第7話 ロンジの持論
ロンジが目の前で結晶デバイスをトントンと叩いてチェックしている。
何度も確認したから、もう大丈夫だと思うが……。
「今の所これで提出書類は以上だ。おつかれさん」
「やっと終わった……」
俺はギルドで複雑な書類を指示されるままに大量に捌き続けていた。ほぼ午前中丸々潰れてしまった。どうやら結晶デバイスと呼ばれる個人情報の管理端末を紛失したのが原因らしい。それらの色んな手続きをギルドでも出来るとの事で対応をしていたのだ。
「無くしただけでやる事が多すぎる」
「無くした"だけ"じゃねぇんだよ。貴重品だぞ」
「貴重品か……俺も今までの全部の報酬を結晶デバイスに入れてたんだって?」
「こっちの記録によりゃあ、そうだな」
結晶デバイスにはギルドの登録の紐付けや個人資産の管理もしているらしい。デバイス管理しているお金は所持者の接触による生体反応が感知されなければ使用できない。
その点で防犯に優れているようだ。
「空間収納に金が入らなかったからか?」
「それは違うが、お前の場合は詰めすぎなんだよ。さっさと整理しろ。死んだら、その"まんじゅう"とやらで死体が埋まるぞ」
随分昔は空間収納にお金など貴重品を所持する人が多かったそうだ。結晶デバイスなんて無くてもすぐに出し入れ出来て楽なのだからそうはなるだろう。
しかし、空間収納には大きな問題があった。
その大きな問題とは何か。
死んだ時に空間収納の中身が周囲にぶちまけられるのである。
金が周囲にぶちまけられればどうなるか。
当然の如く盗まれる。そして死体漁りをする奴が増え、更には強盗殺人までもが増えたのである。
金目の物を持ってないと言ったとしても、殺されてから金目物があるかどうか確認されるという。
何だそれ、物騒すぎるだろ。
いくら俺が勇者パーティーのひとりで腕が立ったとしても、空間収納に貴重品を入れたりして厄介事になりそうな事にはしないか?
俺は覚えてないからよく分からないが。
「あぁそういや、ロンジは前から俺の事を知ってるか?」
「おう、知ってるぞ」
ムカつくガキ、とロンジは笑顔で俺に言った。ひっどい奴だ、わざわざ事務処理を中断して俺の目を見て言うことか。しかしこの反応を見る限りロンジはそこまで俺と親しくなかったらしい。
俺は嫌われすぎではないだろうか?
……アールの場合は嫌いを通り過ぎて憎しみだったが。
そうだ。俺の元パーティーメンバーなら俺を深く知っているのではないかと頭をよぎった。バンダーが俺の顔を見て駆け寄ってきたことから、かなり期待できるのでは無いだろうか。
早速、元メンバーの情報収集をしよう。
「勇者パーティーってどんな奴らなんだ?」
「お前の場合は会って話した方が早いと思うが……まあいい、向こうも忙しいだろうしな。勇者パーティーのメンバーは六人だ。瞬光の勇者ノエル・シャイナー、看破の斥候バンダー・ディッド、天啓の聖女ギャリエラ、無量の魔術師ベクター・インクリース、竜殺の竜騎士パージュ・テレス、そしてお前——烈火の精霊術師ヴェンジ・スターキーだ」
「精霊術師ヴェンジ……精霊?」
俺は精霊術師と呼ばれていたらしい。しかし精霊術師とは何なのだろうか。
俺は精霊と何か関係があるのか?
やっぱそこ気になるよな、とロンジは俺の方を向きなおる。
「……ヴェンジには精霊が居たんだよ。それで精霊術師として勇者パーティーに選ばれてな。そりゃあもうとびっきり、碌に言うことを聞かん精霊だったが。それより手続き完了したぞ。付いてこい」
ロンジはそう言って受付を出て奥の通路の方に向かっていった。俺はロンジの背を追い、さらに問いを投げかける。
「その精霊は今どこにいるんだ?」
ロンジは俺の問いに足を止め、ちらりと俺の方を見た。
「消滅した」
らしい、とロンジはそう言って前を向きなおして歩みを続けた。俺は慌ててロンジの前に出て聞き直す。
「え……はっ? 待ってくれ! 消滅ってどういう事なんだ?」
ロンジは俺と目を合わせると深いため息をつき、下を向いて頭をがりがりとかいた。
「……死んだってことだよ。光の御子ノエル様、いや今は勇者様だった。彼がはっきり公表した。でも、ヴェンジは……お前は『レイは絶対まだ生きている』つって、魔王を倒した後すぐレイを探しにすっ飛んで行っちまったんだってよ。……魔王討伐で最後まで立っていたのが勇者様とお前だけで他のメンバーは見ていなかったそうだが、勇者様の話を聞いた教会連中がレイは消滅したと発表した」
「死んだ……俺と共にいた精霊の名が……"レイ"なのか……?」
「ああ。確か村が魔族に襲われて、ひとり生き残ったんだってな。その後に精霊レイと会って魔王討伐まで行動を共にしてたって聞いてるぜ。……ずっと一緒にいた存在が消滅したなんてお前にとっちゃあ耐え難いだろうな。信じられないと思うのも無理はない」
ロンジは俺の肩を叩き、ちゃんと来いよと言って俺の脇を通り過ぎて行った。
俺が出身の村での生き残り? それはつまり、俺の親兄弟は既に居ないという事なるのか?
