うっかり魔王城を乗っ取ってしまった陶芸家、推しの新米勇者の旅路にアイテム入りのツボを配置して応援する
ちくわ
魔王、勇者を推す
「お前何してんの!?」
眼前の少女がそう声を荒げるが、十歳かそこらであろう幼き姿では迫力など微塵もない。そもそも、何者だろうかこの少女は。
グリーンの瞳は僕を捉え続け、プラチナブロンドのロングヘアーは、少しの毛束だけを結いツインテールにしている。魔道士系統の衣装に身を包み、上等な杖も携えている。その外見から推測するに、上位クラスの魔道士なのだろう。だが、年端もいかない少女が何の用でこんな所に。
殺風景な広い部屋の中で周りを見ても、当然親や保護者らしき人物は見当たらない。
「君はどこから……? 迷子かな?」
「だーっ! 俺だよ俺! 転生待合室で約束しただろ!」
少女は一度大きく床を踏み鳴らした。彼女の目線に合わせてしゃがむと、パシリと頭を叩かれる。大して痛くはないが、その微々たる衝撃で、フッと記憶の引き出しが開かれた。
「ああ! 君か」
僕は二十五年前に死んだ。死因はただの事故だ。そこまでは、不幸にして誰にでも起こり得る事。そこからが一風変わった体験。
死の間際で途切れた意識を取り戻したのは、一つの扉以外何もない白い空間の中だった。厳密に言えば、物は無いが、人がいた。僕と同年代であろう男性だった。彼が言うには、そこは魂が次の人生を始める前の、待合室のようなものらしい。その時は彼が次の転生の手続き待ちだったのだ。
今まで暇をしていたからお前の話をきかせろと彼にせびられ、僕の生前の話を語ることにした。
僕は陶芸家の一族の子として生まれ、陶芸で生計を立てるのが当たり前の生活をしていた。陶芸に修行が必要なのは当然として。根気の要る作業、力仕事、暑さ寒さに耐えたり、手間も時間もかけて、日々作品を作り続ける、辛く大変なものだ。けれど僕はそんな陶芸が心から大好きだった。天職というのがそれなのだろう。
そんな話をつらつらと続けていた途中、突然にガッシリと肩を組まれた。
「お前、見込みあるな!」
見込み、とは一体何の事か検討もつかなかったが、とりあえず彼の話を聞いてみる。
「俺さ、努力とか嫌いだけど強者になりたいんだ」
「ふうん」
「次の魂待ちの体、お前に譲るよ」
「うん?」
「この部屋にいるやつは、同じ世界に転生するんだ。お前、先に最強になっててくれよ。お前の根性ある性格なら可能だ。で、俺はあとから転生するから、仲間にしてくれ」
と、そんなやり取りがあったのだ。彼女は恐らく、僕と共にその待合室にいた男性だ。
「なかなか来ないから忘れられたかと思っていた。さあ、仲間になろう」
両腕を広げてウェルカムの姿勢でいると、また一つペシリと頭を叩かれる。
「やりすぎだっつーの! 魔王の仲間になんてなるわけねーだろ!」
「魔王……? 誰が……?」
「キョトンとするな! お前! お前が魔王、ナンバーワン! 鏡を見て、よーく胸に手を当ててお前の人生振り返ってみろ。ほれ」
少女は大きな鏡を召喚してくれた。鏡面に、ふくよかな胸元に手を当てる娘が映る。長い赤髪を頭の高い位置で一つに結び、動きやすいよう、邪魔にならないようにしている。服装にきらびやかさは無く、シンプルで質素に見えるが、素材の質は良いものだ。統括して見ると、見目はそれなりに良い、どこにでもいそうな娘。これが今の僕の姿。僕はすうっと紫の瞳を閉じた。
今の僕が暮らすこの世界は、前世には無かった魔法があり魔族がおり、中々に新鮮で楽しいものだ。それに生前から凝り性でハマったものに熱中しがちな自分は、物心つく頃から――自覚はないが恐らくそれ以前から――魔導書を読み込み鍛錬し、十歳の頃には師範代になった。齢十五には鍛錬の旅を始め、五年後には魔族が犇めく城を制圧した。そして周辺の調査で、この城の近くには良質な粘土がある事に気づく。この時、僕の陶芸家の血――いや魂が騒ぎ、この土地を気に入って、数年ほどこの城で陶芸をやりながら暮らしていた。というのが現在に至るまでの、僕の今生のあらすじ。
ふむ。その中でどこに問題があったのか。と考えると、一つの可能性が浮かぶ。
「……もしかして、ここ魔王城?」
「正解だよどアホ」
見た目は可愛らしい少女に罵倒される。なかなか体験し難い不思議な感覚だ。
「だが待ってくれ。僕は確かにこの城を制圧した。それだけだ。魔王になった覚えはない。むしろ英雄とされてもいいのでは?」
「魔族がお前の下について、お前はこの城で悠々自適に暮らしてる。誰もがお前を新しい魔王だと認識するだろうよ」
「魔族を従えているつもりは無いんだが……」
