第5話 パパ


ジークの魔王軍キメラ開発成功の噂は瞬く間に広がった。


「キメラ実験が成功したらしいぞ!」

「マジか!凄いな」

「ジークが成功させたらしい。ネコ耳巨乳美人キメラだって」

「さすがジークだぜ!」


男性たちはジークに賛辞を送った。見た目にまでこだわるとはさすがジークは分かってるな、という肯定的な意見ばかりだった。

 しかし、その一方。

 女性たちは全く逆の反応を示していた。


「あのジークがキメラを作ったらしいわよ」

「聞いた!ネコ耳巨乳だって!」

「ネコ耳巨乳!?喧嘩売ってるのかしら」

「何から何まで気持ち悪いヤツ」


ネコ耳巨乳という単語ばかりが伝わり、ジークが自分好みのキメラを作り出した変態だと噂されていた。そして「やっぱり変態」「救いようのない変態」と称されるのであった。

 そんな噂が広がる中、アルギュロスの出撃準備は着々と進められていた。ジークが簡易的な防具と武具を作り出し、アルギュロスに合うよう調整していく。シシリアもその手伝いをしてくれていた。

 二人に構われて、これから戦いに赴くというのにアルギュロスだけがニコニコ笑って楽しそうにしている。

 しかし少しでもアルギュロスの防御力を上げて守りたいジークと、そんなジークの気持ちを察してくれているシシリアは必死だった。


「ふむ。やはり胸が大きいと防具も大変だな」

「はぁ?貧乳は大変じゃないってですか?それ喧嘩売ってますよね?買いますよ」

「ちょっと待ってくれ!シシリア君!誤解だ!あ……あっ。あーーー!!!」


 なんてやり取りもあった。

 戦闘服でもメイド要素は外したくないジークと、動きやすさ重視メイド服反対派のシシリアは幾つもの攻防を繰り広げ、ようやくアルギュロスの戦闘準備は整ったのだった。

 結局、メイド服型の軍服におさまった。しかし動きやすさ重視でフリフリも控えめだ。今のところ腕力しか戦う術がないので魔道具であるグローブ以外の武器はない。その代わりに防具に力を込めたのだ。


 そして出発の時はすぐにやってきた。

 アルギュロスはジークとシシリアによって鉄壁の防具を身につけていた。そして武器は拳のみ。力が倍増するグローブをつけている。道具なしでも精鋭兵と同じくらい戦えそうだが、今なら確実に精鋭達よりも強い。

 アルギュロスの姿を改めてじっくり見たジークは、まるで旅立つ娘を見送るかのような気持ちになっていた。

 大きな門の前で、一緒に付いてきてくれるカルティアを意気揚々と待っている。その立派な姿に、ジークは思わず口元を手で覆った。


「ジークさん。何で泣いているんですか」

「すまない。まるで娘の旅立ちを見送るような心境でな」

「まあ。ジークさんが造ったんですから何となく気持ちはわかりますよ」


シシリアが優しく慰めてくれた。しかし、どうもしんみりとした気持ちに浸れない。

 なんせこの門の前には、ジーク達三人の他に大勢の観客がいるのだ。皆、ジークが完成させたネコ耳美人巨乳キメラを一目見ようと集まっていた。


「ごめんなさぁい。待ったかしら?」


来てほしくなかったが、カルティアが来てしまった。

 いよいよ出発の時間だ。

 ジークは瞳に涙を溜めたまま、平気なふりして笑顔を作った。


「アルギュロス。無理はするなよ」

「はい。ジークさん」

「それからカルティア様のいうことは聞くように」

「はぁい」


それからそれから、とジークは次々と注意事項を述べていく。まるで過保護な父親のような様子を、シシリアとカルティアは微笑ましく見守っていた。


「やだわ。ジークちゃん可愛いじゃない」

「本当は優しい人ですよね、ジークさんって。なのに何であんなに気持ち悪いんでしょうね」

「そぉねぇ」


カルティアは含みのある笑顔を浮かべていた。本当は全部わかっているかのようなその笑顔からは、本心なんて全く見えない。シシリアはカルティアからの返事を諦めて、ジークとアルギュロスの様子を温かく見守るのだった。

