第8話 アルギュロスの方針
カルティアに連れられて、アルギュロスは無事魔王軍に帰還した。
カルティアは勿論無傷だが、アルギュロスも攻撃を受けたものの服が少し汚れたり破れているくらいで本人は大した傷を負っていない。アルギュロスの無事を確認したジークは両手を広げて出迎えた。
「アルギュロス!よかった!」
ジークは心から安心した。それは、ジーク自身も驚くほどであった。まさかここまで情が湧いていたとは、ジークも思っていなかった。
ジークの声を聞いて安心したのか、アルギュロスはダムが崩壊したかのように大粒の涙をこぼし始めた。
「みにゃーー!!やられちゃったよぉー!!」
幼子のように泣き喚くアルギュロスは、引き寄せられるようにジークの腕の中に入って行った。
女性に免疫がないジークは、女性の涙にはめっぽう弱い。ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるアルギュロスを、抱きしめ返す事も出来ず、両手を広げたまま、石のように固まってしまった。
そんなジークの気持ちなんて知らないアルギュロスは、人目もはばからずわんわんと泣き叫んだ。
美女に抱きつかれて固まるジークにシシリアはいい気分になれず、頬を膨らませた。しかしアルギュロスのあまりの泣きっぷりに言葉を失い、肩を落として、二人の様子を優しく見守ることにした。
カルティアはそんな三人の様子を楽しげに鑑賞していた。
「あらあら。アルギュロスちゃんったら。でも仕方ないわ。なんだか勇者たち……というか女性陣の目の色が途中で変わったもの。親の仇みたいな顔してたわ」
カルティアもあの女性達の変わりようは想定外だったようで、困った笑顔を浮かべた。あの気迫で迫られたら泣きたくもなる。
女性って怖い。
「でもね、勇者を追い詰めていって、アルギュロスちゃんってば凄かったのよ?」
カルティアはそう言って、アルギュロスの頭を優しく撫でた。アルギュロスは涙と鼻水でべしょべしょに汚れた顔を上げた。
「ふぐぅっ。わたし、ちゃんと、ゆうしゃを、おいつめたもん」
「え!?アルギュロスが勇者を!?」
ジークはギョッとした。まさか家事能力しか与えていないはずのキメラにそこまでの力があるなんて、想像もしていなかった。
泣きじゃくるアルギュロスの頭を撫でながら、ジークは自分がとんでもないものを生み出してしまったと感じていた。
アルギュロスの無事は嬉しいところだが、アンディーは大丈夫だろうかと不安になった。
ーーいや。無用の心配だな。
アンディーはそう簡単にやられるような男ではない。なんせ人間族の勇者である。そしてアルギュロスの言い振りからも、アンディーは無事であることが分かる。
アルギュロスを生み出した者として、彼女には無事でいてほしいと思う反面、本来の目的から大きく逸れてしまっている事にやらせない気持ちになる。
アルギュロスが出陣してからもずっと考えていた。
どうすればいいのか、と。
その答えはまだ出せていない。
「ま。アルギュロスちゃんは戦闘においてはまだまだ素人だもの。仕方ないわ」
考え事をしていると、アルギュロスがじっとジークを見上げているのに気が付いた。まるで親であるジークに褒めてもらうのを待っているかのような期待に満ちた目である。
「うんうん。アルギュロスはよくやった。さすが俺の作ったキメラだ!」
「へへっ!」
ジークの褒め言葉に満足したアルギュロスは満面の笑みを見せた。
その笑顔が今は妙に心苦しい。
「さぁてアルギュロスちゃん」
「はい?」
「貴方のこれからの方針が決まったわ」
カルティアはニコニコと楽しそうな笑顔を見せた。その笑顔の裏で何を考えているのか、全く読み取れない。アルギュロスは怖がって、縋るようにジークの服を掴んだ。
「アルギュロスちゃんに足りないのは経験よ。それと接近戦なら今でも充分だけど、遠距離戦でも戦えるようにならなきゃね」
それはアルギュロスも感じていた。アンディーとの接近戦では怖い物なんてなかったが、女性二人と戦った時、どうやって戦ったら良いのか全くわからなかった。
「はい。わたしも、そうおもいます」
なによりも幾度も戦いを乗り越えてきたあの女性たちの気迫には圧倒された。
そしてあの時二人が言っていた事ーージークが変態のような事をしていたなんて、アルギュロスには信じられなかった。なんとかあの二人を負かして、発言を撤回してもらいたい。
「わたしも、ジークさんをまもれるようにもっとつよくなりたい!」
生みの親であるジークのため、アルギュロスは強くなることを決意したのだった。さっきまでジークに泣きついていたとは思えないほど、真っ直ぐカルティアを見た。
アルギュロスの目をに、カルティアは満足したように笑みを深めた。
しかし、それはジークが望むところではなかった。
「あ、アルギュロス。無茶はいけないよ?」
「ぜんぜん!むちゃなんかじゃないよ!」
「そ、そうか」
しかしやる気に満ちているアルギュロスを止めるなんて不自然な事、ジークに出来るわけもない。途方に暮れた表情を見せて、カルティアに疑われるのも避けねばならない。ジークは何とも言えない複雑な表情を見せた。
「あれ?ジークさんったら、もしかして寂しいんですか?」
シシリアの指摘にジークは目を丸くした。そういう事にしておいた方が後々面倒にならなさそうだと思い、照れくさそうにそっぽ向いてみた。
その可愛らしいジークの様子に、シシリアは面白げに口角を上げた。
「へえ?」
「あらあら。ジークちゃんったら」
カルティアも便乗して楽しそうにニヤニヤしている。
しかし、純真無垢なアルギュロスだけは違っていた。自分のことを心配してくれているのだと思いこみ、ジークを安心させようと、ジークに寄り添った。
「ジークさん。わたし、大じょうぶだよ」
アルギュロスのやる気に満ちた瞳で真っ直ぐ見つめられると、もう何も言えない。退路をたたれたジークはただ肩を落とすしかできなかった。
「俺はアルギュロスが元気ならそれでいい」
そう言ってアルギュロスの頭を撫でてあげる。幸運な事にアルギュロスは戦闘キメラとして作られていないので、想像以上の身体能力があったとしても、脅威にはなり得ない。
ジークとしては、これから作るキメラにこそ注意が必要だ。魔王軍を弱体化させつつ、怪しまれないよう行動しなくてはならない。これから魔王軍弱体化に向けたキメラ計画を本格的に始めていかねばならないのだ。
アルギュロスの方針は決まった。
ならば残るはジーク本人の気持ちである。
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