陶芸を始めてから少しした頃。魔族達が僕の作る陶芸に興味ありげだったので、作った物をいくつか渡してみた事がある。彼らはそれを自分で使ったり飾ったり、どこかで金品に換えて来たりもした。僕としても、作った物を持て余し腐らせるよりも必要としてくれる者に渡したい。その一心で、陶芸を介して魔族達と交流を深めてきた。
「――それだけだ」
「それだけだ。じゃ済まねえんだよ、お前の場合は。すべての行動がお前を魔王たらしめてるの」
「うぅん……納得はし難いが、結果としてそうなったなら仕方ない……」
僕が項垂れると、少女はため息をついた。
「はあ……文句も言ったし、もう帰るわ。じゃあな。できればさっさと隠居してくれ」
「ま、待ってくれ! せっかく会えたんだ。まだ名前も聞いていないし、話し足りない。お茶でもどうだろう。な?」
綺麗な長い髪をサラリと揺らし僕に背を向け、この部屋から出ていこうとする少女。僕はそれを慌てて引き止めた。
「ナンパかよ。……まあ、今の名前はまだ教えてなかったか。ブランシュ・クラフティっつーんだ」
「そうか、いい名前だ! 僕はラウラ・シュトーレン」
「知ってる」
「さあ座ってくれ! お菓子も出すよ、好きなものはあるかい?」
大きなテーブルの側の質素な椅子を引いて、そこへ誘導してみせるが、ブランシュは渋い顔で僕を見る。
「いや、つっても……俺パーティ抜け出してきてるから。長居はできねーよ。パーティつーか相棒? あいつ放っとけないし」
「なんだ、お友達が出来たのか。紹介してくれても良いのに。今度うちに呼びなさい」
「なんでちょっとお母ちゃんみたいなんだよ」
友――と評するのは僕の一方的な思いだが――の友だと言うなら、会いたくないわけがない。
「言っとくが、魔王討伐の為の旅してる勇者様だぞ。ま、勇者なんて体よく言っても村の口減らしで選ばれただけのクソザコだけどさ。俺は転生前からお前の事知ってるから、こうやって乗り込んできたけど、本来はお前倒さなきゃいけない立場。勇者様と魔王を会わせたら即バトル。俺だってお前に愛着あるからそれは避けたいの。おけ?」
「うん……」
「歯切れ悪いな、言いたい事あるなら言えよ」
ブランシュがじとりとした視線を僕に向ける。
「ここの生活に不満があるわけじゃないが……人間の仲間がいてほしいと思う時があるんだ」
魔族は血気盛んで好戦的だが、仲良くなればそれも含めて楽しく付き合える。けれどやはり、同じような感性でゆったりと話し合える人間の友もいてほしい。以前からほんのりとそんな思いがあった。
「はあ……。じゃあ、ちょっとだけな。……よいしょ」
「……? なにを?」
「見てろって」
ブランシュはテーブルの上に、彼女の両手でも包み込めない位の大きな水晶を召喚した。その水晶の表面にぼんやりと景色が映し出される。徐々にはっきりとしてきた映像には、金髪の少女が平原をウロウロと往復している姿が見えた。少女は質素な剣を腰に携え、簡易的な防具も身に纏っていて、冒険者の類であることが判る。
「これ、うちの勇者様。リナ・ファッジ。こうやってあいつ見守りながらなら時間やってもいいぜ」
ブランシュは水晶を小突いてみせた。なるほど、見守りカメラという感じか。まるでブランシュがリナの保護者みたいだ。
ブランシュもやっと落ち着く姿勢をとってくれたので、僕はお茶菓子と共に一つの疑問を彼女へ向ける。
「そういえば君、努力は嫌いだと言っていなかったか? この辺りの魔族は力比べが好きで好戦的だし、その上だいぶ気骨がある。よくここまでたどり着けたな」
今になって合点がいった事だが、魔王城の縄張りだけあって、この周辺の魔族は精鋭揃いらしくかなり強い。僕ですら全面降伏させるのに骨を折ったのだから、努力をしたくないと言う彼がここまで来れるなんて信じがたい。
「まあ……この体が超大当たりだったっつーか。ちょっと念じるだけでバンと力が出るというか。……考えてみると、このチート級の体に努力チートのお前が入ってたかもしれねえのか……恐ろしいわ」
「それも楽しそうだな」
「楽しみを見いだすな! お前の力で街が吹き飛ぶ!」
それから少しの間、ブランシュとの話を楽しんでいた。ブランシュが飲んでいたカップの中が無くなったので、おかわりを注ごうと椅子から立ち上がる。それと同時に、水晶の方から声が聞こえた。
「ブランシュ〜! ブランシュ〜! もお……ちょっと用事済ませて来るって、どこまで行っちゃったんですか……」
水晶は映像だけではなく音声も伝えられるらしい。リナは一人で心細くなったのか、ブランシュの名前を呼びながら辺りを見渡す。明らかに不安を隠しきれない、今にも泣き出しそうな表情をしている。僕がブランシュを引き止めたばかりに、彼女を寂しがらせていると思うと心が痛む。
それはブランシュも同じだったようで。
「リナ……!」
