第6話 勇者パーティー


 勇者アンディーは、仲間四人と共に魔王討伐の旅の途中、とある森の中にいた。

 大斧を持った筋肉隆々の大男と、黒いローブを身につけた小柄なメガネ男。そして身長の低い美少女とグラマーな美女。頼もしく、そして勇敢な彼らはアンディーにとって自慢の仲間たちであった。そんな四人の仲間の他にもう一人いた仲間のことをアンディーは今も思い出す。

 幼い頃からの友人で、旅に最初からついて来てくれた優しく、アンディーが誰よりも信頼している人物だ。

 しかし色々あって今は別の道を歩んでしまっている。


ーージーク、大丈夫かな。


魔王軍に潜入すると意気込んでいたジークだが、その後どうなったのかアンディーは知らない。魔王軍が弱体化した様子もないが、そもそもうまく潜入できているのか。


ーー無理していないといいな。


優秀なジークのことだ。殺される事はないだろうが、無茶だけはしてほしくない。

 アンディーは心からジークの事を信頼していた。そして誰よりも危険な任務を行っている彼の無事を祈っていた。

 アンディー達も魔王軍に虐げられている次の町へと向かうため、整備された林道を歩いているところだった。アンディー達だって決して楽勝な旅路では無い。

 アンディーは、ふと嫌な予感がして空を見上げた。どうやらジークの心配をしている場合では無いようである。


「アンディー。敵が来たみたいよ」

「ああ。そうだな」


頼もしい仲間達も当然、近付いてくる禍々しい気配に気がついた。

 アンディーは剣を構え、近寄ってくる敵を迎え撃つ準備をした。

 雲一つない青々とした空に、小さな点が二つ見える。その点は次第に大きくなり、人の形となってアンディー達の前に降り立った。まるで蝶が舞うかのように軽やかで美しい二人の女性は、アンディー達に妖艶に微笑んだ。

 アルギュロスとカルティアである。


「こんにちはぁ」


カルティアが気怠そうな声で挨拶をしてきた。ゆったりとした動きで一歩ずつ確実にアンディー達に近付いていく。しかしその動作一つ一つが艶かしくてつい見惚れてしまい、アンディー達は動きが鈍くなってしまう。

 アンディーが剣を力強く握りしめて、カルティアを睨みつけた。その妖艶で美しい容姿に、アンディーは見覚えがあった。

 それはアンディーがまだ駆け出しの頃だった。遠目に見かけた魔王と幹部達の中に妖艶な美女の姿があったのだ。

 その人物が、今目の前にいる。


「っ!?お前は……魔王軍幹部のカルティアか!」


滅多な事では顔を出さない幹部の登場に、アンディーは動揺を隠せなかった。幹部を見たことがない仲間達も、アンディーの言葉に息を呑んだ。


「ふふ。その通りよ。私はカルティア。魔王軍の開発部局の局長でぇ、幹部です」


けれどカルティアは全く態度を変えずに優雅に艶やかな笑みを浮かべている。その底の見えない様子に、アンディー達は格の違いを見せつけられている気分であった。


「ちょっと!幹部がなんでこんなところにいるのさ!?」


仲間の一人が威嚇するように声を荒げた。


「実験よ。安心して?今日は私が貴方たちの相手するわけじゃないのよ。アルギュロスちゃーん」


カルティアが後ろを振り向い手招きすると、メイド服を着たネコ耳巨乳美人が一歩前に出た。

 カルティアのような妖艶さは無いものの、アルギュロスもかなりの美女である。男性達は思わず唾を飲み込んだ。


「紹介しまぁす。この子は我ら魔王軍が新たに開発した戦闘キメラ第一号のアルギュロスちゃんよ」


紹介されるとすぐにアルギュロスは拳を構えた。その動きを見て、アンディー達も武器を構え戦いに備えた。

 戦闘キメラという初めて聞く言葉に不安を感じる。見たところ魔力も少なく強くはなさそうだが、カルティアの様子から何かあるのではないかと勘繰ってしまう。

 緊張感漂うアンディー達の様子にカルティアはとても満足していた。


「ふふふ。やる気満々じゃない。アルギュロスちゃん、手加減なしでやっちゃってね」

「はい。カルティアさま」


アルギュロスはぐっと拳に力を入れ、戦闘体制に入った。カルティアはふわりと宙に浮かび、高みの見物ときている。

 完全に下に見られている状況は非常に悔しいが、アンディー達がカルティアを相手したところで全滅するのが目に見えている。今は戦闘に参加しない事をありがたく思うしかない。


「戦闘中に考え事かしら?ダメじゃなぁい。その子、強いわよ」


カルティアの言葉にはっとして前を向くと、そこにはもうアルギュロスの姿はなかった。何処に行ったと気配を探るが、彼女の気配はなかなか読み取りずらい。気が付いた時には、一気にアンディーとの間合いを詰めてられていた。

