第4話 予想外の女子力

「あのですね、家事能力って言ったらまずは掃除洗濯か料理ですよ!」

「それもそうだな」

「ジークさん、アルギュロスはそうじしたらいいの?」

「ああ。頼んだ」

「はい!」


アルギュロスは元気よく頷いた。そんなアルギュロスにシシリアは掃除道具の場所ややり方を伝えている。女の子たちの和気あいあいとした様子を、ジークもあたたかい気持ちで見守るのだった。


「まずは埃を叩いてください。それから棚を雑巾かけして、床を掃く。仕上げは床の雑巾かけですよ」

「わかりました」


アルギュロスもシシリアの言うことを素直に聞いている。良いことである。


「ぎゃ!虫!虫ですぅっ!あの黒い悪魔ですぅ!」


その時、シシリアが悲鳴を上げた。家の中にいる黒光りする害虫がいたようだ。通称『黒い悪魔』だ。シシリアもいくら魔王軍所属の悪魔といっても黒い悪魔は苦手なようで見つけるや否や逃げ出した。

 小さくすばしっこい黒い悪魔は、何故か逃げ出すヤツを追いかける習性があるらしい。キョトンとしているアルギュロスなんて目もくれず、一目散にシシリアの方へと逃げていく。


「きゃーー!!こっち来るぅっ!!」


シシリアは目を回していた。その叫び声に誘われるように黒い悪魔は近付いていく。

 このままではシシリアは黒い悪魔を前に失神してしまうだろう。今だってなんとか保っているだけの状態である。


「いけ!アルギュロス!」

「はい」


アルギュロスは手に持っていたハタキを投げ捨てた。そのハタキで叩き殺すと思っていたジークは目を丸くした。


「アルギュロス!?」

「おかませください」


アルギュロスは黒い悪魔に向かって走り出した。そして拳を大きく振り上げた。シシリアはもう立っているのも限界であった。近くにアルギュロスが助けに来てくれている事にも気付いていない。

 アルギュロスは素早く走る黒い悪魔めがけてその拳を振り下ろした。


ドゴーーーンッ!!


「きゃあ!!」


物凄い物音と共に、埃が舞い上がった。そしてグラグラと地響きが伝わって来る。ジークも目を顰めて、ケホケホと咳き込んだ。

 一体何が起きたのか。

 黒い悪魔は確かに嫌悪感の塊だが、そんなに力がなくても退治できる害虫だ。必要なものは反射神経と勇気だけ。

 なのに何故このような事が起きるのか。


「アルギュロス?」


ジークが声をかけると、アルギュロスは変わらない笑顔を見せてきた。


「はい!ジークさん!ちゃんとたいじできました」


ようやく埃が落ち着いて、視界がはっきりとしてきた。

 何故か床には穴が開いている。まるで爆弾でも落ちたかのような穴である。

 そして勿論黒い悪魔の姿はどこにも無い。跡形もなく消え去ったようである。


「……え?」


シシリアは目に涙をいっぱいためて、瞬きをした。混乱する頭で目の前の状況を必死に理解しようとする。しかし一部始終見ていたはずのジークにだって何が起こったかよく分からない。

 黒い悪魔を跡形もなく拳で消し去ったアルギュロス。魔法など一切使っていない単純な彼女の腕力に見えた。

 しかしただのメイドキメラのはずが、まさかこれほど強いとは。

 ジークにとってはとんだ計算違いである。


「これは……思わぬ副産物だな」

「こここ、これがメイドですか!?戦闘員として充分戦えますよ!」


シシリアの言う通りである。魔王軍の精鋭たちに匹敵する腕力だろう。


ーーすまないアンディー。俺はマズイものを生み出してしまったかもしれない。


魔王軍を弱体化させるはずが、これでは全くの逆である。アンディーの脅威となる前にアルギュロスを何とかせねばならない。


「ちょっとジークさん、早速報告いたしましょう!」


しかしシシリアは興奮しきっていて、今にも研究室を飛び出しそうな勢いだった。このままではこの強力なアルギュロスをアンディーに差し向ける事になってしまう。

 ジークはそれだけは避けたくて、慌ててシシリアを呼び止めた。


「ま、待て待て!彼女には家事全般以外なんの能力もインプットしていない。腕力だけで勇者パーティーに向かわせるのはちょっと……っ!」

「いいんじゃないかしら?」


妖艶な声に、ジークもシシリアも体をこわばらせた。この研究室にはいなかった別の人物の声である。


「ジークさん?シシリアさん?どうしたの?」


そりゃあ体もこわばるはずだ。

 なんせこの声は魔王軍の幹部の一人・開発部局を牛耳る女傑・カルティアのものであるのだ。

 恐る恐る声のする方を向くと、タイトスカートに胸元がしっかりあいたシャツを着て、白衣を羽織っている。サキュバスらしく色気溢れている。しかしカルティアの実力は、開発技術だけでなく戦闘力を見ても確かなのだ。


