第12話 クラス委員長とホスト教師はヒミツの関係

「おはよー、あれ、サラダだ。コンビニ行ってきたの?」

「うん、野菜不足って言ってただろ」


 俺がテーブルに並べたペットボトルのお茶とサラダを見て、友人が言った。こいつが寝てる間に、コンビニに行って買ってきたのだ。この学校に来る前は肌に気を使って野菜ばっかり食べていたのに、忙しさでビタミンCが不足しているだろうと思って。俺はいろんな栄養素が詰まったゼリー飲料を飲むから栄養面は平気だ。これを言うと友人に怒られる。


「今日からテスト期間だから、一人で寝ろよ」


 俺はバッグを持って靴を履く。


「えっ、やだ。抱きまくらないと眠れないんだよー」

「俺は枕じゃないぞ」


 まだ支度ができていない友人を置いて、部屋を出る。


「あ、そうだ。生徒会ガンバ。お前の試験勉強ヤバかったら、教えてやるからな。そんじゃお先」

「うん! 頑張ってくるよ。任せて!」


 友人の声が嬉しそうで、俺まで嬉しくなった。軽い足取りで校舎に向かう。今日からテスト期間。この間は部活動がないから、爽やか君も一緒にテスト勉強ができる。休み時間に授業の理解度を見たら、散々な出来だった。たぶんあいつは、授業中も野球のこと考えてる。なんか突然バットを振るみたいな動きをエアーでやるときあるし。ボールを投げる仕草をするときもある。


 理事長も頭を悩ます問題児、生徒会長が生徒会室から出てこないのだから、懐柔するには自分で生徒会室に入らなければいけない。


 もしもテスト結果が悪くて風紀委員会に入れなかったら、友人の無事を毎日祈りながら、すべて友人に任せるしかないだろう。せめて何か合ったときに生徒会の奴らをぶん殴りに行ける距離に待機できれば、こんな遠回りなことしなくていいんだけど。


 あ、友人の親衛隊に入っちゃう? 風紀委員会に入れなかったらそうしよう。他の生徒会の奴らが親衛隊を生徒会室に連れ込んでイチャコラしてるなら、友人のお気に入りとして生徒会室に潜入することができる。ただ、その状態で生徒会に何を説教できるんだって話ではある。


「だめだな、勉強がんばろ」


 教室に入ると、昨日から一転、クラスは勉強モードになっていた。ホームルーム前なのにノートと教科書を出している生徒が多い。


「おはよ」

「はよ。やべーよこいつ。めっちゃバカ」


 教科書を手に、爽やかくんに問題を出していたらしい不良は、すでに爽やかくんを赤点から救うという問題を投げ出したいようだ。


「すげえ教えるの上手いって。もっと問題出してくれ」

「交代」

「りょーかい」


 不良から俺に、爽やかくんに勉強教える係がバトンタッチされる。


「どこまで問題出したの」

「化学のここ」

「よっしゃ頼む。昨日ちゃんと勉強してきたから」

「昨日はまだ部活あっただろ? その後で勉強したのか」

「そうだな」

「宿題もあるのに?」

「うん。ちゃんとやってきた。ほら」


 宿題プリントを机の上に出す爽やか君。不良が自分がやった宿題を片手に、爽やかくんの宿題を奪い取って、回答を見比べている。


「どうやったらこんな答えになるんだよ」


 爽やかくんは、頭の後ろで手を組みながらハハハと笑った。だめだこりゃ。


 テスト期間の授業は、先生がここテストに出るといった風に教えてくれる。しかし授業終わりに質問しに行ったら、もうテスト作っちゃったから、今質問されるとテストの内容喋っちゃいそうだから勘弁してって言われた。


 放課後になって、俺と爽やかくんと不良、そしてクラス委員長の四人で机をくっつけて試験勉強をする。


「いいんちょー、こいつに問題出してくれ」


 俺はクラス委員長に爽やかくんの面倒を押し付けた。そして、俺と不良は交代で問題を出し合う。答えられなかった箇所はノートに書き留めていく。クラス委員長は根気よく爽やかくんに勉強を教えていて、爽やかくんも投げ出すことがないから、この二人で勉強をするのがベストかもしれない。


