第9話 風紀室からの開放

「教室まで送ろう」

「ありがとうございます」


 風紀委員長は俺と生徒会長のせいで書類作成の仕事があるので、副委員長に送ってもらう。委員長をひと回り小さくしただけで、だいたい似たようなやつだ。特に何を話すわけでもなかったが、騒がしい方向にとにかく振り向く。常に生徒を見張っているらしい。


「ありがとうございました」

「敬語はいらないよ、俺は二年だから」


 風紀委員会の副委員長は俺と同学年だったらしい。


「教室まで送ってくれてありがとう。次回が無いように気をつけるよ」

「そうしてくれ、それじゃあ」


 スタスタと去っていく副委員長。教室に入ると、ちょうど四時間目と五時間目の間だったらしい。爽やか君が駆け寄ってくる。いつの間にか、不良が席についている。


「大丈夫だったか! 散々だったなほんと。風紀委員長、超怖ぇよな!」

「優しかったよ、俺には」

「まじで? 俺んときは怖かったのに」


 こいつは何をしでかしたんだ。とりあえず自分の席につく。


「やーい、風紀委員長に大目玉食らってやんの」


 不良がケラケラ笑っている。


「こちとら被害者だっつの」


 俺は愚痴りながら席につく。


「まぁ風紀委員長に目ぇつけられたことより、生徒会長に気に入られた方が問題なんじゃね?」

「なんだ、聞いてたの」


 不良が爽やかくんの方を顎で示す。こいつが不良に言ったらしい。


「あの生徒会長、お前みたいなのにも興味あったんだな。いっつも女みてぇなの侍らせてんのに」


 そういえば、両脇を背が小さくて化粧が濃い、チワワみたいなやつで固めていたな。


「でもさ、あのあと生徒会長、お前のせいでプライドボキボキに折られたから、お前と関わる気も失せたかもな」


 生徒会長にとって宿敵らしい風紀委員長に対して、俺が生徒会長を暴力で負かしましたと言ってしまった。一瞬、生徒会長に食って掛かるところに興味を持ってくれたようだったが、惜しいことをしてしまった。生徒会室に潜入するチャンスだったのに。それに、生徒会と一緒にいたら、色々と話を聞く機会もあったかもしれない。


 ただし成果もあった。理事長がいっていた、生徒会が暴れて生徒たちが困っているというのは、ああやって物に当たるところや、提出物を滞らせているところや、とにかく自分中心に世界が回っているかのように振る舞うところを言っているのだと体感しながら理解することができた。


 理事長から相談された当初考えていた手のつけられない高校生とはだいぶ違うベクトルに突き抜けている。正直、怒ったボンボンに、「パパに言いつけてやる」とか「ボクのパパは社長なんだぞ」って言われたくらいなら、俺は年齢も身分も騙っているから痛くも痒くもない。だから、あのように感情に任せてよくわからない力で暴れられてしまうことの方が面倒だ。普通に殴りかかられるのと違って、あれでは半分飛び道具を持っているようなものだ。