 そんな二人の温かいの視線なんて気にもせず、ジークはまだまだアルギュロスにあれもこれもと注意していく。


「それから最後に」

「まだあるのぉ?」


さすがのアルギュロスもうんざりした表情をしている。


「アルギュロス、俺の娘。どうか元気で帰ってきてくれ」


真剣な表情で心配そうに言われるとアルギュロスも頬が赤くなる。照れくさそうに笑って大きく頷いた。


「はいパパ!ぜったいかえってきます!」


アルギュロスはジークに抱きついた。思わず「パパ」と言ってしまっているが、ジークは咎める事なく優しくアルギュロスの頭を撫でた。

 アルギュロスだって本当はまだ生まれたばかりのキメラなのだ。子供っぽいところもたくさんあって当然だ。

 しかし見た目を成人女性にしてしまったがために、どうしても周囲からは微笑ましい場面には見えていなかった。しかもアルギュロスの「パパ」発言は集まった群衆たちにしっかりと聞こえてしまっていた。

 特に女性達はみな眉間に皺を寄せた。


「パパ!?」

「パパなんて呼ばせてるの!?」

「気持ち悪い!」

「最低」


女性たちからは非難轟々で、しっかりとジークの耳に届くようなボリュームでヒソヒソ話をしてくる。こういった事には慣れっこだが、アルギュロスとの落差が激しくて、いつもより精神的なキツく感じた。


ーー嗚呼、アルギュロス。絶対戻ってきてくれ。俺に無条件で優しい女性は君くらいだよ。


無邪気に抱きしめてくれるアルギュロスを、ジークも優しく抱きしめ返した。


「さ。そろそろ行きましょうか」


カルティアの言葉でアルギュロスはジークから離れた。そしてカルティアをしっかりと見据え、大きく頷いた。その表情はとてもやる気に満ちていた。

 ジークは再び目頭が熱くなってきた。

 アルギュロスはくるりと振り返り、ジークに満面の笑みを見せた。


「ジークさん、いってきます!」


その表情は、無垢で真っ直ぐな笑顔だった。ジークもアルギュロスに笑顔を作ってみせた。


「行ってらっしゃい」


もうアルギュロスにかける言葉はこれしか残っていなかった。

 ジークの笑顔に見送られ、アルギュロスはカルティアに連れられて勇者パーティーのいる所へと飛び立って行ったのだった。

 寂しそうな笑顔を見せるジークに、シシリアは寄り添ってくれた。


「アルギュロスさん、行っちゃいましたね」


カルティアに連れられて空の彼方に消えていったアルギュロスを、シシリアとジークはいつまでも見送っていた。


「そうだな」


もう姿形もないアルギュロスを思い、心から無事を願った。


ーー俺、アンディーに殺されるためのキメラを作ってるんだよな。


ほんの少ししか一緒にいなかったアルギュロスだが、このままアンディーにやられてしまうのは物凄く悲しい。今回はカルティアもいるのだからアルギュロスが死ぬことはないだろう。しかしそんな悲しい存在をこれからも作っているくのかと思うと胸がざわついた。


「無事だと良いな」


いつまでもじっと空を見上げるジークを、シシリアは温かく見守っていた。


「殺されないくらい頑丈なキメラを作れば、死別の悲しみはありませんよ」


そんなシシリアの励ましに、ジークは力なく笑って見せた。


ーーこんなに辛いなんてな。俺としたことが、失念していたな。


今は勇者もアルギュロスも無事であることを祈るばかりである。もしものことなんて考えない。


ーー目を背けるな。例え悔いたとしても前を向け。これが今の俺の課題なのだから。


ジークはゆっくりと目をつぶり、心を落ち着かせた。くよくよしていても、前には進めない。目を背けても、また必ずこの壁にぶつかってしまう。

 ならば、目を背けずに課題に向き合うしかない。


「さあ、シシリア君。研究室に戻ろうか」


ジークの言葉にシシリアは笑顔で頷いた。


ーーさあ。これからの事を、考えるんだ。


ジークはシシリアと共に研究室へと向かったのだった。



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