4、爪と枷と思い

 まぁ見た目はともかく、とりあえず現状はこれで良し。

 あとやる事はシェルターのかまどに枝を置いて、外にあるかまどの火を移す。


「フー……フー……フー……フー……よし……」


 シェルターのかまどに息を吹きかけ、移した火は大きく燃え上がった。

 これでシェルターの中にも火がはいったぞ。

 えーと、火がシェルターに燃え移りそうには……ないな。


 あと心配事があるとすれば、雨漏りがするかどうかだ。

 けど、こればかりは雨が降ってからでないと確認できないのが辛いところだ。


「……雨漏りしないといいな……した場合、受ける物が無……あっ」


 そうだ、受ける物……物を入れられる器は絶対に必要!

 日が落ちるにはまだ時間がある。

 なら、今のうちにあれの実験をする方がいいな。


「ア、アリサ……さん、ちょっといいかな」


 僕は、外でゴブリンノコシカケの残り分を焼こうとしていたアリサに声を掛けた。


「ん? なに?」


「ぼ、僕、今から粘樹の所に行って来るから、その間に色々と頼み事をお願いしてもいいかな?」


「粘樹の、ところに? うん、わかったわ。で、うちは、何をすればいい?」


「えと、火を見ててもらいたいのと……」


 薪の為に木を伐って……と言いたいところだけど、流石に弱体化してる上にあの鱗斧でやってくれっていうのは酷だよな。

 そもそも僕がやったとしても、太い木は時間が掛かるしな。

 なら、シェルター作りで使わなかった木を適当な大きさに切って割っておいてもらおう。

 乾燥させて少しでも薪を増やさないといけないし。


 僕は1本の木を手に持ち、約30cm間隔に鱗斧で叩きこんで4カ所に印をつけた。


「この印に合わせて鱗斧で叩いて、ある程度木が削れたら……そこでへし折るっ! で、このへし折った木材を縦に割って乾燥させておいてほしいんだ」


 一連の動作をアリサに見せたけど……出来るかな。

 シェルター用に伐採した木だからそんなに太くは無いんだけど。


「なるほど、なるほど。薪を作るのね。……う~ん……木を、折るのは出来るけど、薪割りの方は難しいな~……」


「へ?」


 アリサが何故か困り顔になった。

 素人の薪割りが難しいっていうのは聞いたけど、アリサの困り顔はそういった感じじゃないな。

 こう、本当に自分が出来るのかなーって感じがする。

 どういう事だろう。


「え、えと、そんな顔をしてどうしたの?」


「そりゃそうよ。今のうちは、魔法が使えないから安定しないもの」


 安定?

 確かに切口が平行じゃないと、木材は安定して立たないけど……なんで魔法の話になるんだ。

 ますますどういう事なのかわからない。


「ん~やってみるけど、笑わないでね」


 アリサはそう言って、僕が持っていた木材を手にして空中に放り投げた。


「シュッ!」


 そして、落ちて来た木材を空中で蹴り飛ばした。

 スコーンという乾いた音がして、木材はアリサの爪に突き刺さっていた。


「あちゃ~、失敗しちゃった。やっぱり風を起こして、向きを安定させないと難しいわね」


 そういう事か! 足の爪を使っての薪割りが難しいって話か!

 漫画やゲームで、よく剣士や戦士が剣を使って薪割りをするシーンあるけどさ……足の爪を使って薪割りなんて初めて見たよ。


「父さんは、やっぱすごいな……魔法なしでも、簡単に真っ二つにしていたもの」


 足の爪から木材を外しながらアリサはボヤた。

 簡単に真っ二つって……こえぇ……。

 そんな物騒な薪割りをしないで、もっと簡単にすればいいのに。


「……あれ?」


 今の薪割りにさっきの脅し……そんな鋭い爪があるのになんで逃げ出さなかったんだろう。

 いくら魔法が使えず、弱体化していても鋭い爪は元から生えている物だから丸くするか切るしかない。

 けど、アリサの爪は鋭いままだ。

 うーん、気になるな。


「あ、あのさ……ちょっと気になった事があるんだけど……」


「なに?」


「そ、そんな鋭い爪があるのに、なんで逃げ出さなかったの? 魔法が使えず、弱体化していても鋭い爪は生えているんだから、奴隷にされても抵抗は出来たんじゃ……」


「ああ、それは簡単な話よ。この首枷がある限り、無理なの」


 アリサが首枷をコンコンと叩いた。


「この刻印に、血を垂らした者に対して殺気や殺意を持つと、弱体化の刻印が反応して、より効力が強くなるの。枷の重みだけで首の骨が折れてしまうほどにね……」


「……っ」


 枷の重みだけで?

 弱体化の刻印ってそこまでなのか。


「襲う時、どうしても殺気や殺意っていうのは出てしまう。奴隷として、こき使われてたら余計にね……だから、うちのこの爪は憎い相手には使えないの……」


「……ごめん」


 僕の考えは浅はかだった。

 首枷の存在が、そこまで影響していたなんて。


「ううん、謝らないで。リョーは、異世界人なんだもの。知らなかったのは、当たり前だし」


「……」


 アリサが悲しい笑顔をしている。

 ただでさえ正面から見れないのに、そんな顔をされるとますます見れないよ。

 悔しいな……何も力になれない、無力な自分が本当に悔しい。


「それより、リョー。粘樹の所へ、行くんじゃないの?」


「あっ……うん……」


 いや、ここで卑屈になってどうする。

 もしかしたら今後、枷が外せるようにできるかもしれないじゃないか。

 なら、今をできる事をやっていくんだ。


「あ、あの……その木材を貸してくれるかな?」


「これ? はい」


 僕はアリサから木材を受け取り、拾って来た石の上に立てた。

 鉈があれば楽なんだろうけど、今はないからこの鱗斧を使って……。


「つ、爪を使わずに、こうすればいいんだよ。まず、木材に鱗斧の先を当てたまま台に軽くコンコンと打ち付けて、刃先を木材に食い込ませる」


 数回打ち付けると鱗が木材に食い込み、手を離しても木材が持ち上がる状態になった。


「こんな風に手を離しても持ち上がる様になったら、後はこれを振り下ろす」


 石に向かって振り下ろすとパカンと木材が真っ二つに割れた。


「お~すごい!」


 良かった、鱗斧でも出来た。

 にしてもじいちゃん家で薪割りの手伝いをさせられたのが、こんな所で役に立つとは思いもしなかったな。


「へぇ~、こんな簡単に、割れるものなんだね」


 まだ細い木だから、まだ簡単に割れたんだけどね。

 太くなると大変なんだよな……まぁそれは今は置いといて。


「じ、じゃあ行って来るから、後を頼めるかな?」


「うん、まかせて~」


 薪作りをアリサに任せ、僕は粘樹がある方向へと歩き出した。

 この島の事、この世界の事、アリサの事、枷の事、今からやろうとしている事。

 そんな色んな思いを胸に秘めて……。

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