第8話 儀式ですわ
「あの……何をなさっているのですか?」
怪しい現場を目撃してしまった彼女はメイドのシア=ベリア。ベリア伯爵家の四女。姉が隣国であるストレンジ帝国の侯爵家へ嫁いでいるそうだ。
そして、ケイスの元愛しの人であるマリアージュ=ベリアの妹君。
「神聖な儀式の最中なので、邪魔しないで下さいな。」
セリアは苦し紛れに咄嗟の嘘をついた。
「この国にも神聖な儀式があったのですか?」
その言い方はまるで、他にも神聖な儀式があるかのようだ。
「どういう事ですの?」
「姉が嫁いだストレンジ帝国ではプロポーズの際、男性が頭を踏んでもらうという儀式があるのだそうです。」
「変なのー。」
「それは傑作だ!」
そう言ってケイスとキャロルは笑っている。
セリアは慌てて周囲に視線をやり、誰もいない事を確認すると……
「シア、いえ……ここにいる全員この事は他言無用ですわ。今の発言がもし、ストレンジ帝国関係者に知れれば……」
「何があるって言うんだい?」
「
「「「はい?」」」
「昔の文献で読んだ事がありますの。ストレンジ帝国の神聖な儀式をふれまわった者は、嫌がらせに帝国中の貴族がこぞって鯖を送りつけて来るそうですわ。」
「別に大した事ないじゃん。」
「甘いですわ。かつて隣国のクリミア王国……今は政変があってフェルミト王国ですわね。そこの貴族が儀式の事を言いふらした結果……」
「結果?」
「その貴族が治める街が……大量の鯖で溢れかえったそうですわ。」
室内が静まり返る。
「誰も言うなよ! 絶対だぞ! 言ったら怒るからな!」
(旦那様。それはフリというものですわ。)
「はい! 絶対に言いません!」
「わ、わたしも!」
隣国ストレンジ帝国は強大な国である。小国を一人で相手取れる一級魔法士が30人も所属しているのだ。
仮に戦争になった場合、イリジウム王国では全く勝ち目がない。
要するに、鯖を送りつけられるような事態になってしまえば、戦争で解決とはいかないのである。なにせ勝ち目がないのだから。
「シア。私達以外で儀式について話した事はありますの?」
「いいえ。ありません。」
「なら一安心ですわ。ご家族にも伝えておいた方が宜しいですわね。」
シアはハッした表情で……
「っ!? 急いで手紙を書きます!」
そう言って走り去っていった。
「何事も無ければ良いんだがな。」
「そうだね。」
(ですから、それはフラグというものですわ。)
「ところで、何故鯖なんだ?」
「天の裁き、と鯖をかけているそうですわ。」
「全然意味わかんない。」
一ヶ月後
ベリオーテ公爵邸の庭を2人の女の子が散策していた。
一人はかつてブッ飛び公爵令嬢と呼ばれた現公爵夫人のセリア。もう一人は世界で3人しかいないとされる回復魔法の使い手キャロルだ。
2人は何をして遊ぼうかと思案しながら広い庭を散歩していると……
「うぅぅぅ……。」
うずくまって泣いているメイドを見つけた。
彼女は先月、オマルに頭を下げている大人3人の目撃者……シアであった。
「シア? 泣いているんですの?」
「どうしたの?」
彼女は涙を流しながら2人を見る。
「うぅぅ……実家が……」
「実家が?」
(まさか……鯖を?)
「実家が
(違ったみたいですわ。)
「サバイバル状態? とは何ですの?」
「鯖が威張っているんです。」
「「?」」
「セリアは分かる?」
「いえ。全く聞いた事がありませんわ。」
2人は欠片も理解出来なかった。
「ここに手紙がありますので、読んで頂ければ分かると思います。」
先月、シアは実家へと手紙を送っていた。今日、その返事が父であるベリア伯爵から返ってきたそうで、2人が手紙を確認すると……
シアたんへ
シアたん。ベリア伯爵領はもう終わりかもしれない。君からのアドバイスの前に、マリアージュぴょんが言いふらしてしまったようだ。
毎日のように大量の鯖が送られてくる。今年は活きが良いですよ、と言ってストレンジ帝国の各貴族達が送りつけてくるのだ。
今では街中がすっかり鯖で溢れかえっている。
しかも奴らときたら、活きが良いものだからあちこちで威張っているのだ。あれ程威張る鯖は見た事がない。
人間が生き残るか……鯖が生き残るか……正に生存競争。正に鯖威張る状態。
奴らは陸地でも5年は平気で生きるそうだ。
この手紙をシアたんが読んでいる頃には、我々は散々鯖に威張りちらされた後になるだろう。
魚臭い領地ではあるが、時々は顔を見せに帰ってきておいで。
君と次会う時には、魚臭くないパパを見せてやりたいものだ……。
追伸
お裾分けで活きの良い鯖を5tだけ送りました。良かったらベリオーテ公爵家の方々や、お友達と食べて下さい。
お姉ちゃんのマリアージュぴょんも魚臭くして君の帰りを待っています。
「「……。」」
(思いがけない形でマリアージュ様がざまぁされていますわ。)
「これだと私、実家に帰れません……。」
そう言って再び泣き出すシア。
「なんとか出来ないかな?」
「うーん……。」
「私事で奥様の手を煩わせるわけにはいきません。実家の事は諦めます。」
気丈にも涙を抑え、大丈夫そうに振る舞って見せるシア。
「……現在、フェルミト王国北西部で大飢饉が発生していると聞いていますわ。そこへ食糧支援として、鯖を大量に送ってみてはどうでしょうか?」
シアの顔がパッと明るくなる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
彼女はセリアに感謝の言葉を伝え、手紙を書く為走り去っていった。
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