第2話 追放された理由
ジークはいたって真面目な錬金術師であった。
幼い頃から勇者アンディーと共に世界平和のために共に力を合わせていこうと語り合うほど真面目な人物であった。勇者アンディーの力になれるように日々錬金術の腕を磨いたものである。
そうして勇者の長く険しい魔王討伐の旅にも、最初から付いて行った。
始めは二人だけのパーティーで、苦労も多かった。しかし次第に多くの優秀な人材が仲間になってくれ、最終的に六人になった。男性四人、女性二人である。
そうして経験を積み魔王軍の精鋭達とも互角に渡り合えるくらいに成長した、ちょうどその頃。
ジークは勇者アンディーから呼び出しを受けた。
「ジーク、すまないちょっと話がある」
「何かな、アンディー」
アンディーは素直な男だった。幼い頃から知っているジークに隠し事なんてできるはずもない。よそよそしい様子から、重大な事を言うつもりなのだろうとジークはすぐに察しがついた。
「俺は君がいい奴だって知ってるよ。けどね。その。女子達から色々要望があってね」
皆の前では言いにくい女性たちの要望に、ジークの勘が働いた。
「ん?なんか新しい武具とかかな?オッケー!ちょっと巨乳に見える防具とか作るよ。大丈夫。みんな平等にFカップに見えるよう調整しておくから」
錬金術師のジークは魔法での戦闘は勿論、仲間の道具作りも担っていた。回復薬の作成や防具、剣など様々な道具を生み出して仲間を支援していた。
戦闘では後方支援が多いものの、近距離戦だってできないわけではない。体術にもそこそこ自信がある。それなりに勇者パーティーの中でも欠かせない存在になっていると自負していた。
「ごめん。違うんだ」
「え?そうなの?」
アンディー首を横に振って、口を閉ざして俯いてしまった。しかしアンディーが言いたい事が見当もつかないジークは、黙ってアンディーの言葉を待った。
「その……ちょっと下ネタが多いみたいで」
ようやくアンディーが口を開いてくれたと思ったら全く予想外の事を言われた。ジークには思い当たる節がない。
「俺、下ネタとか言ったかなぁ?」
「う、うん……。息を吐くように言ってるよ」
「マジか」
立派な無自覚だった。息を吐くように下ネタを言っていたなんて、ジークにはそんなつもり全く無かったのだ。
「すまない。これからは気をつけよう」
「いや、ジーク。それでね、女子達が『生理的に無理』て」
「おぅ。辛辣」
アンディーは素直な男だ。婉曲な言い回しなんてできない。だからこそ『生理的に無理』とは女性達の言葉そのままであるはずだ。
それはなかなかに堪えるものがある。
アンディーはものすごい勢いで頭を下げた。
「すまない!俺が力不足なばかりに!」
ジークはどうフォローすれば良いのか悩んだ。アンディーが気に止む事はない。確かにもう少し婉曲的に言ってくれてもいいのだが、素直なのはアンディーのいいところでもあるのだ。
むしろ女性たちを不快にさせ、アンディーに気を遣わせたジークに問題があるのだろう。
無自覚だったとは言え、嫌がる女性たちに気が付かないなんて配慮に欠けていた。思い出せば確かに彼女たちは喋る時いつも嫌な表情を見せていた。
ジークはアンディーを心配させまいと笑顔を作ってみせた。
「いいって事よ。確かに最近女子の目が鋭いなぁて思ってたからさ」
「ジーク……っ!」
「俺はこのパーティーから抜けた方が良さそうなのだな」
「ああ……。本当にすまない。でも俺はいつまでも友達だ!ジークに何かあったらすぐに駆けつける!」
「ありがとう、アンディー」
そうして二人は固く握手を交わした。
「ジーク、これから当てはあるのかい?」
「ああ。俺も陰ながらアンディーを応援したいからな。情報収集も兼ねて魔王軍に潜入しようかと考えている」
