第7話 数年ぶりの体育
基本的に教室で座学だったが、四時間目は体育だ。
「まだ体育館の場所わかんないだろ。一緒に行こうぜ」
爽やか君に連れられて体育館に行く。一旦校舎の外に出て、体育館へ着いた。いつの間にかいなくなっていた不良は、体育館にも来ていなかった。
「さっきのやついないけど」
「サボりだな」
爽やかくんが言う。
上下ジャージの体育教師が腰に手を当てて、笛を吹いた。
「集合!」
集合の合図に倣って、俺たちは整列する。背の順に並ぶのに、一番前のやつと俺の身長が同じくらいだったから、俺のほうがちょっと高いと言って、二番目に並んだ。そうしたら、三番目のやつが僕のほうが小さいかも、と言って代わってくれたから、俺は三番目になれた。満足だ。
今日はバスケをやるらしい。まず体育館の中を大きく円を描くようにランニングする。お金持ち進学校だけあって運動が得意な生徒は少ないらしく、最後の方は先生に活を入れられながら、脇腹を押さえてダルそうに走る生徒も結構いて、十周走る頃には、周回遅れの生徒を追い抜いてしまう。
今のうちに運動しておかないと、二十歳を過ぎたら突然体が衰え始めるから、みんなには頑張ってほしい。
走ったあとは、準備運動、それからペアを作ってストレッチだ。身長の近いやつとペアになって、片方がストレッチをしているときに、もう片方が押してやる。
俺のペアはすごく体が硬かった。俺が背中を押すのに抵抗しているのかと思うくらい、長座体前屈が、ほぼ直角くらいまでしか曲がらない。俺も人のことは言えないけど、更に酷い。
次は体育倉庫からバスケボールの入ったカゴとビブスを運んでくる。最初はシュート練、そしてグッパーで半分に分けて、試合形式でバスケする。
「ヘイ、パス!」
背を低くして、隙間を縫って走り抜けて、ゴール近くにいる高身長のやつにパス! 爽やかくんが向こうチームのゴール前に立っていて、弾き飛ばされた。
パスをもらったり、シュートを決めたやつとハイタッチしたり。バスケなんて高校以来だ。思い切り体を動かすと、本当に高校生になってしまったかのように体が軽く感じる。メンバーを交代して、体育館脇に座って試合を眺める。
「お前、運動神経いいんだな」
爽やかくんが俺の背中をバシバシ叩いてくる。
「マックスの力出した」
調子に乗って頑張りすぎた。暑さを逃そうと、ジャージの裾をバタバタさせて涼む。
「部活に入る気ないって言ってたから、まさかあんなに動けるなんてな」
「お前、疲れてないの」
「おう、まだ平気」
ニカッと白い歯を見せて笑う爽やか君。若いっていいな。てか金持ちって歯が白いよな。ホワイトニングしてる?
体育が終わったので水道で水を飲もうと思ったら、この学校にはそんなものなかった。理事長から受けとったブラックカードも制服に入れて教室に置いてきてしまったからコンビニで買うこともできない。しかたなく教室まで戻って制服に着替えた。他の生徒はダラダラ体育に参加していたから、終わっても涼しげな顔をしていた。
「あー腹減った。混む前に飯行こうぜ」
「おう。あ、三年のとこ寄ってくけどいい?」
もうこの爽やかくんと一緒に行動するのがデフォになってしまった。エレベーターでひとつ上の階に登って、友人の教室を覗く。最後列の廊下側に座る友人は、図体のでかい野郎に囲まれている。なんとなくムカついて廊下の外から友人を呼び出す。
「昼飯行こうぜ」
「うん!」
本当は上手くやれてるか聞いたら別々に昼飯を食べても良かったが、なんかベタベタ触られてたから昼飯に誘ってしまった。
「君は?」
「こんにちわっす」
友人が俺の隣りにいた爽やかくんを見つけて、ニコニコしている。
「友達できて良かったね」
「お前は?」
「みんな仲良くしてくれてるけど、まだ決まった友達はいないかな」
「どういう関係なんすか」
「幼馴染」
なぁなぁ、と爽やかくんが俺を肘でつついてくる。
「めっちゃ美人じゃね」
俺に耳打ちしてくる爽やかくん。
「へー。年上がいいの?」
「あ、いや。俺は同い年がいいかなー」
なんだ、急にモジモジして。
一階に降りたら不良がコンビニ前にいた。
「おーい、一緒に飯いかない?」
俺が不良を呼び止めると、不良は一瞬、横にいる友人の顔を見て誰だこいつみたいに目を見開いたあと、すぐそっぽを向いた。
「あんな高い飯に払う金ねぇよ。てめえら金持ちとは違ってな」
そう吐き捨てて自動ドアから外に出ていく不良。
「あいつ他の中学から上がった編入生なんだよ」
