第11話 助けてクラス委員長!

「そうだ、クラス委員長誘おうぜ! 頭がいいから委員長。教えるのうまいんだぜ」


 制服をキッチリ着込んだ、メガネのクラス委員長。毎日授業終わりに黒板を消して、授業の初めと終わりの号令をして、日誌を書いている。程よく真面目で適度に明るい印象がある。話したことはほぼ無いけれど、全然問題ない。


 4人いれば、2対2で問題を出し合ったり、爽やかくんに三人がかりで教えることもできて、みんなにメリットがある。まぁ、爽やかくんが赤点とっても俺は一向に困らないが。ただ、部員が少なくて満足な練習ができなくても一生懸命に野球に取り組んでるこいつには、これからものびのびと部活動に打ち込んでほしい。


「それで決まりだな! いいんちょー」

「うん?」


 爽やかくんが呼びかけて委員長が机から視線を上げる。


「テスト期間、俺らと一緒に勉強してくれない? 俺ら、どうしてもテストでいい点数とらないといけないんだよ。委員長、助けてくれ!」


 俺が委員長に説明する。


「そうか、そんな事情があるんだね。テスト勉強に一生懸命に取り組むのは素敵なことだと思う。僕も力になるよ」

「やった! ありがとう、いいんちょ」

「助かるぜ」


 委員長には泣き落としが効くと思ってたんだ。勉強を頑張りたいという理由も、応援してくれると確信があった。人がいい顔してるし。


「テスト期間は明日からだけど、俺とあいつは部活動入ってないから、今日から勉強しようと思うんだ。委員長はどう?」

「今聞いたんだけど」


 不良が口を挟んでくる。そりゃ聞いてないはずだ。今思いついたから。


「うん、僕も今日から参加するよ。日誌提出したら、途中から参加するね」

「おっけー」


 それから、昼食は食堂に板書をとったノートを持って行き、注文が届くまでの間、爽やかくんに勉強を教えた。自分の中で基礎が固まる感じがした。爽やかくんは本当に授業聞いてるのかってくらい何も分かってなかった。


 友人は連れてこなかった。勉強の内容が違うからだ。爽やかくんと二人で席を取った。クラス委員長はやることがあるし、不良は今頃植物園で花に水をやっているらしい。爽やかくんが教えてくれた。見に行くとブギ切れられるし、どこかに行ってしまうらしい。野良猫かな?


 片手間に勉強をしながら食べようと思ってハンバーガーがあるというから頼んだのに、届いたのは、背の高いハンバーガーに分厚いステーキが挟まっていて、上から串が刺さってるやつ。とても片手間に食べられるものではない。


 しかたなく串を抜いて、上下に潰して大きく口を開けるが、入らない。


「ははっ、ちょっとずつ食えって」


 爽やかくんに笑われてしまった。恥ずかしい。諦めてちょっとずつ齧ることにする。溢れ出るソースで口周りがベチャベチャになった。


「んー、んっまい」


 ステーキは分厚いし、レタスは瑞々しいし、夢中で食べていたら、爽やかくんと目があった。すごい上手にフォークを使ってパスタを巻き取っている。俺がやったら皿の上のパスタ全部巻き取って一口になっちまうのに。


「お前幸せそうに食べるよな。こっちまで楽しくなる」


 そういうと、爽やかくんは音を立てずにパスタを食べた。自分の手を見たらソースまみれ、口元を紙ナプキンで拭いたらソースでべっちょべちょ、テーブルがパンくずと野菜くずまみれになっていた。爽やかくんの手元と比べて、差に驚く。テーブルも慌てて拭いた。


「からかうなよ」

「ホントだって。美味しそうに食べてるからさ」

「どこで食べ方とか教わったの? やっぱテーブルマナーとか教える先生が家に来るの?」

「俺はそういうのなかったな。父さんと母さんがテーブルマナーしっかりしてる人だから、見て覚えたんかな?」

「そういうものなのか」


 俺だってこんな珍しい食べ物じゃなかったら、もう少し綺麗に食べれるけどな。と、心のなかで強がってみる。

 

 二階席には今日も生徒会の奴らはいない。どうやら、食事は生徒会室で摂っているらしい。風紀委員がまばらに使っている。


 食べ終わったら教室に戻り、五時間目まで爽やかくんと勉強。直前に教えたところを問題にして出して、爽やかくんが答えて、俺も教科書を見ずに正誤を答えて、その後で教科書を見る。


 放課後は爽やか君が部活に行き、クラス委員長が黒板を消して日誌を書いて教員室に行ってとやっている間、不良と机を向かい合わせて問題を出し合う。いつもだるそうにしているから適当にやるつもりかと思っていたが、すごい鋭い質問を出してくる。


「うわー、ちょうど分からない、ちょっと待って」


 ちょうど試験に出そうなところで、応用になるところを、二人で素早く問題を出し答えるという応酬を繰り返す。間違えたところは簡単にノートを縦に区切った左側にメモ。後で右側に答えを書き込む。これで、俺専用の問題集が出来上がる。もはやスポーツみたいな勢いで問題を出し合っていると、クラス委員長が教室に戻ってきた。


