第八話 第3階層


 第2階層は第1階層よりもだいぶ広かったが、それでも無事に第3階層に続く入り口を発見した。


『第3階層からがダンジョン』という言葉がノービスの冒険者の間では言われている。


 第3階層からはランク2のモンスターが出現するようになり、ダンジョンの難易度が大幅に跳ね上がる。


 そのため、第1階層や第2階層を順調に突破して自信をつけた冒険者が第3階層で油断して大怪我をするという事が少なくないらしい。


 冒険者ギルドのお姉さんの説明によるとノービスのダンジョンでの死亡者の半分は第3階層で死んでいるらしい。


 因みに、第3階層の次に死亡率が高いのは第6階層で一気に難易度が跳ね上がるらしい。


 それでも第3階層より死亡率が低いのは、多くの冒険者が第5階層まで攻略した時点で別の大都市にあるダンジョンに移動してしまうかららしい。


 第3階層に入るとそこは洞窟ではなく森のフィールドとなる。


 洞窟と違って四方を敵に囲まれる危険があるため、立ち回りには気を付けないといけない。


 これも第3階層が死亡率が高い理由の一つだろうと思う。


 洞窟内であれば前後にだけ気を付ければよいが、森の中であれば前後左右全てに気を配らないといけない。


 また、音が遠くまで届くためモンスターが音に誘われてやってくる可能性も洞窟に比べて高くなる。


 今までと同じ戦いかたをしていると足元をすくわれてしまうという事だ。


「クンクン...黄金の果実の匂いがするわ。ジーク急ぐのよ!」


 森のフィールドになった事でハンナが興奮しながら肩をバンバン叩いてくる。


 残念ながら第3階層ではまだトレント系のモンスターが出る事は無いため果物は手に入らない。


 ただ、これをハンナに伝えるとめんどくさそうなので黙っている。


 当然のことながら黄金の果実の匂いが届くなんて言うのも気のせいだ。


 三階層からはランク2のモンスターが現れるようになる。


 しばらく森の中を歩いていると巨大なオークが現れる。


 身体は熊くらいの大きさがあり、手には鉄の金棒を持っている。


 オークやブルオークと違い全身に分厚い毛皮を纏っている。


『ジャイアントオーク』はランク2のモンスターで圧倒的な巨体と高い能力値を誇るモンスターだ。


 巨体が一瞬消えたかと思った瞬間に恐ろしい速さでこちらに詰めてくる。


 右に飛んでジャイアントオークの突進を躱すと、急ブレーキをかけながらこちらに金棒を叩きつけてくる。


 ただ突進するだけのブルオークとは大違いだ。


 地面すれすれまで体勢を下げ金棒を回避する。


 少し距離を取ろうとその場を飛びのくと、次の瞬間に激しい音と共に地面が揺れる。


 音のした方に視線を向けると俺が一瞬まえまでいた場所に小さなクレーターができている。


 俺が金棒を躱すために相手から視線を外した瞬間に金棒のスイングを止めて、上から下に叩きつける攻撃の切り替えたのだろう。


 こいつはただ力強く俊敏であるというだけではなく、今まで戦ってきたランク1のモンスターと比べて明らかに戦い方が巧くなっている。


 単純な力や速さならまだ俺の方が上だろう。


 それなのに攻め込む隙が全く無い。


 冒険者ギルドの受付で『1層目や2層目を順調に突破して自信をつけた冒険者が3層目で油断して大怪我をするという事が少なくない』と聞いていたのに、俺もまた心の中に油断があったのだろう。