「なっ!正気か?!危なすぎるぞ!」
「大丈夫さ。戦闘員じゃなくて開発員として潜入するのさ。そうして魔王軍に弱い防具とかを作って弱体化を図るつもりだ」
「ジーク……。僕は君を誇りに思うよ」
「ありがとう」
「本当、なんで君の魅力は女性に伝わらないんだろうね」
それはジークにも不思議だった。しかし昔から女性には勘違いされる事が多く、もう慣れっこになってしまった。しかもラッキースケベにあう事も多いので勘違いにさらに拍車をかけることになってしまうのだ。
いたって真面目で友人思いで優秀な錬金術師なのに。
そうして女性達から向けられる嫌悪感に慣れすぎたせいか、ジークの鈍感力は磨きがかかり、女性たちに何を言われようと気にしなくなっていった。その上ジークは女性たちの言う事を自分勝手に解釈して前向きに捉えるというスキルまで身につけたのだ。
色々あったものの、ジークはアンディーの勇者一行と別れ、現在魔王軍のキメラ開発部局で仕事しているというわけである。
ーーアンディー、俺、陰ながら応援してるぜ!
真面目に開発に取り組みつつ、ジークは密かに魔王軍の弱体化を図っている。
しかしそれを気付かれてはいけない。
ジークが就職して数ヶ月。
目立たぬよう慎重に行動しているつもりだが、魔王軍に就職してからも女性から嫌われるのは健在で、何かと注目を集めてしまう。そのため多くの魔族に元勇者パーティーの錬金術師という事が知られてしまっている。そろそろこのあたりでしっかりと成果を残さなければ、大多数から疑いの眼差しを向けられ、潜入出来なくなってしまう可能性だってある。
このキメラはジークが魔王軍に潜入し続けるために必要な存在なのだ。
「ん」
美人巨乳キメラはゆっくりと目を開いた。灰色の瞳はまだ眠そうにとろんとしている。それがまた色っぽい。
「あ。目を覚ましましたよ!」
「やったぞ!シシリア君!」
これまで魔王軍はいくつもキメラを開発してきた。しかしいくら完成しても、ただの肉塊で動くことはなかった。何かが融合しただけの物体では当然使い物にならない。
しかしジークが造ったキメラは動いている。まだ意識は朦朧としていて、ぼんやりしているが、正常に動いているだけでも大きな一歩なのである。
魔王軍が長年かけても成功しなかったキメラ開発が、こうも上手くいくとはシシリアは思ってもいなかった。
それも全てこのジークのおかげである。
確かに人間族は魔族の敵であるが、ジークの錬金術師としての腕は魔族の誰よりも素晴らしい。魔族の積年の夢が叶う瞬間を目を前にして、シシリアは次第に鼓動が速くなるのを感じていた。
「ジークさんは本当錬金術師としての腕は確かなんですね」
「そうか?まあ人間の中ではできる方だがな」
キメラは楽しげに話す二人をゆっくりと交互に見つめた。そしてこてんと首を傾げた。
「ここはどこ?わたしはだぁれ?」
「おはよう。君は魔王軍の剣となるネコ耳美人巨乳キメラだ」
「え。言い方キモ……」
特徴を並べただけでそれ以上の意図はないのに、シシリアの視線が痛い。間違っても栄えある功績を出した錬金術師に向ける視線ではない。
キメラはまだ何を言われているのか分かっていない様子だった。ゆっくりとジークを指差し、また首を傾げた。
「じゃあ、あなたがわたしのパパ?」
ジークはちょっとイケナイ気分になった。まだそんなに歳をとっていないし、若すぎると思うが「パパ」という言葉にはなんとなく威力がある。
「うっわぁ」
気が付いたら時にはシシリアが虫ケラを見るかのような目をしていた。
言わせたわけじゃないのに。
ジークは虚しい気持ちになったのだった。
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