「ものすごい集中力だね。声をかけていいか迷ったよ」

「おかえり」

「おせーぞ。適当に書きゃいいのに、真面目だな」

「適当に書いたら、先生にやり直しを食らって二度手間になるよ」

「ほら、クラス委員長はそういうとこまで考えてんだよ、お前とは違って」


 不良に指をさして煽ったら、指を掴まれた。折られるかと思って謝り倒す。クラス委員長が勉強道具を持って、俺たちの近くの机に置いて、机をくっつけて座った。


「それじゃあ委員長に俺らで問題だそうか」

「おっ、いいな。委員長の弱点を探してやるぜ」

「お手柔らかに頼むよ」


 さすがクラス委員長。どこを問題にしても答えるから、とうとう絶対テストに出なそうな端っこの問題まで出し始めた。


「これ分からなかったな」


 そういって絶対テスト出ないだろみたいなところをノートに書き始める委員長。真面目だと、テストに出そうになくても自分のためと思って勉強するんだな。


 外が薄暗くなり、解散になる。


「あとは家で復習してこよ。明日全部問題出すからな」

「しっかり勉強してくるよ」

「はぁ? 家くらい自由にさせろよ」


 三人で寮に向かう。


「お前さ、授業聞いてないのによくあんなに覚えてるよな。図書室で勉強するくらいなら、真面目に授業受ければいいのに」


「教科書読めば勉強わかるだろ。授業は聞かなくていいんだよ。あと図書室は静かだからいるんだ。勉強してるわけじゃねぇ」

「そういうこと」


 植物園と図書室の共通点は静かなところだ。どちらもたまに生徒が来るから、静かな方に行き来しているようだ。花に水をやっているくらいだし本来は自然に囲まれたところに居たいんだろうけど、誰かが植物園にいるときは仕方なく図書室にいるわけか。


 寮のエレベーターに三人で乗り込む。俺は階数ボタンの前に立って一階を押す。エントランスの上の階から一階、二階と割り振られているんだ。だから俺の部屋は一階というワケ。なんとなく二階の感覚だから、押し間違えそうになる。


「いいんちょー何階?」

「僕も同じ階だよ」


 同じ階で降りたら、最初にクラス委員長の部屋。


「じゃあね」

「じゃあな」

「また明日」 廊下の奥まで行ったら、部屋が隣同士の不良と別れる。


「じゃ」

「おう」


 部屋に入ると、友人の姿はまだない。俺のほうが先に帰ってきたようだ。友人はまだ生徒会で仕事、ではなく生徒会から情報を得るために、彼らのサボりにつきあっているのだろう。生徒会が好き放題振る舞うようになってしまったキッカケがつかめるといいけど。


 PCを起動してメールチェックをする。子供からの相談が来ている。感情的で要領を得ないものが多いので、じっくり理解できるまで読み返す。そうしたらメールで返信する本文を考えて、読み直して返信。


 直接電話で相談に載ったほうがいい内容は友人に任せていたが、友人が生徒会に入ってから忙しくしているので、俺が子どもたちの相談に乗る。元々、俺が起業しているので、友人に都合がつかないときに相談にのっていたんだ。


 仕事が終わったので夕飯をとって、シャワーを浴びて出てきたら友人が帰ってきていた。ペットボトルの水を飲んでいる。また飲み物だけで夕飯を済ますつもりか。


「今日もなにか食べてきたの」

「うん、お菓子食べすぎてお腹いっぱいだよ」

「栄養偏りそうだな」

「うーん、朝はサラダにしようかな」

「それが良いと思う」

「君はどうだった? 勉強捗った?」

「おう。同じクラスのやつらと試験勉強する約束も取り付けたしな」

「みんなで勉強できるのは良いね」


 疲れているだろうに、俺のことで嬉しそうに微笑む友人。目があったとき、思わず口づけしそうになる。友人はシャワーに入ってくるといって風呂に行ってしまった。こんな気持ちになったのは初めてだ。友人に向かって唇を突き出していた自分に驚いていた。


 どうやら俺の気持ちは友人に気づかれずに済んだらしい。


 ソファに座ってぼんやりテレビを眺めていると、シャワーから上がってきた友人が、髪でタオルを乾かしながら俺のそばまで来て、肩に手を置くと、デコに口づけされた。慌てふためく俺を見て楽しそうに笑う友人。


「ふふ、気づいてないと思った?」


 俺が友人に口づけをしようとしていたのは、普通に気づかれていたらしい。くっそ恥ずかしい。デコっていうのがまた、お姉さんみたいな魅力を友人から感じる。


 友人に手を引かれて、ベッドに連れて行かれる。



「なぁ、これ楽しいか?」


 俺は友人の胸の中で丸まって眠っていた。友人は俺を抱きしめて、頬ずりしてくる。


「楽しい」

「そうか」

「気づいてないかもしれないけど、君はすごい可愛いよ」


 なんで、そんな明らかなお世辞を言ってくるんだろう。


「目がぱっちりしてて、顔がちっちゃい」


 それって、童顔で背が小さいってことだろ? 女じゃあるまいし、嬉しいことじゃない。


「だけど喧嘩が強くて、男前で。ギャップがあって魅力的なんだ」


 だからこそ、俺は強そうな体格と怖い顔になりたかったんだ。絶対にナメられないだろ。


「君はたくさん気の置けない友達ができたんだね。いいな。君と一番仲がいいのは俺なのに、俺だって君と同じクラスで勉強したかったのにな」


 寝入ったフリをして、俺はずっと、友人の優しい声を聞いていた。


「俺も、君の力になれるよ。信じて」


 しばらく喋らないと思ったら、友人が寝息を立て始めた。前に友人が言っていた、信じてないでしょ、という言葉の意味を知った。俺のことを、こいつなりに守ろうとしてたんだ。


 人の心のわだかまりを溶かすのがうまいこいつと、喧嘩が強い俺は、きっとお互いがお互いの弱いところを守り合って、ようやく一人前の大人なんだ。

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