第5話 商売繁盛ですわ

あれから2ヵ月。


 キャロルは私のお友達として、ずっと屋敷に逗留していましたわ。彼女のお蔭で、旦那様をたくさんお預けさせる事が出来ましたの。


 旦那様は本来の愛する人から見切りをつけられ、既にお会いしていないご様子。毎日悶々としているのが手に取るように伝わってきますわ。



「セリア。今日は君と夜を過ごしたいんだ。」


「まあ、本当ですの?」


 流石にアメを与えてあげないとダメですわね。だって……私を見る目がギラついて、まるで変質者みたいなんですもの。


「やっと言えた。ずっとチャンスを窺っていたんだ。」


 旦那様、その言い方はストーカーみたいですわよ?






セリア魔道具工房にて


「今日は皆様の成果を確認しに参りました。」


 セリアは完成品の報告書に目を通す。


(どれどれ? 予想以上に出来ているじゃない。どれも売り出せばヒット間違いなしね。)


「特にこれなんて素晴らしいわ。」


 そう言ってセリアが指さしたのは、『センタックン』と名付けられた魔道具。


 水と洗剤を入れると自動で洗濯してくれ、お値段も一般庶民の手に届く価格になっている。


「これは信じられない程のヒット商品になりますわ! 早速売り出しましょう。」


 職人達は命じられた通り、工房から店に商品を移し並べ始めた。


「お店の方はお任せしますので、どんどん売って下さいな。」


 セリアはそう言って、ルンルン気分で公爵邸に帰る。





「あ、セリア。お帰りなさい。」


「キャロル。何をしていますの?」


「今ね。回復魔法を掛け続けるとどうなるか実験してたよ。」


 彼女はセリアの影響なのか、実験大好きっ娘になってしまった。


「壺に魔法を掛けていますの?」


「そう。もしかしたら回復の壺にならないかなぁって。」


 既に二時間以上も魔法を掛けているそうだ。


「それは楽しそうですわ!」


 2人はワクワクしながらその様子を眺めていると……




 にゅっと壺から手脚が生えてきた。




「「え?」」


 突然の出来事にキャロルは魔法を止めてしまった。


 そして壺はというと、部屋の扉に向けて突進しては、ゴンゴンと何度も入口にぶつかるのだ。


「もしかして、出たいのかしら?」


「出してみる?」


「そうしましょう。」


 入口を開けてやると、壺は勢いよく走り出す。


「追いましょう。」


「うん。」


 勢いづいた壺の後を追っていくと、そこは厨房だった。


 今まさに、ヒゲを生やした料理人に突撃して押し倒している。


「うわっ! なんだ!?」


 壺の口には彼の手が入り込んでいた。まるでその手を食べているかのように……。


「お? 手の痛みが引いた……。」


 どうやら彼は料理中に火傷していたそうで、壺は火傷を癒す為に走り出したようだった。


「本当に回復の壺になっちゃった。」


「そうですわね。」


 回復の壺は役目を終えたからか、その場で静かに体育座りをしている。


「聖女の回復魔法って凄いんですのね。」


「いや、あんなの聞いた事ないけど……」


 勿論、セリアも聞いた事はない。


「取り敢えず、部屋に持って行きましょう。」


「そうだね。」







その日の夜


「……とういう事がございましたのよ?」


「それは……凄いけど、なんともいえない不気味さがあるね。」


「そうでしょうか?」


「それよりも……さ。」








翌朝


 旦那様は思った以上に私に夢中になって下さっているようですわ。


 ただ一つ誤算が……


 週に三回位ならアメを与えても良いと思ってしまいましたわ。


「くぅぅっ! 自身の素直な体が恨めしいですわっ!」


 それにしても、お互い初めてとは思えない程にすんなりと……。もしかしてマリアージュ様とも?


 未婚の貴族令嬢を傷物にするのは、かなりマズいのですが……



 バンっ!



「奥様、大変です!」


 一人の兵士が扉を勢い良く開け放つ。


「どうしました? 騒がしいですわね。」


「失礼しました。魔道具工房が……」


(そんなに慌てて、何かトラブルでもあったのかしら?)


「とんでもない大行列が出来ております!」


「大繁盛で良いんじゃないかしら。」


「暴動になりかけているんです!」


 あら? 




魔道具工房にて



「売ってくれー!」

「俺もだ!」

「私が先よ!」

「うるせーどっか行け!」

「今お尻触ったの誰よ!?」

「早く進め!」


「「「「「「センタックン! センタックン! センタックーーン!!!」」」」」」




(うわぁ……ですわ。)


「ゴブリンの大合唱みたいになっていますわね。」


「はい。」


「いつからベリオーテ領都は魑魅魍魎が跋扈する魔都になり果てたんですの?」


「朝からずっとこの調子でございます。」


 先程報告を持ってきた兵士が答える。


「仕方ありませんわ。」


 セリアは一人の兵士に肩車をしてもらい、メガホンを取り出し大声で叫ぶ。


『静粛に!!』


 辺りが静まり返る。


『この度はセリア魔道具工房に足を運んで頂きありがとうございます!』


(良し良し。皆さんお話を聞いてくれそうですわ。)


『商品の在庫には限りがございますので、購入出来なかった方の為に、只今から予約の受付を致します! 整理券をお配り致しますので、静かにお待ちください!』


「ありがとうございますわ。」


 セリアが肩車をしてくれた兵士にお礼を言うと……


「こちらこそありがとうございました!」


 逆に礼を言われてしまう。


 そして彼女は気付いてしまった。


(は、はずかしいですわ。この兵士さん。昨日の旦那様と同じ目をしているわ。)


「さ、さあっ! 紙に番号を書いてお配りして来て下さい!」


「は、はい!」


(ふぅ。襲われるかと思いましたわ。)




 せいりけんって何だ?

 知らん

 聞いた事無いな

 渡すって言ってるし、何かくれるんだろ

 私生理よ?

 私もー

 それならもう貰ってる事になるのか?



 一人一人の声は小さいが、それでもこの大人数だと大きなざわめきとなっている。





 そして肩車をした兵士は後にこう語る。



 奥様の太もも? ああ。最高だったよ。ここで人生終わっても良いとさえ思ったさ。


 嫁がいるだろって? バカだなぁ。奥様みたいな女なら目移りしても仕方ないって許してくれるさ。 



 その兵士は嫁に告げ口され、太ももで首を絞められ失神したのだとか……。

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