 放課後になり、転校生を嗅ぎつけてきた部活勧誘を断り、ひとつ上の階に上がって友人のいう三年生の教室に行く。

 クラスメイトたちから、すごい囲まれている。


「おーい。帰ろうぜ」


 教室の扉の前から大きい声で呼びかける。


「あ、きたきた! 大丈夫だった、あのあと」


 友人が俺の方に駆け寄ってきて、囲いの奴らは友人に絡みついて着いてくる。


「その後ろの人たち、どこまで着いてくるの」

「なんかね、俺の親衛隊ができたんだって。ファンクラブみたいなものらしいよ」

「はえー、アイドルみたいだな」


 揃いも揃って、俺のことを敵視しているようだ。どこの馬の骨だと言わんばかりの目をして睨んでくる。しかし、こんなに着いてこられると、生徒会系の話はしづらい。

 寮の部屋につくと、一緒に上がろうとしてきた。


「やめろ、お前ら。部屋まで入ってくんなよ」

「送ってくれてありがとう。また明日」


 友人がドアに手をかけて、さり気なく親衛隊を帰す。上手く言うもんだな、と感心する。ようやく二人きりになり、ソファに向かい合って腰掛けて今日の報告をする。


「あのあと片付け任せて悪かったな」


 昼にトラブルになったとき、生徒会長がぶちまけた料理をウェイターと一緒に片付けてもらった件だ。


「ううん、ウエイターの人に止められたんだよ。お手が汚れてしまいますって。私はこれが仕事だからいいんですって言ってた」

「そっか。本当に高級レストランの対応だよな。マジで申し訳ない」



 高いレストランでは、フォークを落としたときに自分で拾ってはいけない。手を上げてウェイターを呼び、新しいものを持ってきてもらうのがマナーらしい。


「風紀委員長と話した?」

「ああ、なんか可愛くて頭なでてから、いまこいつより年下じゃんって思って慌てた」

「うっかりさんじゃん」


 友人が破顔した。あとは風紀委員長が怖がられていることや、俺はそうは思わなかったこと。そして生徒会長に迷惑を掛けられていることを友人に教えておいた。


「生徒会が悪い方に変わってしまったから、風紀委員会は怒っているんだね。じゃあ魔法が使えるようになる前は、仲良かったのかもね」

「聞かなかったけど、そういうことかもな。やることさえやっていれば、怒るような人には見えなかったし」


 風紀委員会はまともな人たちに見えた。


「お前の方はどうだった? 生徒会に絡まれなかった?」

「うん、生徒会の人たちは教室に来なかったよ。授業も受けてないし」

「そういえば、仕事するから授業受けなくていいって聞いたな。だけど、仕事してないんだろ。生徒会室で何やってるんだろ。そうだ、お前の親衛隊って結局なんなの」

「ファンクラブみたいなものだよ。親衛隊長と親衛隊副隊長がいるんだって。たまにお茶会をするらしくて、俺も参加してほしいらしいよ」

「お茶会? 隠語か」


 お茶会という名の乱交パーティーだろうか。


「何言ってるのさ。お紅茶を飲みながらお茶菓子を頂いて、楽しくお話するみたい。そういえば、生徒会以外で親衛隊がいるのは珍しいことらしいよ」

「じゃあ生徒会のやつらもお茶会してるのか。もしかしたら、生徒会室はエブリデイお茶会なのかもな」

「でも、副会長すごくやつれてたよね。会長はああだし、もしかしたら会長がサボってるしわ寄せが副会長とかに来ているのかもね」


 初日に見た生徒会副会長のやつれて目の下に隈ができた顔を思い出す。


「その辺は直接見てみたいな。生徒会長と副会長以外の奴らからも話を聞いてみたいし。ただ、俺もう嫌われたかもしれないからな」

「生徒会室に来いって、生徒会長が言ってたじゃん。あのときは宿敵の風紀が来たから帰っちゃったかけど、また機嫌直したら呼んでくれるかもよ」

「そうか? 俺、生徒会長のプライドずたずたにしちまったけど」

「そういえば、生徒会は人気投票で決まるらしいよ。あとは生徒会長の指示で選ばれたり、生徒会から解雇されたりすることもあるみたい」

「なるほどな。生徒会室に潜入するには、生徒会長に気に入られるか、あるいは」

「あるいは?」

「ブラックカードキーで勝手に侵入して、どっかに隠れて生徒会を観察する」

「そんなスパイみたいな器用なことできるかな。バレたら一巻の終わりだよ」

「冗談だよ。夕飯はコンビニで買おうぜ。昼のアレで、食堂に行くのはちょっと気まずいし」


 食堂には、ウエイターや生徒たちから忘れられたころにまた行こうと思う。

 仕事の依頼で、すっかり夜遅くなってしまった。コンビニが24時間開いているタイプであることを祈り、たまに24時間じゃないこともあるから、そうしたらちゃんと開いていた。入り口に見覚えのあるライオンヘアーがいた。生徒会長だ。


「げっ」

「うっそ」


 思わず隠れてしまう。生徒会長ともあろう人が、コンビニでエナジードリンク買って、袋はいらないって言って、シール貼ってもらったエナジードリンクを手に持って歩きながら飲んで去っていく。


「仕事してないって言われてたけど、忙しそうじゃない?」

「おう、仕事立て込んでるときの俺みたい」

「俺と一緒の部屋になったからには、毎日きちんと夕飯とってもらうから」

「へーい」


 コンビニに入って、店内で作ったと書いてあるおにぎりと、あまり大きくないシーフードのカップ麺、さらに野菜ジュースをかごに入れる。そしたら友人がパスタの入った主食になるサラダと、ヨーグルトドリンク、それから80%のビターチョコをカゴに入れた。


「ビターチョコ食べてからご飯食べると、太りにくいらしいよ」

「まじで? やってみよう。一個ちょうだい」


 あまり高い買い物はしなかった。結局は食べ慣れたものに落ち着いてしまうらしい。店員から買い物袋を受け取る。

 どうして生徒会長はコンビニで買い物をしているのだろう。彼の真剣な横顔が、とても昼間の俺様何様生徒会長様と同じ人物には見えなかった。


 もやもやと考えながら、友人と共に寮へ戻る。ただ少しずつ、ここでの依頼が進んでいる感覚を得ていた。

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