 その動きは人間のものでは無い。魔族特有の身体的能力の高さだ。そして近くに来てようやくアルギュロスの凄まじい気迫を感じ取ることができた。あまりの気迫にアンディーはたじろいだ。

 その隙をつかれてしまい、アルギュロスの振りかざされた拳を防ぐことで精一杯だった。

 この時はまだ、女性の拳と侮っていた。

 しかしアルギュロスの力強く重たい拳に、アンディーは耐えることができなかった。アンディーはいとも簡単に吹き飛ばされてしまったのだ。

 アルギュロスの規格外の力強さに、皆目を丸くした。


「な、なんなのさ!?人間みたいな気配のくせに魔族そのものじゃないさ!」

「これまでにいなかったタイプの魔族ですね」

「ああ。さすが新しい敵って感じだな」


アルギュロスを警戒し、皆が後退りした時。

 体制を戻したアンディーが、アルギュロスに剣を振りかざした。その素早さにアルギュロスは少し遅れをとってしまった。何とか避けることは出来たものの、服の一部が剣によって破られてしまった。

 それを見たアルギュロスは忌々しそうに顔を歪めた。


「よくも!」


そう言ってアルギュロスが勢いよくアンディーに突っ込んで来た。あまりの速さにアンディーは避けるのも精一杯だった。


「ちっ。かわされた!」


アルギュロスが舌打ちをした。その間にアンディーはなんとか距離をとって剣を構え直す。

 今度は遅れを取るまいと一目散にアルギュロスに剣を振るった。しかし、アルギュロスは軽々とかわしてしまう。

 この手に汗握る戦いを、仲間達は見ていることしかできなかった。


「……強いですね」

「魔法も無しにあの強さ……あれがキメラか」


男性二人が唾を呑み込み、アンディーとの戦いの様子を見守っている。しかし女性二人はなんだか嫌な感じを受けていた。何もしていないはずなのに、鳥肌が立っている。


「な、何かしら。何だか嫌な感じがしますわ」

「あたいもさ。昔感じた事がある嫌悪感と同じ感じ」


けれどその嫌悪感の正体をうまく説明できない。二人もただただアンディーの戦いを見守るしかなかったのだ。


 一方でカルティアは恍惚の笑みを浮かべて戦いを見ていた。


ーーすごぉい。あの子めちゃくちゃ強いわ。


 開発部局長年の夢であった戦闘キメラ・アルギュロス。

 正直カルティアはアルギュロスの強さについてはあまり期待していなかった。作った本人であるジークも強く作ったつもりはないと言っていたので、下級戦闘員くらいの力があればいいとしか思っていなかった。

 しかもジークは勇者の元仲間。

 まだまだ彼を信用できていないというのも事実だ。


ーーでもこれだけのキメラを作れるなら、使えるだけ使わなきゃねぇ。


ジークのキメラ開発の力は本物だ。だがこれ程とは恐らく本人も予想していなかっただろう。


ーーこれからが楽しみだわ。


アルギュロスはまだまだ試作段階。これからまた試行錯誤を重ねて、強い戦闘キメラへと成長することだろう。それだけではなく、アルギュロス以上に強いキメラだってこれからどんどん増えていくだろう。

 そうして蹂躙されていく人間達の姿を見れるのかと思うと、カルティアはゾクゾクした。


ーーあら。そろそろ決着がつく頃かしら?


気が付けば戦いは終盤に差し掛かっていた。アルギュロスが強すぎたのだろう。アンディーはすでに息切れしていた。強靭な肉体と規格外の腕力と俊敏性。どれをとっても人間を遥かに上回っていて、勇者と言えどただの人間であるアンディーが付いて来れるわけがなかったのだ。


「ふふん!大したことないわね」

「っはぁ!はぁ!……強い……っ!」


アルギュロスはアンディーにトドメを刺そうと拳を構えた。


「ジークパパはすごいんだもん」

「ジークパパ?」

「そう!わたしはジークパパにつくってもらったキメラ!ゆうしゃなんかにまけない!」


聞き慣れた名前にアンディーは目を丸くした。自慢げに話すアルギュロスを、アンディーは不思議そうに見た。


「ジーク?ジークが君を作ったのか?」

「そうよ!すごいでしょ!」


懐かしい名前を聞き、アンディーはふと笑顔をこぼした。どうなったかと心配していたが、どうやら魔王軍に潜入して無事に過ごしているらしい。それが分かっただけでも、アンディーには嬉しい事だった。

 そしてアルギュロスの声が聞こえてしまった勇者の仲間たちは、ジークという名前に胸がざわついた。


「え。まさか……ジークさんが?」

「あいつ……」


男二人は複雑な表情を浮かべて顔を見合わせた。元仲間が作ったキメラがこんなに強い敵となって、今目の前に立ちはだかっている。

 複雑な気持ちになるのも無理はないだろう。


「ちっ。アイツ」

「マジ相変わらずキモいな」


しかし、女性二人は忌々しそうに顔を歪めていたのだった。




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