今の俺にとっては顔も名前も分からない家族や友人。
彼らとは仲が良かったのだろうか。
それとも悪かったのだろうか。
どちらにせよすべて奪われた。今の記憶の無い俺にとってはどこか他人事のように感じる。ロンジからこうやって聞くだけでつらくなってくるくらいだ。
……つらい記憶なら思い出さない方が良いのかもしれない。冒険者ギルドで見た登録情報、そのヴェンジの顔が辿った人生すべてを物語っていた。
でも、それでも——
「それでも……全部忘れたままは、悲しいだろ」
きっと良い事や楽しい事だって少なからずあったはずなのだ。……例えばそう、何処かに誰かと遊びに行ったとか。誰かに親切にしてもらったとか、何かおいしいものでも食べたとか。あと……後は、裸足で踏んだ草がふかふかで気持ちが良かったとか、浜辺の砂で付けた足跡が波に消えていく様は見ていて楽しかったとか……?
あの時は結構足の傷に染みたなぁ。
他は何かあるだろうか? 如何せん現時点で二日分の記憶しかない俺にはあまり思いつかない。でも生きた分だけ、それだけ分の何かを……きっと大切な記憶を持っているはずなんだ。
俺は両頬を叩いて気合を入れ直す。一時でも揺れた心に渇を入れて切り替える。冒険者として色んなところを巡れば、見覚えのある風景を見ればきっと記憶を取り戻すきっかけになるだろう。
「俺はどんな記憶でも思い出す」
俺は先に行ってしまったロンジの後を急いで追った。
***
「ここは……"実践訓練場"……?」
軽い駆け足でたどり着いた部屋、そこには実践訓練場と書いてあった。ロンジは俺が付いてきているかを振り返ってみた後、部屋に入って行ったのだ。
どうやら俺をこの実践訓練場へ連れてきたかったのだろう。
実践訓練場には扉がなく、外から中が見えるようになっていた。外から見る限りでは床が砂で敷き詰められているだけ。何もないだだっ広いだけの部屋だ。
俺は何気なく部屋をくぐったその時だった。
突然右手側から振りかぶられる木剣。壁の陰に隠れていたロンジだった。俺は入って左側の方へ。振りかぶられた木剣を見据えたまま下がるように回避する。あの饅頭モンスターよりも遅い、がしかし……。
「おー、反応できたか。そいつは上々」
「っ、いきなり何すんだよ!?」
何故俺は突然襲われたのだろうか。俺は憮然としてロンジの目を見る。ロンジは俺に向けて振りかぶった木剣を肩に担いだ。
「何時でも敵はお構いなしだからな。どんな精神状態でも反応できなきゃ死ぬぜ?」
「そりゃあ、そうだろうけどさ……」
ロンジはそう言うと壁際に立ててある木剣を物色し始めた。目の粗い籠に木でできた剣や槍が乱雑に入れられている。どれも随分使い込まれているようだ。傷があるものや割れているもの、折れているものまであった。
「冒険者たるもの何時いかなる時でも警戒せよってな。ほら、使え」
「……それってギルドで掲げる心掛けとか?」
ロンジは籠から一本木剣を取り出し、俺に投げてよこした。俺はそれを受け取って見てみる。どうやら比較的損傷の少ない木剣を選んでいたようである。
何時いかなる時というのは町中の、さらにギルド内でも注意する必要があるとの事だろうか。流石に知っている人物に襲われるのは予想外だった。
「いや? さっき考えた俺の持論」
「……そうかよ」
ただのロンジの持論だった。大事なことには違いないだろうが、なんだか腑に落ちなかった。
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