第8話 俺様生徒会長と俺のオムライス

 ん? なんかみんながざわざわしている。生徒たちは学食の入り口を見ているみたいだ。


「なんだろ」

「生徒会が来る」


 爽やかくんも俺と一緒で食事の手を止めている。その後、ひときわ大きい歓声が上がって、目立つ人たちが、両脇に可愛い生徒を連れて入ってきた。一人だけ、見たことのある顔。副会長が、ゴツい生徒に両脇を固められて、すまし顔で入ってきたのだ。


「ほら、あれが双子」


 たくさん人が集まっている入り口に、明らかに同じ顔のやつがいる。デカいツリ目で背はふつうくらい。あ、八重歯が見えた。なんかメガネザルと猫を足して割ったみたいな顔の双子だ。これは褒めている。メガネザルってかわいいよな?


 ライオンのタテガミみたいな髪型をした王子様のような生徒が、手でしっしとすると囲いが散っていった。たぶん会長だ。そいつが副会長に話しかけて、副会長がこっちの方を指さした。いや、まだ勘違いかもしれないので、オムライスに視線を戻す。


 靴の裏にスパイクでもついてんのかってくらいデカい足音を立てて、こっちに近づいてくる。さっき爽やかくんが、生徒会は二階って言っていた。階段はこっちじゃないから、確実に生徒の誰かに用があるんだろう。


 足音が俺らの真横で止まる。


「おい、お前らが転校生か」

「はい」

「そうだよ」


 こいつ目つき悪っ! てかあまりに顔が整いすぎて、高校生に見えない。モデルかな?


「ふん、可愛い顔してんな。生徒会室に来い」

「え、いいの?」


 くそっ、友人がつかまってしまった。生徒会に侵入できるのはいいチャンスだが、一人で差し向けるのは心配だ。


「ああ、ふたりで来い」

「へ? 俺も?」


 意外すぎて面食らってしまった。俺みたいなのを侍らせて楽しいのか。


「こいつのお気に入りらしいからな」


 会長が腕を組んだ状態で副会長を指さした。気に入られてたのか。ああ、そういえば来たときに気に入った、みたいなこと言ってたな。じゃあ、ありがたく生徒会にお邪魔しようと思ったが、周りの視線が痛い。


「なに、あいつら」

「どうやって取り入ったの」

「絶対に許せない」

「最悪、抜け駆け」


 すごい言われようだ。こんな目立つところで承諾するのは危険かもしれない。とりあえず今は断ろう。友人に目配せすると、友人も小さく横に首を振っている。


「断る」


 そう言った瞬間、友人に小突かれた。


「そんな言い方したら、あとで生徒会室に入れてもらえなくなっちゃうよ」


 小さい声だが、友人はとても怒っている。言い方を間違えたらしい。取り繕うと会長を見上げたら、会長がイライラ顔で手をテーブルにかざして、なんかすごいことが起きてテーブルが吹き飛んだ。


 ガッシャーン!


 テーブルや食器が転がり、音が食堂中に響き渡る。


 こいつ、魔法使いやがった。俺のオムライスも、友人と爽やかくんが頼んだよくわからない料理も、まだ残ってたのに床でぐちゃぐちゃになってしまった。


「おい、てめえ! 食い物を粗末にするなって、教わらなかったのかよ!」


 よっ、に合わせて会長の腕をひねる。ひねっただけのつもりが、会長の体が空を舞って、思った倍のスピードで床に叩きつけられた。え、こいつ軽。


 びっくりして自分の手を見てしまった。二人の方を見たら、爽やかくんが、あちゃーみたいな顔をしているし、友人は額に手を当てて頭が痛そうにしている。


「違うんだ。ちょっと腕を捻ってやろうと思っただけで。まさか投げ飛ばそうだなんて」


 周囲が悲鳴を上げていたのだが、今は存在を察知されないように気配を消そうとしている。巻き込まれたくないんだろう。

 会長の背後に禍々しいオーラが見える。俺は席を立って適度に距離を取り、身構えた。起き上がった会長は、顔をあげて髪をかきあげた。


「俺をこんな目に合わせるやつ初めてだ。気に入った」

「はい? あー、ありがとう」


 あんまりにガン見されるものだから、視線をそらして場をしのごうとする。この静寂を切り裂くように、入口の扉がガラッと開いて腕に腕章を巻いた風紀委員たちが入ってきた。


「おい生徒会長! 転校初日の生徒にまで乱暴するなんて、本当にどうしようもないクズだな」


 精悍な顔立ちの生徒が、生徒会長を叱る。


「おうおう、風紀委員長さん。また性懲りもなく来やがったのか」


 生徒会長がツカツカと風紀委員長の方に歩み寄っていく。


「生徒から通報があった。転校生をぶっ飛ばしたらしいな」


 なにか言いたそうな顔をする生徒会長。どこで話がネジ曲がったのかしらないが、俺が生徒会長をぶっ飛ばしたのだ。しかし、生徒会長が自分から、俺が被害者だということはないだろう。プライドが許さなさそうだし。しかたない、謝るか。


