第6話 転校初日、爽やかくんと不良
学校から借りた指定の学生鞄に、昨日もらった教科書を詰める。筆記用具も持った。
「白い方のカード、持った?」
「やっべ」
「危ない、部屋に帰ってこれなくなっちゃうよ」
そうだ、ひとつの部屋を使っているから、俺の生徒証だけが、部屋の鍵。友人のカード キーは生徒証の役割しか持っていないんだ。
「それじゃ、いってきます」
「いってきます」
エレベーターが生徒で混んでいる。ロビーから教室までは、金持ちオーラが全身から出ている生徒がたくさんだ。教員室がある階までエレベーターに乗り続ける。他の生徒は各学年の教室がある階で降りていった。俺たちは、それぞれ担任と一緒に教室に行って、挨拶をすることになる。
職員室前に行くと、廊下にカバンを置いてから職員室に入る。今日もホストみたいな髪型とスーツの柳田が、椅子を回転させて振り返って、片手を上げて声をかけてきた。今度は黒い細身のジャケットの中に白いベストを着ている。軽く頭を下げて、柳田の方に行く。友人は自分の担任がいる方まで歩いていった。
「おはようございます、先生」
「よし、いまホームルームの準備するから、ちょっと待ってな」
柳田の机の前で待たされている間、柳田はコピー機の前でプリントを印刷して、マイチョークを持って、よし行くか、と教員室を出た。俺もついていく。気がついたら友人と彼の担任はいなかった。もう教室に行ったんだろう。廊下に出てカバンを持って、柳田と2年生の教室まで行く。
「呼ぶまで、ここで待ってて」
「はい」
「ぁい、おはよー」
柳田だけ教室に入っていく。俺は廊下で待機だ。転校生が来るという言葉に、湧き上がる教室。緊張する。勝手に面白くて勉強ができてスポーツも得意みたいなやつを想像されてはいないだろうか。俺が入ったら、ちょっぴりがっかりされるんじゃないか。この緊張感は、親の転勤でアメリカから帰国してきたときに転校した、あのとき以来だ。友人と初めて出会った瞬間でもある。
懐かしい小学生時代を思い出しているうちに、俺の名前が柳田から呼ばれて、ハッとする。背筋を正して、教室の扉を開けた。ざわざわする教室。緊張で手と足が一緒に出そうだ。柳田に言われて、教壇で挨拶する。
生徒の中に、友人みたいに化粧をした中性的なやつが数人いる。今どきはこれが普通なのか。それなら友人もクラスに溶け込めているだろう。安心だ。
「はじめまして。これからみなさんと一緒に授業を受けます、よろしくおねがいします」
色々あいさつを考えてはみたが、あんまり尖ったことを言って今から孤立したくないし、無難なことしか言えなかった。生徒たちの反応もごく普通で、俺はこんなもんかと拍子抜けした。二度目の高校生活だからって、強くてニューゲームにはならないんだな。
「席は一番後ろの開いてるところな」
席と席の間を歩いて後ろに行くと、席は2つ開いている。同じ列の短髪で背の高い生徒が、こっちこっち、と自分の隣の席を手で叩いた。言われたとおりに座って、カバンは机の横についたフックにかける。まっすぐ正面を見ると黒板があって、前方にたくさん生徒が座っていて、自分の通っていた学校ではないのにノスタルジックな気持ちになった。
「えーそれじゃあ、はいはい、静かに。珍しいのは分かるけど」
プリントが回ってくる。前の席のやつが、振り返ったときに物珍しそうにガン見していった。どうやら今は中間テスト間近らしい。プリントにはテストの日取りと、部活動ができないテスト期間はいつからいつまで、と記されている。
やばいな。一応、俺は転入生なので、二年生の一学期前半の授業は前の学校でやったことになっている。しかし、実際は何年も前のことになるので、正直、こんな短い期間でテスト範囲を見返すことさえ難しい。この際、テストの結果は諦めて、理事長からの依頼に全力を注ごう。そうすれば、もしかしたら依頼がトントン拍子で解決して、テストが帰ってくる前に学校とおさらばできるかもしれない。