爽やかくんに聞いたのだが、あの不良は中学から編入してきたので、エレベーター方式で上がってきた生徒と違って、頭の良さで入ったらしい。だから中流家庭の子供で、食堂の高いランチを食べることはできないと。俺も理事長から経費をもらっていなかったら、絶対にコンビニ飯だっただろうから、とても気持ちがわかる。
「あいつ、昼休みは植物園にいるんだ。体育サボってるときもそこ」
爽やかくんが教えてくれる。あいつ、典型的な一匹狼タイプの不良なんだな。雨の日に捨て犬拾ってそう。
「植物園があるの? 行ってみたい」
「っす、場所教えましょうか?」
「ひとの幼馴染ナンパすんな」
爽やかくんを小突く。
「そんときはお前も一緒に行こうぜ。南の島の木があるんだよ」
俺に向かって笑顔で言う爽やか君。したたかに見えて、実は何も考えてないだけかもしれない。
食堂前に着くと、今日は両開きの扉が開いていた。シャンデリアの下がったきらびやかな空間が見える。普通の学校の食堂はパイプ椅子と折りたたみテーブルみたいなイメージだが、しっかりレストランの内装をしている。窓も教室の窓と違って、絵に描いた窓みたいに、十字の木枠がはまっている。
一番目につくのが、階段があって、二階席があることだ。真ん中の天井は2階分の高さがある。奥の方にある厨房からいい匂いが漂ってくる。
「二階席は普通の生徒は入れないんだ。生徒会用なんだぜ」
「わざわざ席分けてるのか」
おれは2階席を見上げた。生徒会は生徒たちを見下ろしながら食事をするということか。ふつうは1階席の方が移動しやすくて楽だと思うんだが。
「昔かららしい」
「二階に上がったらどうなるの?」
友人がいたずらっ子の顔で2階席を指差す。
「滅多打ちにされるっす。生徒会の人たちって魔法も強いんすよ」
首をすくめる友人。いや、滅多打ちって怖いな。
「てか同じクラスに生徒会いた?」
俺は友人に聞いてみる。3年生のクラスなら生徒会役員が多いと思ったからだ。
「いたけど、生徒会だけじゃなくて、風紀委員会もだけど、授業が免除されるらしくて。会うことはできなかったよ」
友人は副会長と同じクラスだったらしい。
「うちのクラスにも生徒会いるぜ」
「いた? 他に空いてる席あったっけ」
全く覚えていない。
「廊下側の真ん中あたり。生徒会役員っていって、役職がないヒラのやつがいるんだよ。双子で、隣のクラスに同じ顔のやつがいて、そっちも生徒会なんだぜ」
隣のクラスにいる双子の片割れは、生徒会書記だという。双子のお兄さんが役職をもらって、弟は我慢させられたからヒラらしい。同じ日に生まれたのに兄も弟もあんまり関係ない気がするけど。
「いらっしゃいませ。お水をお持ちしました。こちらメニュー表になります」
ギャルソンエプロンのお姉さんが俺たちの席まで来た。この時点で普通の学食とは違う。メニュー表には値段も写真も載っていない。おしゃれフォントの謎料理名が連なっている。
「俺はこれにしようかな。二人は決めた?」
「お、俺はこのオムライスにしようかな」
もう、これしか読めない。
「迷うなぁ。ねえ、どれがおすすめ?」
「ええと、これっすかね」
友人の喋りの旨さに俺は舌を巻いた。きっと友人もなんて書いてるかさっぱり読めなくて、迷ってるふりをしておすすめを聞いたのだ。俺もそうすればよかった。特に好物でもないオムライスを食べる羽目になった。
注文してしばらくすると、頼んだものがテーブルに運ばれてきた。オムライスはふわとろのやつだ。美味そう。友人のところには大きな皿の真ん中にだけ肉のかけらがあって、周りにソースが回し掛けられているやつ、爽やかくんのところには具がゴロゴロ入ったスープと米が運ばれてきた。多分カレーじゃない。
オムライスの半熟卵と中の米がいい感じに絡み合って、いくらでも食べれてしまう。ついいつもの癖で、スプーンでガツガツ食べてたら、隣からティッシュで口を拭かれた。
「こういうところでくらい、良く噛んで食べて」
「ははっ、子供みてぇ」
そう言われると、大人しく食べないと負けな気がしてくる。ちゃんとよくかんで食べる。30回噛めってよくいうけど、途中でなくなるよな。
「すごい柔らかいよ」
友人がフォークとナイフで小さい肉のかけらを切って、嬉しそうにこっちを向いた。一口食べて、うんうん頷く。
「なに肉だった?」
「分かんない」
小声で聞いたら、小声でそう返された。ただ、美味しいらしく、ひとくちをいつも以上に時間を掛けて味わっているようだ。
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