「すみません風紀委員長、それは違います。生徒会長に絡まれたので、俺が会長を投げ飛ばしました」

「そうやって言うように脅されているのか?」


 風紀委員長は鉄仮面という言葉がとても似合う。仏頂面というほどムスッともしていなくて、感情が『無』って感じだ。


「脅されてないです」


 風紀委員長に他の風紀委員が耳打ちして、頷いている。


「事情は把握した。反省文を描いてもらうから、二人とも風紀室に来るように」


 二人とは、俺と生徒会長のことだ。


「俺様に反省文を書かせるつもりか」

「食堂で暴れまわったのは貴様だろう」


 風紀委員長が、ひっくり返ったテーブルと、片付けをしているウエイターを指差す。本当にウエイターには申し訳ない。


「わりい、俺ちょっくら行ってくるから、片付け手伝ってくれ」


 俺は友人と爽やかくんに頼んだ。本当は俺がウエイターと一緒に片付けるべきなんだが。


「オッケー」

「こっちは任せて」


 爽やかくんは眉を下げながらもニコニコと笑っていた。ちょっと心配といった顔だ。


「てめえに提出しろって言われてる書類が滞っちまうなぁ」


 生徒会長はニヤニヤと笑いながら、首をゴキゴキと回している。


「いつお前が書類を書いたっていうんだ。全部他の生徒会役員にやらせているだろう」


 にらみ合いで火花が散ってる。このまま平行線になるかと思ったら、生徒会長たち生徒会一行は、勝手に帰っていった。だから俺だけで風紀委員室に行くことになってしまった。だいたい、あいつが喧嘩売ってこなかったら、こんな目に合わなかったのに。


「転校早々に迷惑をかけて申し訳ない。形式的なものだから、あまり気にしないでくれ」


 顔は怖いが、俺がこの学校を嫌いになってしまわないかと心配してくれているようだ。風紀委員長が少し前を歩いて、俺がその後ろをついていく。髪を切ったばかりなのか、うなじが綺麗に剃られている。きれいな後ろ頭を眺めながら、風紀室まで着いた。ずっと横に、他の風紀委員が着いてきていた。みんな黒髪短髪で、同じような強面をしている。


 ガラステーブルにニセ皮のソファ。一般的な学校の設備だ。なんかとても落ち着く。ソファに腰掛けて、風紀委員長に渡されたプリントに、学年や名前、状況などを書いていく。今後はどうしていくかという欄には、喧嘩を売られても買わない、そう書いておく。


 風紀委員会側でも書くものがあるらしく、質問されるままに答えていった。


「委員長は生徒会長と仲が悪いんですか」

「私が嫌っているわけではない。昔の生徒会長は仕事に熱心な男だった。しかし、魔法が使えるようになってからというもの、真面目にやるのが馬鹿らしくなったのか、仕事をサボり、書類の提出を怠るようになってしまった」


 生徒会が作成した書類が、風紀委員会に渡り、判が押されて教員に渡るらしい。あの俺様生徒会長に催促するのは骨が折れるだろう。


「書類の提出が遅れるということは、先生たち及び、生徒たちにまで迷惑が及ぶ。生徒会の提出遅れによって学校行事が延期になることを、我々風紀委員会は危惧しているんだ」


「風紀委員長は、とても真摯に委員会に取り組んでいるんですね。とても生徒思いで」

「しかし、生徒たちには距離を置かれてしまうんだ。どうやら怖がられているらしい」

「顔が怖いから」

「やはり怖いか。上手に笑えないんだ」

「ちょっと笑顔作ってみてくださいよ」

「こうか」

「いや、顔変わってないですね」


 委員長の横に座って、笑顔の作り方を教える。


「口の端のちょっと外側の上に指をおいて、上にぐっと持ち上げるんです。するとハリウッドセレブみたいな笑顔になれるらしいですよ」


 あんまりに下手くそだから、委員長の顔に指を添えて、こう、こうです、と動かす。


「ふっ、かわいい」


 つい頭をワシャワシャと撫でたあと、あっ今の俺はこいつより年下の設定だったと思い出す。


「すみません、つい」

「いや、構わない。こんなに気兼ねなく話せるのは君だけだ」


 髪を直すわけでもなく、風紀委員長はこちらをまっすぐ見た。


「マジですか、光栄です」

「ぜひ、うちの委員会に入ってほしい。成績順に選ばれるから、試験に受かって転校してきた君なら入れるだろう」


 テストの成績で風紀委員会に選ばれるらしく、拒否権はないらしい。ようは、勉強頑張れと叱咤激励されているのだろう。

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