「カルティア様。い、いつからこちらに?」


ジークは頬が引き攣った。


「ふふ。黒い悪魔が出てきたあたりかしら?何か騒がしいなぁと思って顔を出してみたのよ。ところで……」


カルティアはアルギュロスの顎をくいっと持ち上げた。


「すっごぉい。本当にキメラだわぁ。さすが勇者パーティー出身の錬金術師ね」

「恐れ入ります」

「で。さっきの話だけどぉ、実験も兼ねて私がアルギュロスちゃんと一緒に行ってあげる。勇者と戦わせて、彼女の性能のこの目でしっかりと確認をしたいわ」

「え」

「それがいいです!ね!ジークさん!」


ジークはアルギュロスの方を見た。アルギュロスは何が起こっているのか理解できていないようで、ただニコニコと笑っているだけだった。

 ジークはしばし考えた。

 本当はもう少し弱らせてからアンディー達と戦わせたいところだ。しかしカルティアは手強い。真意を見せない表情でいつもジークをじっと観察しているように見えるのだ。

 ここで断ってカルティアから疑われてしまっては困る。正直、魔王をはじめ幹部たちはジークの存在を密かに監視しているようなのだ。


ーーすまない。アンディー。


ジークはアルギュロスを勇者パーティーに向かわせる事に頷いた。

 いや。

 頷くしかなかった。


「そうですよ!実戦で確かめてみる事も必要ですもんね」

「じゃあ決まりねえ」


ジークの答えにカルティアは満足したのか、興味の矛先はすぐにアルギュロスへと向いた。

 上から下までじっくりと見つめるカルティアの姿は、まるで獲物を狙うハンターのようだ。そんなカルティアの様子に、ジークは嫌な予感を感じた。

 それは何処となく、他の男に娘を狙われるているような、そんな気持ちだった。ジークはアルギュロスを守ろうと、二人の間に分け入った。


「あの、カルティア様。アルギュロスはまだ生まれたばかりでまだ何も知りませんし戦闘もインプットしていないので、初心者です。お願いですから無理させないで下さい」

「ジークさん……っ!」


アルギュロスはジークの言葉に感動して目に涙を溜めていた。その姿はもはや娘を思う父親そのものだ。カルティアは面白そうにジークを見つめ、そして彼のお願いに頷いた。


「勿論よぉ。だってせっかくのキメラよ?私だってそう簡単に殺させたりはしないわ」


カルティアの言葉にジークは胸を撫で下ろした。


「よかったですね、ジークさん」

「貴方って本当なぁんで魔王軍にきたのか不思議なくらい良い人よねぇ」

「まあ。勇者パーティーから追放されちゃいましたからね。女性仲間と上手く行かなくってですね」

「そぅねぇ。不思議なくらい女性に嫌われてるものねぇ」

「本当、不思議でなりません」


それがジークの唯一の悩みでもあった。女性に嫌われるのには慣れたが、色々と面倒ごとに巻き込まれてしまうのでもう少し程々にしてほしい。

 そう思っていると、カルティアはジークの頬を優しく撫でた。白くて細い指がするりとジークの頬をなぞっていく。その感覚にジークはゾクゾクした。


「でも私は平気よ?」


妖艶な笑みを浮かべ、甘えたような声に、ジークは顔を赤くした。

 さすが幹部。誘惑する力も半端ない。

 そう思っていると、シシリアが頬を膨らませて怒り出した。


「ジークさん!破廉恥です!」

「え!?これ俺が悪いのか!?」


理不尽な気もするが、今のシシリアに反論するともっとややこしそうだ。

 ジークはどうする事もできず「すまない」と謝った。何も悪くないはずなのに。


「ふふ。相変わらず面白い二人ね。さ。アルギュロスちゃん、出発は三日後よ。ちゃんと行く準備をしておきなさいね?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る