第12話
薄暗い店内にジャズが流れる。俺がグラスを傾けると氷が音を立てた。バーテンダーが、こちらに声を掛けてくる。
「いかがされますか」
「同じものをもう一杯」
「かしこまりました。お連れ様はいかがいたしましょう」
「申し訳ないけど、チェイサーを用意してもらえますか」
「はい」
バーテンダーが準備をはじめると、俺は隣でカウンターに突っ伏している背中をゆする。
「大丈夫か」
答えるように身体がゆっくりと起きる。
「ダメです。もう立ち直れません」
川村が泣き言を言う。あぁ、面倒くせぇ。学園祭が終わった週に連れていってやった合コンで、会った女の子と連絡先を交換できたものの、一週間で振られてしまったらしい。仕事で使い物にならないので、今日は慰めるために酒に付き合ってやっている。
「恋愛は相手あってのことだからな。上手くいかないこともあるさ」
「上手くいってる人は余裕ですね。持つものと、持たざるもの。この世は残酷な格差社会なんだ」
「とりあえず、これでも飲め」
用意してもらったチェイサーを差し出すと一瞬で飲み干してしまった。川村は鋭い目で俺を見る。
「で、どこまでいったんですか」
「何の話だ?」
「とぼけないでください。例の大学生ですよ。可愛い後輩のお願いを袖にして、一人で学園祭に行ったんですから、進展したんでしょ」
「ん。まあ、キスをしたくらいだ」
「中学生か。しかも、そのまんざらでもない顔。何なんですか」
俺は立ち上がろうとした川村をなだめる。ヤツは水のおかわりをもらいながら、つぶやいた。
「藤原さん、モテますよね」
「そんなことないだろ」
「前の彼女さんと別れてから、今の子と付き合うまで、あんまり時間が空いていないじゃないですか。ルックスはオレの方が良いのに」
こいつ、さらっと失礼なことを言わなかったか。
「俺もお前はもう少しモテても良い気がするけど」
「ですよね。流石、藤原さん。段々イケメンに見えてきました。で、オレ。どうしたら良いですか」
前から知っていたが、調子の良いヤツだ。俺は合コンの時の情景を思い出す。あの場所自体は、こいつのお陰で盛り上がっていた。
「そうだな。お前の場合、掴みは良いと思うんだ。実際に連絡先も交換できているんだから。合コンの後はどうしたんだ?」
「メッセージのやり取りをして。最初は盛り上がったんですけどね」
「ふぅん。どんなやり取りをしたのか、ちょっと見せてみろ」
「え? 嫌ですよ、恥ずかしい」
「けど、見ないとアドバイスのしようがないだろう」
「しょうがないですね。藤原さんにだけですよ」
俺は川村からスマートフォンを受け取り、会話の履歴を見る。
こいつ、どうみても押し過ぎだ。途中で女の子が引いている。これで上手くいく訳がない。俺は深く息を吐き出した。
「何なんですか、その反応。勇気を出して見せたっていうのに」
川村は抗議の声をあげて、俺から端末を引ったくった。
「すまない。だが、状況はわかった。まずは――」
俺は川村に順を追って説明を始めていく。結果を得ることに対して執着心があることは良いことだ。仕事でもその才能が発揮されていると思う。しかし、恋愛では相手がいる。一人よがりでは上手くいかない。
その点に関して、俺も川村に偉そうなことは言えないだろう。これまでを振り返ると翔真の積極性に頼ってばかりだった気がする。そろそろ俺の方からも動く必要があるんじゃないだろうか。
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