 加速度的に上昇し続けている能力値に慢心していたのかもしれない。


「ふぅ。」


 落ち着かせるために軽く息を吐く


 普段軽口を叩くハンナが黙ってしまっている。


 俺は剣を持つ手に力を籠める。


 そして、相手がこちらに飛び込んでくるそのタイミングで俺も全力で相手に飛び込む。


 正面からあたればこちらが力負けするだろう。


 だから俺は相手に飛び込みながらも相手の周りを縦横無尽に飛び回る。


 小柄ゆえの利点を活かし残像が残るほどの速さでジャイアントオークの周りを飛び回る。


 そしてショートソードで何度も何度も毛皮の上からジャイアントオークの全身を切り裂いていく。


 ジャイアントオークの強固な肉体はショートソードの刃を容易に深くは通さない。


 皮膚を微かに裂くような傷だがそれを何十回も何百回も繰り返してく。


 どれだけ繰り返しただろうか、ジャイアントオークの身体は全身から染み出た血で真っ赤に染まり地面にまで血の水たまりを作っている。


 そしてついにジャイアントオークが逃走を図ろうとして隙を見せた。


「スラッシュ」


 俺はその隙を見逃すことなくジャイアントオークの首筋に背後からスラッシュを叩きこむ。


 それが致命傷となったのか、ついにジャイアントオークの巨体が地に倒れ伏し動かなくなる。


「流石にこれはきつかった」


 全身から滝の様な汗を流しながら、疲労の為か地面に尻もちをついて座り込んでしまう。


「やったわね」


 どこから拾ってきたのかハンナは木の枝を片手にジャイアントオークの亡骸にツンツンとつついている。


 3層に来て早々だが、今までにないくらい疲れる戦いだった。


 これで得られる能力値はゴブリン5匹分くらいしかないというのだから割に合わないと思う。


 ジャイアントオークの肉は買取価格も高いため金銭的な収入は大きい。


 とはいえ、全身傷だらけのこの状態ではそちらもあまりきたいできないか。





 一度2階層に戻り休憩を挟んだ後に再び3階層まで来る。


 本当は2階層でもうしばらく狩りを続けたかったが、それだとハンナの不満が溜まってしまうので3階層にて狩りを続ける事にしたのだ。


 しばらく歩いていると今度はゴブリンジェネラルの率いる群れが目の前に現れた。


 ゴブリンジェネラルは単純な力ではジャイアントオークよりも弱いが多くのボブゴブリンやゴブリンを引き連れるため、四方をモンスターに囲まれた状態での戦闘を強いられることが多い。


 この森と言うフィールドの特性もあいまって非常に厄介な相手だ。


 また全身に甲冑を纏っているため剣での攻撃が効きにくいというのもある。


 引き連れたモンスターの数は50を超え、既に四方を包囲されてしまっているようだ。


 ボブゴブリンに比べて群れの動かし方を熟知しているようだ。


 まずは様子見という事なのか、ゴブリンジェネラルは動かずにボブゴブリンやゴブリン達からこちらに向かってきた。


 様子を見ているのか、消耗を誘っているのか、隙ができるのを待っているのか、狙いはわからないが俺を相手にするのであればこれは悪手と言わざるを得ない。


 俺はショートソードの間合いに入ってきたモンスターを手当たり次第に斬っていく。


 今の俺の力ならボブゴブリンやゴブリンなどいくらいても相手にならない。


 そして、モンスターを倒す度に能力値が上昇していくの実感する。


 このままでは埒が明かないと考えたのだろうか、様子見をしていたゴブリンジェネラルがこちらへと詰めてくる。


 ゴブリンジェネラルが手にしたブロードソードで斬りかかってくる。


 速さも力も俺よりも劣るが、周りのモンスターを相手にしながらのため反応が少し遅れショートソードでその一撃を受け止める。


 ピキッ


 嫌な音が俺の耳に伝わってくる。


 手に持った感触からもわかる......ショートソードにヒビが入っている。


 ゴブリンジェネラルもそれを察したのかニヤリと口元を歪める。


 俺は甲冑の上からゴブリンジェネラルを蹴り飛ばし距離を取る。


 ゴブリンジェネラルはこちらから距離を取りながらボブゴブリンやゴブリンをけしかけてくる。


 俺の剣が折れるのを待っているようだ。


 予備の剣を出す隙を与えない為か隙あらばこちらを攻撃できる距離を維持している。


 もっともこちらは予備の剣なんて持ってはいないが。


 何とか持ちこたえてくれと祈りながらボブゴブリンやゴブリンを斬り続けていたが、最後のボブゴブリンを仕留めたところでついに剣が折れてしまった。


 既に立っているのは俺とゴブリンジェネラルだけ。


 相手はブロードソードを構え甲冑に身を包んだ万全の体制。


 こちらは半ばから折れてしまっているショートソードのみ。


 それでも相手は待ってくれない。


 お互いに距離を詰め渾身の力で剣を振るう。


 ゴブリンジェネラルのブロードソードが空を切る。


 そのタイミングで俺のショートソードがブロードソードを持つゴブリンジェネラルの手の甲を全力で叩いた。


 ゴブリンジェネラルのブロードソードがその手を離れ地面に突き刺さる。


 俺はそれを奪い取り渾身の力を籠める。


「スラッシュ」


 その一閃はゴブリンジェネラル首を斬り落とした。





「さて帰るか。」


 俺が街へ変える事を宣言するとハンナが「え?」という顔をしてくる。


「まだまだこれからじゃない。」


「もう少し奥まで進みたい気持ちはあるがアイテム袋がいっぱいなんだ。」


「えぇー。」


「ハンナにもアイテム袋を買ってあげるからね。そこに果物を入れておけばいつでも果物を食べれるだろ。」


「えっ、本当!? 嘘だって言ってもダメだからね。」


「じゃぁ帰るか。」


「仕方ないわね。特別よ。」


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