2、三日ぶりの食事

 おっと、感動して呆けている場合じゃない。

 このままだとせっかくついた火が消えてしまう。

 細い枝から太い枝へと順番に火の中へ入れていってと。


「……んーとりあえず、これで火は安定した……かな?」


 恐らく昨日みたいな嵐や突然の雨が降らない限り、すぐに火は消える事はないだろう。

 でも、予想以上に集めた枝の消費が激しい。

 今ある量で火を維持するのにちょっと心許無いな。

 腹ごしらえをした後で、大きめの流木とか使えなそうな木材を拾ってくるかな。


「あの、このハマ……えーと…………」


 なんだっけ、この手に入れたワサビモドキの名前って。


「ハマラシュウね。ラシュウって植物が浜で生息しているからハマラシュウよ」


 浜だから名前にハマか付いているわけか。

 こっちの世界でも、そういった名前の付け方は同じなんだな。


「このハマラシュウは、どうやって食べるのかな?」


 火を通せばって言っていたけど、ここはアリサに任せた方がいい。

 僕はこの世界の植物の知識がないし、毒があるみたいだからなおさらだ。


「焼いて、食べましょう。先に、土を落とさないとだけど……沢までは遠いし、海でいっか」


 アリサはハマラシュウを2本手に取って海へと歩いて行った。

 そして、海の中にハマラシュウを入れてバシャバシャと洗い出した。

 洗うなら海水より真水の方がいいと思うんだけど……こっちの世界では、あれが普通なのだろうか。


「土を落としたら、葉っぱの部分をとって……」


 タンポポの様な葉っぱの部分を握って、ブチッと雑に千切りとった。


「そして、枝を刺して……」


 集めてあった木の枝の束から適当に2本選んで、ハマラシュウを串刺しにした。


「後は、焼いて完成!」


 その串刺しハマラシュウを火の傍の土に突き刺した。


「…………え? これで終わり?」


 これじゃあ、ただの串焼きじゃないか。


「? そうだけど?」


 アリサが不思議そうな感じで首を傾げてる。

 首を傾げたいのはこっちだよ。


「ああ、皮の心配をしているのね。大丈夫、焼けば簡単に剥けるから」


 違う、そうじゃない。

 僕が心配になっているのはそこじゃない。

 それだけで本当に毒が抜けるのかが心配なんだよ。


「ふふふ~ん~」


 そんな僕の思いも気にせず、アリサは鼻歌を歌いながら皮が焦げてきたら回して、別の面焼く作業をしていた。

 普通は焦げ目がついたくらいに回すもんじゃないの?

 辺りがどんどん焦げ臭くなってきているんですけど。


「……あの、本当に大丈夫?」


 このままだと、炭を食わされそうな気がして来たんだけど。


「大丈夫、大丈夫。もう少し焼けば、食べられるから」


 まだ焼くの!?


「…………そろそろ、いいかな? ……うん、完成~。はい、どうぞ」


 アリサから真っ黒になったハマラシュウを手渡された。


「……あ、ありがとう……」


 これ、どう見ても炭なんだけど。

 炭を食えってか? それはそれで体に毒だと思うんですけど。


「皮は、こうやって剥けば……ほら、綺麗に剥けたでしょ。いただきま~す、あむっ」


 アリサが焦げたハマラシュウの皮をバナナみたいに剥いてかぶりついた。

 なるほど、僕もやってみよう。


「……おー」


 本当だ、バナナの皮みたいに綺麗に剥けたぞ。

 ハマラシュウの中身は緑色の外観とは違って白いな。


「はむ……モグモグ……」


 食感はふかしたサツマイモみたいで、ほくほくとしている。

 味は……塩味がするけど、これはどう考えても海水だよな。

 ハマラシュウ自体の味は、ダイコンの様な辛みがあるけどかなり薄い。

 まずくはないが……うまくもない。

 海水の塩のおかげで食えている感じだ。

 とはいえ3日ぶりのまともな食べ物という事もあり、僕はペロリと食べてしまった。


 んー流石に1本だと物足りない。

 まぁでも、これで少しはエネルギ―を補充できたし木を拾ってくるかな。


「じ、じゃあ僕はその辺りから木を拾って来るから、君は……」


「アリサ」


「へ?」


「うちは、アリサ。君じゃない」


「え? あ……えっと……」


 これって名前で呼べって事?

 嘘でしょ、会って間もないのに名前を呼べってハードルが高いって!


「うちの事、全く名前で呼んでくれないよね?」


 心の中では名前を言っているんだけどね。

 でも、口に出すのはちょっと……。


「アリサだよ。ア・リ・サ、はい!」


 うっ……これは言わないと逃がしてくれなさそうだ。

 ええい! 名前を言うだけじゃないか、行け僕!


「ア、アアアリアリ、アリサ……さん……」


 声がめちゃくちゃ震えてる。

 実に情けない。


「…………まぁいいか、次からはスムーズに呼んでね。で~うちは、フジシロリョータの事をなんて呼べばいいのかな?」


 なんだ、その質問。


「なっなんて呼べばって、もう呼んでいるじゃないか」


「そうだけど、長くて呼びにくいの。もっと、短くって事」


 そういう事か。

 僕的にはフジシロリョータで良かったんだけどな。


「家族や友達に、何て呼ばれてるの?」


「えと……フジシロ、フジ、リョウタ、リョウ……」


 そうだな……流石にリョウタ、リョウって名前で呼ばれるのは恥ずかしい。

 ここはフジって呼んでもら――。


「じゃあ、リョーで!」


「リョっ!?」


 なんでよりにもよってリョウなんだよ!!


「い、いや……出来ればフジで……」


「え~リョーの方が、呼びやすいじゃない」


「……」


 うおおお……母さん以外の女性からリョウって呼ばれた事ないから、こうものすごくくすぐったいというか、照れるというか、恥ずかしいというか……ああ! 何だ、この変な感覚は!

 このままでは色々と僕の心がやばい気がする!


「あの、やっぱりフジで……」


「で、リョー。うちは、どうしたらいいのかな?」


「……」


 駄目だ、これはもうリョウ以外に呼ぶ気がないぞ。

 マジかよ。


「……えと……木を集めて来るから、アッアリサ……さんは、火が消えない様に見ていてほしいんだ……」


「わかったわ、任せて」


「じゃあ、行ってきます……」


「いってらっしゃい~、リョー」


 僕は重い腰をあげ、砂浜へと向かった。

 名前を言う、呼ばれるってだけで何でこんなに疲れなきゃいけないんだか。


「はあー……先が思いやられるな……」

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