クリアファイルを持っていないので、真ん中で畳んで机にしまう。柳田が関係のない話をアレコレしているのをぼんやり聞く。学校の先生ってどうやって毎朝の雑談ネタ用意してるんだろう。暇になって、ついキョロキョロ周りを見てしまう。
「はい、じゃあ委員長、号令」
話し終えた柳田が、クラス委員長に指示を出す。
「規律、気をつけ、礼」
ありがとうございました、と全員で挨拶してお辞儀する。柳田が教室を出ていき、生徒たちも思い思いに立ち上がって歩き回る。
「なあ転校生、野球部入らないか」
隣の短髪で筋肉質な爽やか君が、座ったまま俺の方を見ている。こいつ、野球部だったのか。ぽい体格してるな。
「いや、俺は部活動に入る気はなくて」
「まじかー。いや、この学校、進学校だろ? 部活入る生徒が少ないから、野球部はもう基礎トレとキャッチボールしかできないんだよ」
それは可哀想に。
「野球が強い学校に入れば良かったのに」
「いや親がここしか駄目って言うからさ」
教育ママなのかもしれない。これ以上家庭の事情に踏み込みたくないので、話を変えよう。
「この学校って治安いい?」
「ふつうじゃね」
「そっか。あんたも魔法使えるの」
「おう! こう野球のボールが、ギュンって曲がるんだよ」
「野球オンリーの魔法?」
「分かんねえけど、それ以外使い道がないんだよな。俺の魔法」
つまり、野球少年はめっちゃ強いカーブを投げることができる、けれど部員が足りないから試合には出られないと。恵まれた肉体も力の持ち腐れって感じで、なんかもったいない。
「昨日、生徒会の副会長に門から校舎まで案内してもらったんだけどさ」
「えっ、なんかされなかったか」
なんかは、された。突然キスされた。人様に言うものではないだろうから黙っておく。
「生徒会怖いよな。強い魔法使えるからって、好き放題暴れてさ」
そっちの話か。確か理事長も、生徒会が暴れているって言ってたな。もっと深堀して聞いてみるか。
「俺は何もされなかったけど、そんなにやばいの」
「そりゃもう。弱い者いじめするんだよ。お前小さいから、気いつけろよ」
悪気なく俺の身長をディスってくる。爽やかに笑いやがって。
「腕っぷしには自信があるから、ご心配なく」
「生徒会は親衛隊も怖いから気をつけろよ」
「親衛隊ってなに?」
「ファンクラブだよ。小型犬みたいに、ちっこくてかわいいんだけど気性が荒いんだ」
生徒会に歯向かうものには噛み付いてくる、と爽やか君は付け足す。ていうかさっきから小さい小さいって、お前がでかすぎるだけだろうが。座ってても分かる、足が長すぎて持て余している。
「あ、来た来た。よぉ! おはよう」
爽やかくんが俺の向こうに手をふる。振り返ると、昨日寮の隣の部屋から出てきた不良がブレザーの前を開けてノータイで教室に入ってきた。こいつ同じクラスだったのか。
「うっせ。毎日挨拶してくんな」
そう吐き捨てて、どっかり俺の隣の席、さわやかくんの反対隣に座った。机に足を載せて、あまりに態度が悪い。
「同じクラスだったんだな」
声をかけると、不良がじっと俺の顔を見てきた。
「誰?」
「転校生だよ。寮が隣の部屋の。昨日柳田先生が来ただろ?」
あのときの経緯を話すと、眉をひそめる不良。
「あー、そういう。いいか転校生。俺が授業中に寝てようが、授業をサボろうが、うるさく説教垂れたら殺す」
ひえっ、将来黒歴史確定の厨ニ野郎(高校生)じゃん。
「寝てても起こさないよ」
「こいつ、寝てても頭いいんだぜ」
爽やかくんが不良を指した。手で払いのけるような仕草をする不良。
「この成りで?」
「てめぇ喧嘩売ってんのか!」
急に怒鳴るじゃん。俺はまぁまぁ、と手で制した。
爽やかくんは今度は俺のことを指差す。「転校生、喧嘩強いらしいぜ」
「しーっ!」
このタイミングでいうことじゃないだろう、この脳みそ野球野郎が。心の中で吐き捨てる。めっちゃ不良ににらまれてる。すごい首の角度でメンチ切られてる。いつ殴りかかられるかと、不良から目が離せなくなってしまった。
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