第3話

 噴水の近くまで来ると、5つの扉の後ろに大きな建物が建っているのが見えた。


 少女は、琴葉と手を繋いだまま、建物に指先を向ける。


『あの、大きな建物、見える?』


「は、はい…」


『あの建物の中に、この世界を創った神様がいる。閉じ込められている』


「はぁ…」


(…なにこれ…もしかして、夢だったり…?)


 相槌を打ちながらも、まだ困惑を隠せない琴葉。


 少女は、そんな琴葉に向き直る。


『これは夢じゃない』


 そう言って、琴葉の頬に手袋越しの細い指先を当てた。


「…!」


 驚いた琴葉は大きく目を見開いた。


(じゃあ…やっぱり、現実なんだ…)


 なかなか整理がつかない中、ほんの少しの納得をしていた。


 そんな琴葉の様子を、少女はじっと見つめてから、目の前の大きな建物に顔を向ける。


『異世界は、物語の中だけだと思うかもしれないけど、ここは、あなたの住む世界とは全く違う。神様が自ら創り出した、神様を捕らえるための檻』


「檻…」


『…神様を助けて』


「…え?」


 少女がポツリと言った言葉に、不思議そうに顔を上げた琴葉。


 少女は、少しうつむいた。


『神様はあの建物…”箱庭”から出たがっている。だけど、自分から出ることはできない』


 そして、琴葉とつないでいる手に少しだけ力を入れた。


『そして、私は神様を助けることが出来ない。私は、”案内人”だから…』


 少女は、琴葉の方を見る。


 少女の瞳がどの位置にあるか分からないが、少女の瞳は琴葉をしっかり捉えていた。


『貴女の力が必要。神様をあの箱庭から助けて』


 顔は見えなくとも伝わってくる、少女の真剣さ。


「…私が、神様を助ける…?」


 琴葉は、この世界や少女の話、その展開の早さについていかれず戸惑ったが

 少女から伝わる真剣さと儚さを感じ、力になりたいと思った。


「私に出来るなら…!」


 琴葉は、少女の手をしっかり握り返した。


『そう言ってくれると思った…。呑み込みが早いのが貴女の良さ』


 少女はホッとしたような声で話す。


『神様を助ける方法は…』


 ゆっくりと手を伸ばし、5つの扉を左端から指差していく。


『左から1番、2番、3番、4番、5番と番号が付けられている。どこの扉を開けても良いけれど、私は1番の扉に入って欲しい』


 少女は伸ばした手を縮めると、手のひらに1枚の白いカードを出現させた。


『扉の先にある霧の願いを叶えると、このカードが手に入る。これを5つ集めれば、神様を助けられる』


「…扉に入って、そのカードを集めれば良いんですね」


『その通り…でも』


 少女は後ろを向いた。


『今日はもう帰った方が良い…カードを手に入れるのは、なかなか大変なこと。だから、ゆっくり体を休めてから…』


 琴葉と繋いだ手を、後ろの方へ連れて行った。


『この先は現実世界に繋がる。明日、また、ここに来て。』


 濃霧の中、少女はそっと琴葉の手を離した。


「…ひとつ訊いて良いですか。何故、1番の扉から?」


 少女は少し考えた様子で


『行けば分かる』と。


 琴葉は少女に向き合った。


「また、明日」


『ありがとう。…ぜひ、来てほしい。これを夢だとは思わずに、貴女のためにも』


 少女の静かな声が濃霧の中で響いた。


「はい」


『敬語はやめて。私は貴女にとって敬語を使うような存在ではない』


「…え」


 濃霧で少女の姿は見えない。琴葉は白色の世界を、迷わないよう真っすぐ進んでいった。


 見送る少女は一人、道を引き返した。


 少女の仮面の中の表情は…誰にも分からない。

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