第2話
翌日。
約束通り、二人の母校でありトオルの職場、
だが、生徒が皆、揃いの上履きを履いていたあの頃とは違う。ここはかつての居場所なのだと、念押しされている気がした。そのままトオルに導かれ、職員室の応接間へ。
「邪魔してすまないな」
「謝る必要なんてないだろう。こっちが呼んだんだから。それに、今日は祝日。俺以外に誰もいないよ」
そう言って微笑む横顔は、ここに居た頃の面影をそのまま残している。全てを包み込む優しい眼差しは、今も昔も変わらない。
「校長先生は祝日関係ないのか?」
「いや。本来は休みだけど、望んでここにいるだけ。それに、肩書きはどうあれ、他の先生と同じく担任を持って教壇にも上る万能校長だぜ。すごいだろ」
冗談めかして言っているが、とても満足そうで何より。
「すごいのは知ってるよ。トオルは器用だし。でも、教務は他の先生に任せなくていいのか。校長としての務めも少なくはないだろう」
「器用ではないかな。結構カツカツでやってる。まあでも、こうでもしないと回らなくてさ。人材不足が深刻でな。ここだって、閉校寸前のところをなんとかしたんだから。母校がなくなるのは、どうしても見逃せなくて」
「トオルらしい。ちなみに、お節介かもしれないけど、家業の方は大丈夫?」
「心配ご無用。弟が継ぐことになってる。だから俺はこのとおり、自由にやらせてもらってるよ。さて。前置きが長くなったが、そろそろ本題に入らないとな」
トオルはテーブルの端に置かれたクリアファイルを引き寄せ、中から写真を取り出した。
「これが昨日話した教員。先週の水曜に突然連絡がつかなくなって。無断欠勤することなんてなかったし、前日まで元気だったから、とにかく心配なんだ」
「職場で悩んでいた様子は?」
「俺が知る限りはないよ。失踪後、職員全員に個別で聞いたけど、同じ回答だった」
「そうか。最後に見たのはいつ、何処だった?」
「前日の火曜日、夜の七時過ぎだったと思う。普段は職員全員の帰宅を確認してから帰るんだけど、その日は用事があったから最後まで残れなかったんだ。だから、その後いつまでここに居たのか、どうやって姿を消したのかは見ていない。翌日出勤したら、机上の片付けがされず、通勤カバンも残されてた。だから、姿を消したのは校内だと思う」
「校内に監視カメラの設置は?」
「校門付近には複数あるんだが、校舎内にはないんだ。プライバシーの問題とか、色々あってな」
「なるほど。その監視カメラの録画映像、コピーもらいたいんだけど」
「問題ないよ。そう言われると思って、ほら。コピー作っておいた。だがな。俺も確認したけど、怪しい人影は写ってなかったぞ。役立つか否かは保証しかねる」
そして差し出される「監視カメラ、カイト用」と手書きでラベリングされたDVD。
「なあ。トオル」
「ん?」
「ヒラツカのこと、覚えてる?」
「ああ。フレイアのことなら、もちろん覚えてるよ。だけど、何で急に?」
「いや。この事件のことを聞いて、彼女の獣能力のことを思い出したんだ。トオルは知ってるよな」
「あのとき、一緒に聞いてたからな」
トオルは静かに座り直し、真っ直ぐにこちらの視線を捉えた。
「カイト。たしかに俺は、お前を頼った。だがそれは誰かを疑っているからじゃない。純粋に、何か知っているかもと期待して相談しただけだ」
こちらは何も言わなかった。いや、言えなかった。
この葛藤を見透かしているのだろう。トオルは鮮やかに葛藤の中身を指摘した。
「フレイアを疑うのはやめてくれ。カイトにはそんなことして欲しくない。ここでの時間を忘れたのか。俺たちの仲だろう」
彼の声音には怒りよりも、落胆の気持ちが色濃くこもっている。
俺だって、誰も疑わずにいたい。でも、それは難しい。ガーディアンとして、ここにいる限り。
「あの時間は大切に思ってる。でも、過去が全てじゃないから」
トオルは口元を緩めつつ視線を手元に下げた。俺の言葉を消化しているのか、それとも説得を諦めたのか。俺には判断しかねた。
「そうだよな。すまない。変なことを言った。ガーディアンたる者、少しでも疑いがあれば追求するのが責務。お前が正しいな」
「いや、正しいか否かは問題じゃない。どのような可能性も拾うのが、この仕事なんだ。むしろ謝るべきはこちらだよ。疑ってばかりで、不快にさせたと思うから」
常時正しい判断が出来ているなんて思わない。けれど、常時可能な限り事実に近接し真実を手繰り寄せる必要がある。事実と共に平等に、この街とその人々を確かな力で守ることが、ガーディアンに課された使命なのだから。
「監視カメラの内容も含め、すぐに調べてみるよ。もし他に思い出すことがあれば連絡してほしい」
「そうするよ。これも持っていくといい」
差し出されたのは、行方不明者の履歴書や資料をまとめたファイルだった。
「カイト」
「うん?」
「真実はいつも、カイトの味方だ」
*
握手を交わし、カイトが応接室を去るのを見送った。玄関まで見送ろうかと提案したが、忙しいだろうからと断られた。昔から人に甘える事が少なく、率直に言えば不器用なところが彼らしかった。
変わらぬものと、変わるもの。
君は今でも変わらないな。
颯爽と校門を出ていく旧友の姿を見届けて、スマホを手に取った。
「もしもし。ああ。全部伝えたよ」
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