 板書を写したノートから問題を出し終わった後で、自分の答えられなかった問題をまとめたノートを不良に差し出す。


「このノートから問題出してくれ」

「おう、お前マメだな」


 答えられた問題は二重線で消しておく。こうすることで、自分の理解度が目で見てわかるようになるって訳だ。


「効果的な勉強方法を知っているんだね」


 クラス委員長に褒められた。そりゃあ、大学の試験勉強ですごい試行錯誤したからな。


「勉強系ユーチューバーが言ってたから」

「余暇はそうやって過ごしてるんだ。勉強熱心なんだね」


 勉強系の動画を見ている時間は遊んでいるようなものだが、彼のイメージでは、俺が常に勉強しているやつになっているようだ。良いように誤解されているなら、わざわざ誤解を解く必要もないな。


「お、勉強熱心だなお前ら」


 教室の入口から、担任のホスト教師が入ってきた。ホストみたいな見た目の教師だ。


「先生なんでいるの」


 爽やかくんの言い草が酷くて俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「見回り。勉強終わったら机ちゃんと戻して寮に帰れよ」

「はーい」


 先生はクラス委員長の机に手をついて、ノートを覗き込む。距離近。距離感バグってるだろこいつ。


「先生」


 クラス委員長が、手で空間を手繰り寄せるような仕草をする。


「おい待てって、こいつらの前で」


 魔法の力でホスト今日の襟首が引っ張られ、クラス委員長の顔に接近する。すると、クラス委員長が教科書で自分たちの顔を隠して、しばらくして教科書を下ろしたときにはホスト教師は開放されていて、顔を真赤にして襟を直していた。


「こんだけしたんだから、さぞいい点数取るんだろうな」


 クラス委員長に向かってそう言い捨てて、ホスト教師は、いま来たばっかりなのに帰っていった。俺は爽やかくんと不良に交互に目で訴えた。何、今の!


 爽やかくんと不良はまたかみたいな、慣れた顔してたから、クラス委員長とホスト教師がそういう関係なことは、知っていたようだ。委員長は何事もなかったかのように勉強の続きをする。ていうか、委員長のほうがリードしてるんだ。まあ、教師から手出したら大問題だもんな。今のも十分問題だけど。


「あー覚えた端から忘れてく」


 俺は椅子にふんぞり返って天井を見上げた。全体を覚えたと思ったら、最初に覚えた方をだいぶ忘れていた。最後まで覚えたら最初を忘れて、また覚えたら、っていう無限ループに入りそう。


「暗記ものは語呂合わせで覚えようぜ」


 爽やかくんが、オリジナル語呂合わせをたくさん披露してくる。無理やりすぎるものもあるが、なんか頭にこびりついて離れない。


「それで覚えとく」


 俺はノートの端に爽やかくんが教えてくれた語呂合わせをメモした。


 勉強に集中できず、ついクラス委員長の顔を覗き見てしまう。こんな真面目そうな顔で、理知的な眼鏡で、あんなことするなんて意外だな。委員長が眼鏡を拭こうと眼鏡を外した。眼鏡を外すと可愛いタイプだった。唇がふっくらしていて、アーモンド型の目に、眼鏡の縁で見えなかったけれど、涙ボクロがある。こういう女の人いるよな、っていう顔。あのホスト教師、こういう顔がタイプだったんだな。あとリードされたいタイプだったんだ。


「お前早く次の問題出せよ」

「わ、わりぃ」


 不良にシャーペンの反対側で突かれて、慌てて教科書に顔を戻す。


「いや、集中できねぇよ! いいんちょ! 馴れ初めから聞かせてくれ!」


 教科書からバッと顔を上げた俺は、斜め前に座っていた委員長に前のめりになって聞く。


「恥ずかしいから嫌だよ。ほら勉強しよう」

「お前意外とそういう話好きなんだな」


 爽やかくんがペンでこっちを指してくる。


「逆に気にならないのかよ」

「おい、試験で三位に入りたいって話は?」


 横から不良に叱られる。


「ぐ、そうだった。後で聞かせてくれよな」

「うーん、あはは」


 クラス委員長はニコニコと笑って済ませた。完全になぁなぁにされた。気になるなぁ。


「結構勉強したな」


 夕日に顔を照らされて黒板の上の時計を見ると、結構遅い時間になっていた。


「おーい、そろそろ帰れー」


 また見回りに来た先生が、ドアの前から声をかけて、そのまま通り過ぎていった。


「帰るか」


 俺らはカバンに勉強道具をしまった。爽やかくんがバッグをリュックみたいに背負っている。その格好懐かしいな。不良は不良らしく、バッグを持った手を肩に置いてバッグを背中に回している。


 四人で寮まで帰る。クラス委員長は廊下を横並びに占領して歩くのは許せないらしく、右半分に二人ずつ二列に並んで歩かせられた。真面目か。

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