「それに……ケイスを好きなのは、2人だけじゃないよ?」
そう言ってキャロルはケイスの腕を取り自身の胸へ押し付ける。
「っ?!」
この場で唯一の味方だと思っていた万軍はなんと、まさかの敵だった。
ケイスは咄嗟にシアを見る。現状は彼女だけが中立なのだ。
なんとかシアを味方に出来ないかとアイコンタクトを試みるケイス。
すると……
「ご主人様は……私を愛してらっしゃるのです。」
何を勘違いしたのか、そう言って立ち上がるメイドのシア。
彼女は空いている反対の腕を自身の胸に押し付け、満足そうに微笑んでいる。
「旦那様? 堂々と浮気なさるのは感心致しませんわ。」
ケイスは何がなにやら全く分からない。
退路は断たれた。
彼にしてみれば、四面楚歌と言うに相応しい状況が整ってしまった。
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