ブランシュは慌てた様子で水晶を覗き込む。その表情から、リナを想い憂慮する心情をひしと感じる。
「悪い、俺もう帰る! じゃあな!」
早口でそれだけ言うと、ブランシュは部屋を飛び出していった。
また僕一人、ガランとした室内。残されたのは、二人分のカップと少し残ったお菓子。それから、水晶。
「水晶……召喚したままだが……」
僕はこの水晶をどうしたものかと、頭をひねった。
※※※
あれから数日後。再び、珍しい人間の来客があった。勿論、こんな魔窟に辿り着ける者がそうそういるわけもない。
「ブランシュ! また来てくれたのか」
「……まあな。菓子、美味かったし」
ブランシュは照れくさそうなはにかんだ表情をみせた。きっと、僕が人を求める寂しさを汲んでくれての訪問だろう。彼女が心優しいのはリナへの対応を見て分かっていたが、その慈愛を僕にも向けてくれるのがとても嬉しい。
「少し待ってくれ。お茶とお菓子の用意をするよ」
テーブルの方へブランシュを連れて行く。すると当然、彼女は自身が前回置き忘れていった水晶に気づく。
「俺これ消してなかったのか。魔力が有りすぎるのも困りもんだな。多少消費し続けてても気づかねえもん」
水晶に映像と音声を送り続けるには、継続した魔力の消費が伴うはずだ。それを数日間も忘れて過ごして来たとは、やはり相当な魔力を持っているのだな、と改めて彼女の凄さを確信する。
「おかげで僕は楽しかったぞ。君たちの冒険の様子が見れて」
「最悪……ストーカーじゃん……」
ブランシュは怪訝そうな表情をした。ストーカー。そんなつもりは無かったが、言われてみればそうかもしれない。僕は前世でも今生でも好きなものに夢中で、人付き合いや根本的な倫理観を学びそこねている自覚はある。反省しよう。
だがせめて、その機会で得た知見は有益に活かす。すでに手配済みだ。僕は水晶の映像を確認する。
「うん、この道……。見てくれブランシュ。丁度彼女が通りかかる頃だ」
僕が指差す水晶には、平原の寂れた道で立ち止まるリナの姿が映る。彼女の目の前には一つの大きな壷が立ち塞がっていた。
「あ、壷。なんだろう。こんな所に……。うーん、中暗くて見えない……」
リナは壷の上に身を乗り出して、中を覗き込む。そうした所で、より光が遮られて中が見えなくなると思うのだが。
「何やってんだアイツ……」
一メートルはあろう大きな壷だから、リナが飲み込まれそうにも見える光景。ブランシュはそれを見つめて呆れた声を漏らした。少しの間その映像が続き、リナはふっと体を離した。そして細身の剣を鞘に収めたまま振りかぶる。
「ふん!」
パカン! と軽快な音がして、壷が二つに割れる。見事な太刀筋だ。リナの修行の成果が出ている。
「わあ、薬草! 見てブラン! ……って、またあの子どこかへ行っちゃったんだった……」
リナは砕けた壷の破片の中から一房の薬草を拾い上げて、意気揚々と掲げた。しかし、呼びかける相手はそこに居ない。シュンと、子犬が耳を下げるようにうなだれた。
「なんだ、あの妙な壷。あんなバカでけー中に薬草だけって……」
ブランシュは壷の残骸を睨みつけるように怪しむ。それはそうだろう。賢明な思考があれば、あんな風に何もない平野に置かれた壷、そして不自然な薬草。トラップか何かだと思わないわけがない。
けれど、あれは正真正銘、ただの薬草だ。それもかなり質のいい希少性があるもの。
「あれは僕が用意した。この辺りを通るだろうと、予想してね」
「は? なんのために……」
ブランシュは水晶に浴びせていた疑いの視線を、僕へ向ける。
「なんというか……彼女を見ているうちに、すごく愛らしく思えてきて。努力家で真っ直ぐで。少しドジな面もあるが、それでも前を向く健気さがある」
「ああ……それはそうだけど」
僕は水晶から二人を見守っているうちに、ブランシュだけではなく、リナの事も知っていった。僕の言葉をブランシュも肯定するように、リナはとても魅力的な子だ。前世でアイドルなどに興味を持った事が無かった僕でも分かる。これが「推し」というものなのだろう。
「あの壷、僕が作った失敗作なんだ。彼女に割ってもらえるなら本望だよ」
「ん……? お前、つまりアイツにわざと薬草取らせたの? 敵に塩を送る行為だけど?」
そう。ブランシュの言う通り。あの薬草は僕からリナへの贈り物のつもりだ。そうする僕の意図、目的はただ一つ。
「それでいいんだ。彼女が逞しく成長してここまで来てくれるなら。だから、彼女の旅路に壷を用意して応援することにしたんだ!」
うっかり魔王城を乗っ取ってしまった陶芸家、推しの新米勇者の旅路にアイテム入りのツボを配置して応援する ちくわ @soborox
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